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しおりを挟む意識が浮上する。どうやら気を失っていたらしい。
薄暗い室内に人の気配はなく、ノロノロと上半身を起こせば、どろりと後孔から他人の射精液が零れた。不快感に眉根を寄せるも、怠さで身体が重くて動きたくない。
全裸のまま胡座をかき、周囲を見渡すと、自分のものでは無い煙草を見つけた。都合よくライターもある。これでいいか、と一本取り出して銜えた。ライターはよく見かける安物で、知らないホテルの名前が刻印されている。カチカチと鳴らせば微かに火花は散るが、火を灯すに至らない。根気強く数回鳴らし、ようやく煙草にありつけた。
深く吸い、すぅーっと吐き出す。煙草の、肺を隅から隅まで覆って汚していくイメージが好きだ。自分にとってコレは自傷行為の一種だという自覚がある。吸いたくて吸うというより、己を内側から徹底的に踏みにじりたくて手を出すのだ。
情の欠けらも無い性行為も、保科 葵という男にとっては自傷行為の一環でしかなく、そこに意味も価値もない。
朝が来ればスーツという皮を纏い、さも正常な人間であるかのように偽装して家を出る。保科に関わらず社会人など大半がそのようなものかもしれない。
「こんばんは。お疲れ様です。今日は早いんですね?」
思うような───惨めな気分になるような性行為をしてくれる、一夜限りの相手が得られず、一人で帰宅した保科に、アパートで隣に住んでいる青年が声をかけてきた。
「………こんばんは」
保科は記憶を手繰り寄せ、隣人についての情報を引き出そうとするが、相手の名前すら思い出せなかった。夕方6時にコンバンハという挨拶は正しいのだろうかと、そんなくだらない疑問しか思い浮かばない。
「今夜はお一人ですか?」
「……………見りゃわかるだろ」
一体何の用だと警戒心が募り、ぞんざいな口調になる。そんな保科に、青年は気分を害することもなく面白そうに目を細めた。
「誰かと約束があるかまでは見てもわかりませんよ」
「確かに」
それもそうかと笑みを零す保科は、何においても納得出来ることや確信できることを好む。形のないものや理屈でないものは苦手で、自分の中にある不確定要素を痛めつけるために自傷行為の一種として性行為を求めている。
「壁越しに喘ぎ声を聞かされて溜まってるんです。アレって、貴方です?それとも彼女?」
「俺だな」
耳元で問いかけられ、その近さと熱に目眩がした。だからだろう、保科は馬鹿正直に応えていた。
「今夜は僕とどうです?」
性行為の誘いにしては欲の見えない爽やかさで、何でもないことのように青年は口にした。まるでコンビニに行こうとでも誘うような軽さだ。性欲なんて欠片も感じられない。
その軽さは、一度寝た相手と再び寝る気のない、情の一切通わない、性欲処理だけの行為を求める保科には都合よく感じられた。とはいえ、隣人だ。繰り返し顔を合わせることを考えると、面倒くさいことになりかねない。
「男とヤったことあんの?」
「いいえ。でも、興味があります」
若者の好奇心から来る提案なら理解できないこともない。一度ヤれば、こんなものかと納得して終わるだろうか。若者が後戻りできるよう、年長者として保科が穴を提供する、それだけだ。
「いいぜ。どこでヤる?」
「僕の部屋でもいいですか?」
「着替えて準備したら行くから待ってろ」
すぐ隣というのは便利だ。慣れている自分のテリトリーで準備ができる。利点に機嫌を良くした保科の腕を、青年は慌てて掴んできた。
「ぜひ見たいです。保科さんが、僕に犯されるために自ら準備するところ!」
「お前…、具体的に何をやるかわかってないだろ」
準備というのは直腸洗浄のこと、つまり強制排泄行為なのだと簡単に説明し、絶対に嫌だと断る。若者の好奇心は侮れない。保科は変な汗をかきつつ、自宅に逃げ込み、早まったかもしれないと既に後悔し始めていた。
準備を整え、スウェットにサンダル姿で訪ねるなり、玄関で青年に顎を捕まれ性急なキスをされた。若者故の性急さなのか、余程溜まっているのか。
「喘いだ方が好みなら演技してやるけど、どうする?」
保科の囁きに青年が呆れを滲ませる。
「演技する余裕があるほど、昨日の男は下手くそだったの?」
僕も下手だって決めつけてる?と言外に不満を訴えられ、保科は肩を竦めた。
「俺は不感症なんだよ。いつもイけない」
「じゃあ、なんでヤるの?」
青年の疑問は最もだ。イクためにやるわけではない。快楽を得る為にヤるわけでもない。恐らく説明しても理解できないだろうと保科は目を伏せる。
「───俺を罰してくれ」
男との行為は初めてだと青年が言っていたので、いざ男の裸体を目の前にしたら萎えるのでは?と保科は危惧していたのだが、杞憂だった。
事前に仕込んでいたローションを掻き出す勢いで荒々しく抽挿を繰り返す青年の、汗の滲む顔を見上げて、保科は肉のオナホに徹する自分を嘲笑う。
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