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本編
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しおりを挟む父のように、妹や叔父のように、後先考えず勢いだけで相手を手に入れるような真似が出来たら良かったのに。そう思いはしても、シェノローラにはそれができない。
立ち去るグレイルに背を向けて、シェノローラは唇を噛み締めた。向かい合う窓ガラスに写る銀髪の少女は、ぼろぼろと大粒の涙を流し、嗚咽が溢れないよう堪えていた。
どうか。
どうか、今だけは、ただのシェノローラでいることを許して欲しい。
誰に許しを乞うているのか、シェノローラ自身わからない。
容姿こそ父に似たシェノローラだったが、中身は母似だ。出来上がった花嫁衣装を見せられてから置かれている状況に気づいたという母は、『思い返せば、ドレスの採寸されたけど、あれがいつのためのものだったか聞いた覚えがないな、とか。そういえば、やたら好きな花を聞かれたな、とか。どうして気づかなかったのか不思議になるくらい気づかなかった』とよく話していた。
そんなバカな話、あるわけない。そう思いつつも、しっかり母親似のシェノローラは、何故、父親である陛下から婚姻に関する説明が一切ないまま、受け入れるか否かの決断を迫られたのかまで頭が回らなかった。
そう。思い返せば、おかしなことはあったのだ。どうして気づかなかったのかと、落ち込むくらいには。
いくら従者でも、王弟を父に持つグレイルに護衛がつかないはずはなく。護衛がいながら、あの怪我は何だったのか、とか。
翌日、父も双子の弟たちも、全身怪我だらけだった。見覚えのある満身創痍ぶりに、シェノローラは目を白黒させる。
「姫が欲しいなら俺の屍を越えていけ!って言ったら、冗談だったのにアイツ本気でやりやがった」
「僕はあまり力技は得意では無いので最初から勝てないと思っていましたが、まさかここまで圧倒的に叩きのめされるとは」
と、10歳になる双子の弟たちは楽しそうに笑っている。
「負けは負けだ。お前たちの結婚を正式に認める」
国王である父が、腰を擦りながら宣言した。腰を擦りながらだろうが、誰かを睨みながらだろうが、宣言した以上、それは確定である。
ぽかん、としているシェノローラの腰を抱き寄せるのはもちろん───
グレイルだ。
「ありがとうございます、皆様」
空いた口が塞がらないまま見上げると、グレイルが見たこともないほど晴れやかな笑顔で笑っている。
「うむ。未来の王配として、より一層励みなさい」
───ん?
───んんんんん???
頭がパンクしそうな程、大量の疑問符を浮かべるシェノローラに、グレイルは悪戯っぽく微笑みかけた。
「グレイル、貴方、結婚するの?」
「しますよ」
従者でなくなったグレイルと、再びシェノローラの執務室に2人きり。よく考えてみれば、いくら国家機密がある執務室とはいえ、未婚の男女を2人きりにするのもおかしい。幼少期からそれが当たり前になりすぎて、シェノローラの中では、グレイルなら密室に2人きりでもOKという誤った認識が出来上がっていた。
「グレイル、貴方、王配になるの?」
「なりますね」
王配。つまり、女王の夫、だ。
「え!?わたくし、女王になるの!?」
そんな話、聞いただろうか。いや、聞いていない。聞いていないはずだ。
「陛下は最初から貴女以外に王位を譲る気なんてなかったさ。いくら王子たちが納得していても各派閥は動き出すだろうし、容易ではないだろうけれど、不可能ではない」
頭痛を覚えて、シェノローラは応接ソファーに身を沈める。色々と思うことはあるはずなのに、混乱しすぎて今は何一つ形にならない。形にならないから、言葉にもならない。
考えなくてはいけないことが、他にあるはずだ。
───つまり、
───つまり?
「わ、わたくし、グレイルと、結婚するの?」
ようやく絞り出した現実に、シェノローラは目に涙を浮かべて、全身を真っ赤に染めるほど感情を沸騰させ、唇を震わせた。
「シェノローラ───いえ、シェラ。もう貴女は逃げられない。話を聞かなかったのも貴女。抵抗しなかったのも貴女。後悔しても逃げられない」
満足そうにグレイルがシェノローラの髪に触れる。
「ど、どうしましょう」
「今更どうしようもない。諦めろ」
今まで見せたことの無いほど表情豊かに、グレイルは舌打ちした。
シェノローラは慌てて勢いよく首を左右に振る。
「違うわ、グレイル。わたくし、嬉しいの」
「…嬉しい?」
予想外だとばかりに目を見開くグレイルに、シェノローラは思わず抱きついた。もう、我慢しなくていいのだと、それだけはわかったから。抱きついた勢いで怪我に障ったのか、グレイルが小さく呻く。シェノローラのために、シェノローラの父と弟たちと戦ってできた怪我だ。そう考えると嬉しくて、シェノローラは申し訳ないと思いつつも笑ってしまう。
「嬉しい!嬉しくて、どうしよう!やっと、やっと、ただの“シェノローラ”として貴方と話せるのね!」
「ああ。私の、いや、俺の前では、もういいよ。シェラは、ただの、俺のシェラだ」
釣り合わないと散々人から言われたけれど、そんなこと、今はどうでもいい。彼が選んだのは、他でもない自分なのだ。彼の腕の中では、そんなつまらないことなど、考えられそうにない。
「シェラ、結婚してくれるか?」
「拒否権なんてないんでしょう!」
恋に猪突猛進な王族の血が、グレイルにも流れているのだと、シェノローラは今更ながら思い出しつつ、憧れていたキスを強請る。
殻の割れるような音がどこかで聞こえて、ひとつの不確定要素が壊れた。
女王になる未来はまだ先だけれど、グレイルが支えてくれる限り、もうシェノローラの思い描く未来は揺らがない───
[完]
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