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しおりを挟むいくら腹が立っても相手を破滅させるなど、とても恐ろしくてリージアには実行できない。お人好し、とは違うと思う。
「意気地がないだけです」
「怒りに我を忘れている時でも一線を超えまいと自制するだけ、じゅうぶんお人好しですよ」
隣に座らせて、彼は未だにリージアの肩を抱いたままだ。
「忘れたくせに何をわかったような───」
言いかけて、まさか、と。リージアは傍らの男の顔を凝視した。彼は頬を引き攣らせて目を逸らす。
「───思い出したのですね?」
「ソフレール侯爵家とアーデルハイト伯爵家の関係については、ガーデンパーティーの話を聞いてから慌てて調べました!」
叫ぶ男の胸ぐらを掴み、引き寄せ、至近距離で睨みつける。
「私がお人好しだと断言するだけの記憶が蘇ったのでしょう?」
「す、推測!推測から確信しただけで…」
大きめの石でも踏んだのか、ガタンっと馬車が一際大きく揺れた。ふと、言い訳に夢中になっていた婚約者と至近距離で目が合う。
ちゅ、と。触れるだけの口付けがリージアの唇に触れた。
「────────は?何で今キスした?」
「ち、近かったから…」
「………」
「……………り、リージア?」
「……………………」
リージアは無言で婚約者を睨む。その眼光の鋭さに彼は身動ぐが、狭い馬車の中、逃げ場などない。
「その、すまなかった」
「……………………」
言葉もなく、リージアはひたすら婚約者を睨み続ける。
「僕は、君が好きだ」
「……………………」
絞り出された告白にもリージアは動じない。
「初対面の時から好きで。どうしたらいいか、その、わからなくて。誰にでも優しく微笑むから、それに腹が立って、たくさん意地悪した。君が好きだって認めたくなくて、引っ込みがつかなくなって───」
「……………………」
「好きなんだ」
「───で?だから?許せと?好きなら何をしても良いと?」
「その、申し訳ございません」
リージアは、ふわっと微笑んだ。
「私たち、終わりにしましょう」
□□□□□□□□
「何で先に行くんだ、リージア」
「あら、ケーベル公子。来てたの?」
「頼むから、いつもの様にファーストネームで呼んでくれ。それに僕君にエスコートを申し込んだよな?」
「お受けするとは言ってません。でもまぁ、ちょうど相手もおりませんのでご一緒して差し上げても宜しくてよ?」
「是非、お願いします」
会場の入口でのやり取り。最早これは様式美のようなものだ。近づいてくる派手な装いの女性は心底呆れたような表情をしている。
「───貴方達は婚約を解消したのよね?」
話しかけてきたソフレール侯爵令嬢の戸惑いにリージアは笑い返した。あのガーデンパーティーの後、リージアは彼女からの謝罪を受け入れた。今では2人でお茶をするくらいの友人関係を築いている。
「えぇ、真っ先に友人である貴女に報告したじゃない。解消したわ。もう半年くらい経つかしら?」
「解消したのは婚約だけで、僕の想いは変わらないさ」
「私の気持ちも今のところ変わらないわ。手に入らないとなった途端、一途になられても、ねぇ…」
「あら、リージア。だったら私の従兄と会ってみない?」
んんん?と興味を示すより先に、横から元婚約者に腰を抱き寄せられ、強制的に友人から引き離される。
「君には僕がいるだろう」
「貴方は元婚約者でしょ、元!」
女遊びをピタリとやめ、家業見習いに精を出す彼は凛々しくなったような気がする。とはいえ、欲しい物を手に入れた途端、また遊び始める恐れもあるので信用ならない。
再婚約をすっ飛ばし、2人が婚姻を結ぶまであと1年。
[完]
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