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その後の彼ら。
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しおりを挟む父は、母にしか興味が無い。
品物の目利きも、売れる売れないを餞別する感性も、計算の速さも、全て商人として一流なのに、それらは全て、母を手に入れるためだけに発揮したのだという。手に入れたら「飽きたから商売はもういいかな」とか言い始める。父にとって商売は手段の1つでしかない。
母が望めば、父は何でもするのだ。その“何でも”の中にたまたま商売が入っていた。本当にそれだけなのだ。母が「貴方と一緒にお仕事できたら嬉しい」と呟くだけで父は全力で動き出す。───言葉一つで父を自在に操る母の方が怖い。
グレイルはそんな両親の元に産まれた。
目の前の、ふわふわとした銀色の髪を手櫛で梳く。10年間欠かさず行っていたお陰で、グレイルの愛しい愛しい主人はグレイルの手櫛を当たり前のものとして受け入れている。疑問すら抱いていない。
主人を、シェノローラ第一王女殿下と呼ぶことで今まで危うい均衡を保っていた。越えてはならない一線を越えないように。
でも、それももう、表向きだけでいい。
「シェノローラ第一王女殿下」
「2人きりなのに、もう外面モードなの?」
鏡越しにむくれる彼女に、内心悶絶する。もう主従じゃなくて婚約者なんだと、こういう時に実感する。かわいい。主として相応しくあろうと気を張っていた時には決して見せなかった幼さや可愛らしい欲望をぶつけてくる。
「あまり俺を甘やかさないで、シェラ。仕事したくなくなるだろ」
もう従者ではない。それでも彼女の身支度を手伝うのは単なる趣味と独占欲だ。彼女が自分以外によって綺麗になるなんて許せない。彼女のことになると極端に心が狭くなるのだ。
将来王配として必要となることを学ぶために、現在は国王夫妻の秘書のようなことをしている。執事兼補佐官のような状況である。シェノローラの傍を離れる時間は苦痛だが、これもシェノローラが望む未来を手に入れるためだ。
グレイルがシェノローラを手に入れる決心をしたのは、今から15年前。
最愛の王妃の初産が成功したお祝いに特別なものをプレゼントしたいと、国王は、王弟であり大規模な商会を営んでいるグレイルの父に依頼をした。
当時5歳のグレイルは、物心つくより前から両親と仕入れのために世界中を旅し、数ヶ国語をマスターしていた。人間の汚さも、裏社会特有の取り引きも、既に父に同行して学んでいた。母も父同様変わっており、グレイルが人を殺そうが、何をしようが、「生きているならいい」「揉み消せる範囲ならいい」という人だった。
そんなグレイルが父と共に城に来たのは単なる思いつきでしかない。
王妃は産後の肥立ちから体調を崩して寝込んでおり、会えなかった。代わりに会ったのが、産まれたばかりのシェノローラ第一王女だった。まだ目も見えない、小さな小さな赤ちゃん。それを一目見てグレイルは心の赴くまま決めたのである。
「僕、彼女と結婚します」
それを聞いた父は国王陛下に向き直った。
「兄さーん!うちの子、お婿さんにあげるねー」
「要らん!」
「いやいや、うちの家系の特性わかってるでしょ?一度決めたら手段を選ばないよ。兄さんを殺してでも奪うよ、この子は。諦めて平和的に受け入れなよ」
「まだ5歳だろう。殺すだなんて大袈裟な───」
「─────」
じ、と見つめてくる国王の目を見つめ返す。見つめ返された国王はダラダラと汗をかきはじめた。
「お前の家はどういう教育してるんだ!!」
「え。商売に必要な算術に、帳簿の付け方。あとは仕入れ旅が快適になるように、料理、毒精製、洗濯、盗賊の殺し方、馬車や船の操縦、地図の読み方と書き方、サバイバル術、水泳、語学、体術、剣術、弓矢に吹き矢に投擲───」
「おかしなのが混じってる」
「そう?」
常識だよねぇ?とボヤく父に、グレイルは返答できない。なにせ、その父の教育しか知らないので、どのあたりが非常識なのか判断できない。
「毒精製って何だ」
「僕達もやったでしょ?」
「毒“耐性”はやったな。“精製”はやっていない」
「似たようなもんでしょ?」
「お前は息子を何に仕立てあげようとしてるんだ!商人の域を越えてる…」
「僕みたいに裏も表も仕切る大商人、かな?」
国王は頭が痛いのか、目眩でもするのか、額を手で押さえてよろける。何か憂いがあるのなら、それは取引の材料となる。
「シェノローラが手に入るなら何でもやります。誰を殺しますか?どこかの組織でも潰しますか?」
「商人じゃなくて殺し屋の発想だろう!」
国王は渋ったが、恋に盲目・猪突猛進、手段をえらばない王族の気質を嫌という程把握しているためか、最後には深い溜め息と共に折れた。
「目の届かないところで暴走されても困る。未来の王配候補として、城で教育を受けることが条件だ」
「いいよー。今日から置いていくね!荷物は後で届けさせるから安心して」
「いや、今日でなくても───」
母親への相談とか、色々あるのではと国王は呻く。生きていれば別にいいという方針の母なので、定期的に手紙を書けば問題ないとグレイルも判断した。そうでなかったとしても、父が怒られるだけのこと、自分には関係ないともいう。父は、父自身以外のことで母が怒ると、例え息子のことでも酷い嫉妬をする面倒な人だ。夫婦で互いに相殺するだろうし、いざとなれば母が城まで会いに来るだろう。最早父の頭には母を独占できるという喜びしかない。グレイルも、両親の傍より、シェノローラの傍にいたかった。
それから5年間。同じ城内にいるのに、まだ会わせるのは早いと主張する国王の命によって一度もシェノローラに会わせて貰えなかったのは誤算だった。
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