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しおりを挟む「やめ…、こわい」
快感が怖いと泣く保科に、青年の欲は繰り返し興奮して昂る。時折声を押し殺して、全身を痙攣させて絶頂を迎える保科の色付いた肌に満足感を覚えて、青年の心は満たされていく。
「イキたくないのにイカされる、屈辱的な罰でしょ?しかも、遺族に犯されてだなんて、これ以上ない償いだと思わない?」
「や、あ、んぅ、やらぁ!」
ぢゅぽっ、ぢゅぽっ、と追加で垂らされたローションの音が保科の羞恥心を煽る。
もう二度と関わらない他人でも、人生においてどうでもいい他人でもなく、親友の遺族に醜態を晒しているのだという自覚が保科を追い詰めていく。強固だったはずの心の壁は既に崩れて形はなく、剥き出しの心に青年は容赦なく快楽を塗りたくって責め立てて。
「ずっと、保科さんを兄から奪ってやりたかった」
そんな青年の本音は保科に届かない。
「んあああああ───ッ」
今まで男女問わず不特定多数との性行為を己への罰にしてきた保科にとって、初めて叩き込まれた快感は脳を焼き切るような衝撃でしかなかったようで。無防備に四肢を投げ出して気絶してしまった。
「葵さん、今後は僕にだけ抱かれて下さい」
「お前、何しれっと下の名前で呼んでるんだよ」
仕事が休みの日で良かったと思いつつ、足腰に力が入らないことに絶望していた保科は真顔で溜め息を付いた。さっさと自宅に戻り、荷物をまとめて逃げたいのに、散々犯されたベッドの上から降りることも叶わない。気を失っている間に身を清められていたのは不幸中の幸いだろう。
「僕は優斗です、葵さん」
呼んで。
僕以外に身体を許さないで。
僕だけの葵さんでいて。
「罰が欲しいなら僕があげます」
手渡されたマグカップ内のカフェオレは温かくて。口にすると甘い。
甘くて、甘くて。昨夜の痺れを思い起こし、保科は身体を震わせた。ベッドに腰掛けてきた優斗に肩を抱かれ、カフェオレの甘さを口付けで共有する。
「ん、」
歯列を舐められるのが気持ちいいなんて、知らない。今まで舌と舌を絡める行為は気持ち悪いと思っていたはずなのに、甘えるような吐息が溢れるのを止められない。保科が手の中のマグカップの存在を思い出した時には、隙なく優斗の手がマグカップを支えていた。
「兄に応えられなかった分、僕に償って下さい」
「き、気持ち良くなるから、お前はダメだ」
散々喘がされたことを思い返し、保科は顔を真っ赤にしてむず痒さに唇を噛み締める。
「───そもそも、葵さんを言い訳にしてこの世から逃げた卑怯者の死を葵さんが背負う必要なんてないんですよ」
間近で優斗に苦笑され、保科は瞬いた。
脳裏に蘇る女性の罵声、断られた葬儀への参加。それが遺族の総意だと保科は思っていただけに、優斗の言葉は青天の霹靂だった。
「え?」
「だって、告白されて手酷くフッたとか、笑い者にしたわけじゃないんですよね?」
「………ない」
「告白もされてないんでしょ?」
「……………ない」
「本人が何も言わずに隠してたんだから、葵さんに罪なんてあるはずないでしょう?」
「…………………え?」
生きる価値がない。それでも生きるために罰を受ける。それが長年当たり前だった。
「葵さんをそこまで追い詰めた家族の罪を、どうか僕に償わせて下さい。貴方が望むなら罰だって快楽だって差し出します。だから、ね?」
「そんな都合の良い話───」
別に優斗が相手でなくても感じるようになったのではないか。自身の変化を疑い、保科は今まで通り、他の男にも股を開いた。
相変わらず、何も感じない。
相変わらず、性欲処理の道具に徹している間は一也のことも、罵倒してくる女を思い出すこともない。考えなくて済む。
その代わり、誰といても優斗を思い出す。隣の部屋に彼はいるのだ。薄い壁を隔てて、今も性行為の音を聞いているに違いない。
また、自分はこうやって誰かの想いを踏みにじるのか。
優斗も一也同様、死んでしまったらどうしよう。自分がどうしたいとか、彼をどう想っているかなんて気にする事はなく、ただ、同じ罪を繰り返そうとしている自分に気づいて愕然とする。
苦しい。肺が潰れそうだ。
今まで自分を罰してきたのは全て無意味だったのだろうか。そんなことをしなくても生きていていいなんて、信じられないし、不安で仕方ない。自身を罰しないと、自分の輪郭さえわからないのに、一体どうしたら楽になれるのか。
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