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しおりを挟む狙ったかのような素晴らしいタイミングでガーデンパーティーが行われる庭を囲う低木の向こう側に新たな馬車が到着した。招待客は揃ったはずなのに何故、と令嬢は眉を顰める。
馬車から降りてきた人物は家人の案内を断り、ズカズカと庭園に立ち入ってきた。その姿に参加者一同唖然とする。
「会いたくて迎えに来てしまいました、リージア!」
現れた婚約者にリージアは頭痛を覚えた。何故ここにいることを知っているのか。人目を気にしてか、昔のように呼び捨てになっているのも引っかかる。
「………お仕事はどうなさったのです、ケーベル公子様」
「ちゃんと終わらせてきましたし、謝るので勝手に来たことを怒らないでください。しかし酷いではないですか、リージア。ガーデンパーティーとは言えパーティーなのだからエスコートは必要でしょう?遠慮せず僕に声を掛けてくだされば良かったのに。一体誰にエスコートされてきたのですか!」
リージアの肩を抱いて大袈裟に嘆いてみせる男に対し、肝心のリージアの視線は冷たい。
「家族や婚約者以外にエスコートを頼むわけがないでしょう。貴方と違って不貞を疑われるような安易な行動をするわけないじゃない!」
「それは、そうなんですが───」
「お騒がせして申し訳ございません、ソフレール侯爵令嬢。名残惜しいですが私はコレを連れてお暇しますわ」
ポカンと口を開けたまま固まっていた侯爵令嬢は慌てて姿勢を正す。
「ま、まぁ、リージアさん。せっかく公子様もいらしたのですから当家の庭を案内させてください」
令嬢の恋慕の籠った視線がチラチラと〝リージアの婚約者〟に向けられる。面倒くさいのでもういっそ婚約者だけ置き去りにして先に帰ろうかとリージアは検討し始めた。そんな思考を見透かすように、リージアの肩を抱く男の手に力が籠る。
「ソフレール侯爵令嬢がリージアに常日頃から嫌がらせを行い、暴言を吐いていたことを、僕が知らないとでも?」
日記を持参して気持ちを吐露した日のことがリージアの頭に蘇る。言うつもりはなかったのに、勢いに任せて言ったかもしれない。詳細まで言わなくても調べる気になれば容易かっただろう。
「その女があることないこと吹き込んだのですね!!」
「ひとつ忠告を。リージアと、いえ、彼女の実家であるアーデルハイト伯爵家と揉めれば、困るのはソフレール侯爵家の方です」
「どういう………?」
そうなの?とリージアもまた婚約者を見上げた。
「アーデルハイト伯爵が貿易で輸入している心臓病の薬でソフレール侯爵夫人は生き長らえているのですよ」
「薬なんて別の人に輸入してきて貰えばいいだけよ!あるいは我が国で製法を真似て作ればいいじゃない!」
「いいえ。あの薬の製造に使われている花は扱いが非常に難しく、ニール王国でしか育てられません。花から成分を抽出する方法も秘匿されています。本来なら輸出もしていませんが、アーデルハイト伯爵がニール王国の王妹殿下のお命を助けたことがあるので特別に許可が降りているのです」
喚いていた侯爵令嬢も、場の者達も、驚きに固まる。リージアも初耳の内容に驚いていた。
「父が、他国の王妹殿下を?」
「正確には、リージアが殿下の命を救ったのですよ。当時留学に来ていた殿下は刺客に命を狙われ攻防の末、馬車ごと崖から転落し、ご本人は川に落ちたそうです。流れてきた殿下を発見し、伯爵に知らせたのは当時3歳だったリージアだと聞いています」
リージアが気づかず、伯爵が殿下を助けなければ縁は生まれず。侯爵夫人は儚くなっていただろう。
「───覚えてないわ」
人違いでは?と動揺するリージアに、婚約者は甘く微笑む。3歳では仕方ないでしょう、と。
「ソフレール侯爵家は、恩を仇で返すのだという事実が社交界で広まってしまいますね。精々この場にいる方々の口止め、頑張ってください」
そんな噂が広まれば侯爵家は孤立するし、令嬢は嫁ぎ先が見つからなくなるかもしれない。どうしようと、我がことのように焦りそうになるリージアを婚約者は離してくれない。「貴女はお人好し過ぎる」と囁かれ、リージアは抗うのをやめた。彼の意見に納得したわけでも、賛同したわけでもない。ただ彼の静かな怒りを感じ取って、脱力しただけ。
□□□□□□□□
リージアは、自身は気が強い方だと思っていた。言われれば言い返すし、やられればやり返す。
乗せられた公爵家の馬車の中で、婚約者は呆れたように嘆息し、リージアの主張を肯定しながらもお人好しだと改めて断言する。
「仕返しと言いつつ、相手の致命傷になるようなものは避けてますよね。そういうところがお人好しなんですよ、リージア」
浮気者の婚約者。確かに身分の差はネックだが、日記を証拠にし、浮気相手の女性数人を証人にして裁判を起こせば婚約を白紙撤回出来ただろう。だが、リージアはそんなことをする気は微塵も起きなかった。それを行えば彼は経歴に傷を負い、貴族として生きるのが難しくなる。高位貴族に生まれた男が平民か修道士として生きることなど出来るとは思えなかったからだ。
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