黒の慟哭

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【15】繋ぐ者たち

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 悪魔を召喚したソレイユは、元々魔法の力を持っていました。悪魔との契約反故時に失われた魔法の力は、悪魔によって後から追加された部分のみ。元からあった力は残っていたのです。また、失われることを想定し、魔力を予め別の器に移していました。

 表向き、悪魔との違約によってソレイユの力は失われたように見せかけ、それでも国のために身を削るかのように演技をしつつ、救世主を召喚して。

 救世主を影から操り、王家を呪わせて、自分たちは力───リデュールだけを得る。



 守るという名目の元下、ソレイユ1人にリデュール1人を主従という形で紐付けをしてきました。

 その紐付けが、王家を憎むようにという洗脳であり、ソレイユはリデュールの絶対的な味方なのだという植え付けと、いざと言う時にリデュールの思考を殺し傀儡とする呪術です。そう、私がユイアを動かした、あの術のことですわ。

 愚かな我が父が、リデュールを操ろうとして出来なかったのは、父に紐付けされた1人だけではなく、あの場にいた全員を操ろうと身の丈に合わないことをしたからです。紐付けされた1人───リデュール伯爵だけなら操れたか…、いえ、それも怪しいでしょう。伯爵は『操りの糸は途切れた』と名言なさっていましたもの。繰り返し洗脳され、上書きされ、その度に覚えた違和感が積み重なり、そこにグレナーテ妃殿下の発言がトドメを刺したのでしょうね。



 清々しいという気持ちを隠すことなく、晴れやかで穏やかな表情をしてソフィアは真っ直ぐ正面に腰掛けている国王を見据えて話す。話せて嬉しいというのが言外に溢れているようだ。

 秘密を抱え続ける重さから彼女はようやく解放されるのだと、その場の者たちは静かに受け入れる。

「恐らく、明日あたり、父は亡くなるでしょう。生命力を削って過ぎた力を放ちましたから衰弱死すると思われます」

「死人を裁いたところで償う者がいなければ貴族たちは納得しないかもしれないな」

 考え込む国王をよそに、ソフィアとロベルトは椅子から立ち上がると地べたにて最敬礼の姿勢をとり、頭を下げた。その姿を前に、シューゼルは傷ついたかのように顔を顰めて唇を噛み締める。

「ソレイユ公爵家は内なる逆臣として長年歩んで参りました。一族連座となっても私たちは構いません」

「むしろ、当然かと」

 衝動を我慢し切れずシューゼルは椅子から立ち上がる。その勢いで椅子は後ろに倒れた。しかし、誰も驚きを発することもなければ、咎めることもない。何より、この場で一番驚いているのはシューゼルだ。シューゼルの目にはソフィアしか映らない、目を逸らせない。

 政略による、単なる婚約者だったはずなのに、いつの間にかシューゼルにとって得難い存在となっていたソフィア。彼女は、無表情ながらも感情に合わせて瞳を煌めかせていた。常に何かを意味ありげに秘めている、その存在に心を許した時から、シューゼルの初恋は始まっていた。

「そのようなお顔をなされないでください、殿下」

 顔を上げたソフィアが、ゆるゆると頭を左右に振る。

「ソフィア…たちは、いわば内部告発者だ」

 シューゼルはそう言い放ち、国王に向き直る。国王は毅然とした表情でシューゼルの発言に小さく頷き、続けるよう促す。シューゼルは唾を呑み込み、挑む様な視線を国王に向けた。

「公爵を筆頭とし、その在り方に賛同していた者たちを公爵家から除籍処分としたらどうでしょう?降爵はせず、力を削ぐ形になります。───ですが、力を削いだことで他家から潰されても本末転倒です。リデュールを守れなくてはソレイユ公爵家を存続させる意味がありません」

 伯爵家では伯爵より上位の貴族に対抗するには弱い。なにより、一連の騒動でソレイユ公爵家が揺らいだ今が好機とばかりに、リデュールが持つ力を目当てに近づいてくる者たちが現れることも考えられる。もちろん、純粋な意味で交流を持とうとする者もいるだろうが、その辺りの見極めや牽制という意味で守護は必要になる。

「では、どうする?」

「それは─────」

 続く発言に、国王以外は皆、盛大に驚いた。国王だけは、否、父親としてルグナスだけはシューゼルが選ぶであろう結末を、薄々悟っていた。








「グレナーテ妃殿下が、あのようなことを仰るとは思いませんでした」

 公爵を捕縛後再び倒れたユイアは、王城の客室の寝台に横たわっている。ユイアの両親を含め、他のリデュール一族の者も未だ意識を取り戻さない。

 カイエルは今にも倒れそうなほど青白い顔でユイアの傍らに付き添っている。その隣にはグレナーテ妃も同じように椅子に腰掛け付き添っており、そんな彼女は、カイエルから話しかけられたことを認識するまで時間を要した。カイエルに対する態度や在り方を問題視したシューゼルにより引き離された母と子は、実はこれが数年ぶりの私的な会話である。

「妃殿下はリデュール一族がお嫌いだと思ってました」

「そうね、貴方達が踊る直前までは嫌いだったわ」

 カイエルが問いかけるようにグレナーテ妃を振り返る。その視線を受け止めたグレナーテ妃は苦笑を返した。

「別に黒髪だから嫌いなわけではないのよ?貴族としての自尊心がないかのように公爵家に対して絶対服従なところとか、誰もが皆自分たちを嫌っているのだと決めつけて常に陰鬱な顔をしてるから湿っぽくて大嫌いだったの。でも、この娘は違う。明るく笑っていた。だから好きよ」

 まるで幼い子供のように好き嫌いがハッキリしている人だな、と、自分の母親に対して微妙な感想を抱き、カイエルは呆れる。そんな息子の胸中など知らずに、グレナーテ妃はクスクスと笑った。

「なにより、貴方があんなに幸せそうに笑うところなんて初めて見たもの。きっとこの娘が傍にいれば貴方は幸せでいられるはず。だったら邪魔が入る前に確保しなきゃって思ったの」

 耳を疑うような言葉にカイエルは瞠目する。まるでグレナーテ妃がカイエルのために動いたのだと聞こえて、信じられなかった。どういう思惑があったのかと疑い、探りを入れたつもりだったのだ。

 第一、グレナーテ妃はカイエルにとって、幼少期から気にかけてくれた覚えなど一切ない母親である。子供が騒ぐと煩わしいから、騒がせた者を処分する、ただそれだけという単純な人だった。異母兄や父から、直接相手と向き合うとはどういうことかを学ばなければ、カイエルは今もカエル王子のまま、母親の無関心が愛なのだと勘違いしたままだったに違いない。

 そもそも、確保しなきゃ、とは、本人たちの意思や家族の意向など、かなり無視している。貴族の結婚は家同士の契約であり、勢いだけでどうにかなるものではない、はず。そう考えると頭が痛い。

 グレナーテ妃が正妃になれなかったのは、この短絡的すぎる思考回路のせいかもしれない。権力を持たせたら独裁者の暴君になりかねない危険人物だ。

「それは、ありがとうございます、母上」

 生まれて初めて、母上と息子から呼ばれたグレナーテ妃は、不満げに目を細める。

「その呼び方はやめなさい。こんなに若くて美しい私が内面から急激に老け込みそうで嫌なのよ」

「……………グレナーテ妃殿下」

「そう、それでいいのよ。私に母と呼ばれる資格などないのだから」

 満足気に微笑み、続く言葉には悲壮感など微塵もない。

「必要ならば私を切り捨てなさい。情など不要です」

 今まで目にしたこともないほど、鮮やかに、堂々と清々しいこざっぱりとした笑顔で、グレナーテ妃は無邪気な子供のように笑ってみせる。一体、どういう心境の変化だろう。カイエルの戸惑いも疑問も全て見透かして、グレナーテ妃は更に笑みを深くする。初めて見る、慈愛の表情だ。

「今なら貴方に伝えられる。───ガルグス様は生き長らえる方法に辿り着いていたわ。一部実践もしていた。けれど、長々とそれを続けるつもりはなかったのよ」

「何故、それを今…?」

 グレナーテ妃の視線はユイアに向けられる。

「かつて広まった疫病の正体は悪魔の呪いだった。これは知ってる?」

 グレナーテ妃は呪いのことなど何も知らないと、陛下は思い込んでいたし、カイエルもそのように聞かされていた。実際、陛下は何も伝えていないだろう。

「───叔父上が遺して下さった資料で知りました」

 カイエルに遺したように、グレナーテ妃にも何らかの形で想いを遺したのだと察する。

「そう。そして、疫病を癒せたのはリデュールだけ、呪いを解けるのはリデュールだけ」

 叔父の周囲を固めていた『信頼のおける者たち』は、全て髪色を偽っているリデュールの者だった。

 グレナーテ妃の視線は遥か遠くを見据える。恐らく、過ぎ去った日々を見ているのだ。

「───貴方も、この娘といる時は痛みなど覚えないでしょう?近くにいるだけでも、呪いを和らげることができるの。ただ、根本的な解決にはならない。より深い絆を得ないと、魂まで深く潜り込んだ呪いを根本から浄化することはできないだろうと、彼は死ぬ間際に言っていたわ」

「より深い絆、ですか」

「例えば、婚姻、とかね」

「─────」

 ああ、だからこの人はあの場で、あのようなことを言い出したのか。そう、納得する隣で、グレナーテ妃の瞳に悲しみが満ちていく。

「ガルグス様は、心を伴わない婚姻をして自分の心を殺してまで生き長らえるつもりはないと、私に仰ったの。よりによって死ぬ間際に言うことがそれよ?バカな男よね。心など移り変わるもの、命あってのものなのに」

 思い出されるのは、亡き叔父が遺した手紙と肖像画だ。あの、走り書きのような少女の肖像画は、誰かに似ていた。あれは、そっと蓋をして、しまい込んでいた叔父の心。埃をかぶり、時間を経て、持ち主が亡くなってから、ようやく日の目を見た。その叔父への返事が、カイエルの目の前で涙ぐむ女性。

 叔父の想いは無駄でなかったのだろう。

 カイエルには、それが何よりの救いに思えた。


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