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【14】一枚岩ではない
しおりを挟む国の最上位者たる国王の登場に、慌てて皆が礼をとる。そんな中、グレナーテ妃だけがふんぞり返っていたが、咎める声は特にない。
「あら、陛下」
「公爵に対し不遜が過ぎるぞ、グレナーテ。それに舞踏会もまだ始まったばかりだ。これでは続きができないだろう。一度場を改めたらどうだ」
「嫌です」
諌める陛下に、グレナーテ妃はハッキリ答えた。これには周囲だけでなく国王も驚いた。
「嫌です」
驚きの視線を受けて再度グレナーテ妃は同じ言葉を繰り返す。ニッコリと微笑んで。
「場を改めている間にこの娘が拉致監禁されたら堪りませんもの!嫌に決まってるじゃないですか!」
「ら、拉致監禁とは人聞きの悪い!私がそのようなことをするとでも言いたいのですか!」
ソレイユ公爵が我慢ならぬとばかりに言い返す。
グレナーテ妃は、頬に手を添えてわざとらしく溜め息を吐いた。
「王族から見初められた娘に対し、身の程知らずが嫉妬のあまり何をするかわかりませんもの。身を案じるのは当然のこと。───別に公爵を名指ししてはおりませんが、何かやましい事でも?」
「そうですな、確かに心配です。ですが、それもこれも貴女様の無責任な発言のせいではありませんか!」
「ですから、責任をもって私がこの娘の保護を陛下にお願いします。公爵は安心なさって?」
「安心などできるはずもありません。王家がリデュール一族に対して行った事を、妃殿下ともあろう方が知らぬはずありませんよね?」
「知ってるわ。でも、それは大昔でしょう?それ以降、特に今代が何か致しましたか?特に不当に扱ってもいない、腫れ物に触れるようなこともしていない、それこそ濡れ衣です」
「そうであるようにと、我がソレイユ公爵家がリデュール一族を守ってきたからこそでしょう!」
「リデュールに対する謂れのない噂を潰さずに守ってきたのは意図的だったということよね?ソレイユ公爵家が本気を出せば、リデュール一族が社会に違和感なく溶け込めるようにできるチャンスはいくらでもあったはず。どうして公爵家で飼い殺すような対応しかしないのか、是非御説明願いたいわ」
空気のように存在を忘れ去られた陛下は、助けを求めるように正妃を振り返った。壇上の指定席で寛ぐ正妃は小さく手を振るだけ。まるで見捨てられた子犬のように凹む陛下の姿を、同じく壇上にいるシューゼルとソフィアだけが見ていた。
一方グレナーテ妃に捕まったままのユイアは、領地での暮らしを思い出す。その土地に住む人達の間で黒髪は単なる個性として受け入れられていたように思う。領地だけでなく、何故国全体でそうなるように働きかけないのか。
ユイアが考え事をしている間にも、口論は続く。
そして、グレナーテ妃は悲しげに双眸を伏せた。
「皆さんもご存知の通り、我が愚息は幼少期、豚どころかカエルのような肥満児でした。口を開けば甘ったるい悪臭を撒き散らし、傲慢で怠け者で目も当てられませんでした」
ざわ、と周囲がざわつく。思い出したくもない恥ずかしい記憶を話題に出されたカイエルは羞恥に震える。
「───それを浄化してくださったのが、この娘なのです!この娘は我が愚息にとって恩人ですわ!いえ、救世主、聖女と言っても過言ではないでしょう!!このように美しい黒髪の、性根の真っ直ぐな乙女を偏見の目で見る方が間違っているのです!!」
突然の褒め称える言葉に、会場中の視線が改めてユイアを注視する。浄化などした覚えはない、殴っただけだ、とは、とても言い出せそうにはない。
グレナーテ妃はここぞとばかりに熱弁する。
「そもそも、リデュールは伯爵家として国から認められた貴族ですのに、それを批判するのは国を批判するも同義!貴族として、忠臣として有るまじき態度です!違いますか?」
───いや、貴女もリデュールを黒髪だから得体が知れないといって嫌ってましたよね?と思っても、さすがに口を挟めず、シューゼルもカイエルも内心呆れていた。
いつの間にかグレナーテ妃の熱弁に呑まれていた人々が拍手をし始める。それは大きな輪になり、歓声まで聞こえ始め、たくさんの人に取り囲まれたリデュール伯爵夫妻は向けられる笑顔の数々に瞠目した。実は前から話してみたかったと言う者、是非一度当家の使用人を研修させて欲しいと訴える者など、あちらこちらから声がかかる。
もちろん、未だ遠巻きにしている人達もいたが、今までを考えればこれは異常なことである。
パンパン!と国王が手を打ちならしたことで、その混乱も収まりを見せた。
「だいぶ話が逸れたが、カイエルとユイア嬢の婚姻に関しては本人たちの意志を尊重する、ということでどうだろうか、リデュール伯爵」
反論しようとソレイユ公爵が口を開くも、国王の視線は真っ直ぐリデュール伯爵に向かっており、口を挟めるような状況ではない。リデュール伯爵は、ユイアを一瞥し、次にソレイユ公爵を一瞥した。
リデュール伯爵は国王に視線を戻すと静かに礼をとる。
「我が一族が祝いの場を混乱させる原因となりました事、まずは心よりお詫び申し上げます。ソレイユ公爵のお心遣いには感謝の言葉もございません」
リデュール伯爵はソレイユ公爵の片腕だ。自分を裏切ることはないはずだとソレイユ公爵は考えつつも、嫌な汗が止まらない。
「───意固地になっておりましたが、本当は私達も気づいていたのです。皆様の中には我々を気にかけ、言葉を交わしたいと願う方がいらっしゃるということは。ですが、侮蔑を恐れるあまり壁を作っていたのは私共の方だったのです。ユイアは、我が娘は、そのような壁を作らず皆様に飛び込める強い娘です。娘が望むのなら、我々は反対致しません」
「貴様、裏切る気か!」
激昂したソレイユ公爵がリデュール伯爵に飛びかかり胸ぐらを掴みあげる。その必死の形相に周囲の人々は小さく悲鳴を上げて後退した。
「───もう、貴方の操りの糸は途切れたのですよ、ソレイユ公爵」
「認めん!認めんぞ!王家に奪われるくらいなら今ここで───」
怒鳴りながらリデュール伯爵を突き飛ばし、ソレイユ公爵がユイアを見つめ、その瞳を輝かせる。輝いた双眸から、黒いモヤが伸び、ユイアを包んだ。
「だめ!」
そう叫んでユイアを抱き締めるグレナーテ妃など、まるでいないかのように、モヤは的確にユイアだけを呑み込む。
意識が遠のく中、ユイアはグレナーテ妃の温かさと、顔色を失うカイエルを瞳に焼き付けた。
「くそ!何故倒れる!何故動かぬ!」
地団駄を踏む男に、穏やかな優しい公爵の面影はない。ユイアが倒れたことに皆の意識は向いていたが、同時にリデュール伯爵夫妻も、髪色を偽って働いていたリデュール一族の“はぐれ者”たちも、バタバタと倒れていく。
「しっかりなさい!」
ドレスが汚れるのも構わず床に座り込み、倒れたユイアを抱えるグレナーテ妃の悲痛な声が響いた。そんなグレナーテ妃を一瞥し、カイエルは舌打ちをする。敵意を剥き出しにするソレイユ公爵を警戒し、カイエルは国王を背に庇うように立っているが、その顔色は真っ青で血の気がない。そんなカイエルを気遣いつつ、囲むように近衛兵が警護を強め、公爵を睨み付けていた。
「ソフィア!アレを動かせ!」
公爵は壇上にいる実の娘に命じる。その様は形振り構わず、必死だ。
ソフィアは、人形のような無表情さで椅子から立ち上がり一礼する。
「───ユイア・リデュール、立ち上がりなさい」
その紡がれた言葉に反応し、ユイアの体が、まるで糸のついたカラクリ人形のように浮き上がり、自立する。結い上げていた黒髪は倒れた際に乱れ、解け、風もないのにフワフワと舞い上がり波のように揺らめく。しかし、彼女の両目は開かない。
「ゆ、ユイア?」
わけもわからず呆然とするカイエルの声など聞こえないらしく、ユイアは答えない。
「ははは!いいぞ、ソフィア!そのまま権利を私に譲渡しろ」
「ユイア・リデュールに命じます───」
宣言に続き発せられた命令に従い、ユイアの体は迅速に動く。
「その男を捕らえなさい!」
ソフィアが父に反旗を翻した瞬間だった。
大昔の王様が悪魔と契約した際、悪魔を呼び寄せた人物は王様ではない。
いつの時代も、その悪魔を呼び出した人物とその先祖や子孫は、歴史の影にいることを好んだ。頂点に立つことよりも、いつでも挿げ替えられる頭を置き、影から他者を見下し操ることに愉悦を見出していたのだ。都合が悪くなれば、民の不満が溜まれば、頭を変えて、自分たちは何食わぬ顔で国に巣食う。
悪魔と王を契約させたのも、契約が破綻した時などに被害を被るのが嫌だったからだ。言わば王など単なる身代わりに過ぎなかった。
やがて手持ちの力に飽きを覚えると、今度は生贄が途絶えるように仕組み、救世主を召喚する大規模な術を展開するための大義名分を揃えた。
「───そして救世主の心に絶望を塗り込み、悪魔との契約違反の代償を王族に呪いとして背負わせたのもソレイユ家が仕組んだことです」
ソフィアは、まるで絵本を朗読するかのように静かに告げた。長い長い、隠されてきた歴史だ。今更暴いたところで何になるのかというほどに古い。
ソフィアの視線を受け、ロベルトが口を開く。
「ソレイユ家が大きくなり分家が増えると本家への不満も増大しました。リデュールを利用し、莫大な富を得ても、それが平等に分配されることなどありませんでしたから。そして、分家の中にはそうした本家の悪の歴史を、いつかくる断罪の時に向けて記録する家が出て来ました。───それが私の家です。私が幼いうちに両親を含めた家人を皆殺しにしたことで、公爵は安心しきっていたのでしょう。幼い子供なら何も知らないと思い込んでね」
ロベルトは吐き捨てるように、公爵を嘲笑ってみせた。
舞踏会は中止となり、捕縛されたソレイユ公爵は投獄され───
今は関係者への事情聴取が行われているのだが、室内は異様だ。なにせ、事情聴取されているのは、王太子の婚約者であるソフィアと、公爵の養子となっていたソフィアの従兄弟であるロベルトだ。聴取をする側は、王太子シューゼルと国王ルグナス、王妃セイシェルの3人。王族が直接聴取するなど異例中の異例だろう。しかも、最高権力者である国王までいる。それなのに室内には近衛騎士などいない。いるのは、一見普通の侍従や侍女だ。彼らは髪色を偽っているリデュールの者たちであり、舞踏会とは離れたところで仕事をしていたため無事だった者たちである。
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