不確定要素は壊れました。

ひづき

文字の大きさ
上 下
6 / 11
本編

しおりを挟む



 父のように、妹や叔父のように、後先考えず勢いだけで相手を手に入れるような真似が出来たら良かったのに。そう思いはしても、シェノローラにはそれができない。

 立ち去るグレイルに背を向けて、シェノローラは唇を噛み締めた。向かい合う窓ガラスに写る銀髪の少女は、ぼろぼろと大粒の涙を流し、嗚咽が溢れないよう堪えていた。

 どうか。

 どうか、今だけは、ただのシェノローラでいることを許して欲しい。

 誰に許しを乞うているのか、シェノローラ自身わからない。





 容姿こそ父に似たシェノローラだったが、中身は母似だ。出来上がった花嫁衣装を見せられてから置かれている状況に気づいたという母は、『思い返せば、ドレスの採寸されたけど、あれがいつのためのものだったか聞いた覚えがないな、とか。そういえば、やたら好きな花を聞かれたな、とか。どうして気づかなかったのか不思議になるくらい気づかなかった』とよく話していた。

 そんなバカな話、あるわけない。そう思いつつも、しっかり母親似のシェノローラは、何故、父親である陛下から婚姻に関する説明が一切ないまま、受け入れるか否かの決断を迫られたのかまで頭が回らなかった。

 そう。思い返せば、おかしなことはあったのだ。どうして気づかなかったのかと、落ち込むくらいには。

 いくら従者でも、王弟を父に持つグレイルに護衛がつかないはずはなく。護衛がいながら、あの怪我は何だったのか、とか。



 翌日、父も双子の弟たちも、全身怪我だらけだった。見覚えのある満身創痍ぶりに、シェノローラは目を白黒させる。

「姫が欲しいなら俺の屍を越えていけ!って言ったら、冗談だったのにアイツ本気でやりやがった」

「僕はあまり力技は得意では無いので最初から勝てないと思っていましたが、まさかここまで圧倒的に叩きのめされるとは」

 と、10歳になる双子の弟たちは楽しそうに笑っている。

「負けは負けだ。お前たちの結婚を正式に認める」

 国王である父が、腰を擦りながら宣言した。腰を擦りながらだろうが、誰かを睨みながらだろうが、宣言した以上、それは確定である。

 ぽかん、としているシェノローラの腰を抱き寄せるのはもちろん───



 グレイルだ。



「ありがとうございます、皆様」

 空いた口が塞がらないまま見上げると、グレイルが見たこともないほど晴れやかな笑顔で笑っている。

「うむ。未来の王配として、より一層励みなさい」

 ───ん?

 ───んんんんん???

 頭がパンクしそうな程、大量の疑問符を浮かべるシェノローラに、グレイルは悪戯っぽく微笑みかけた。





「グレイル、貴方、結婚するの?」

「しますよ」

 従者でなくなったグレイルと、再びシェノローラの執務室に2人きり。よく考えてみれば、いくら国家機密がある執務室とはいえ、未婚の男女を2人きりにするのもおかしい。幼少期からそれが当たり前になりすぎて、シェノローラの中では、グレイルなら密室に2人きりでもOKという誤った認識が出来上がっていた。

「グレイル、貴方、王配になるの?」

「なりますね」

 王配。つまり、女王の夫、だ。

「え!?わたくし、女王になるの!?」

 そんな話、聞いただろうか。いや、聞いていない。聞いていないはずだ。

「陛下は最初から貴女以外に王位を譲る気なんてなかったさ。いくら王子たちが納得していても各派閥は動き出すだろうし、容易ではないだろうけれど、不可能ではない」

 頭痛を覚えて、シェノローラは応接ソファーに身を沈める。色々と思うことはあるはずなのに、混乱しすぎて今は何一つ形にならない。形にならないから、言葉にもならない。

 考えなくてはいけないことが、他にあるはずだ。

 ───つまり、

 ───つまり?

「わ、わたくし、グレイルと、結婚するの?」

 ようやく絞り出した現実に、シェノローラは目に涙を浮かべて、全身を真っ赤に染めるほど感情を沸騰させ、唇を震わせた。

「シェノローラ───いえ、シェラ。もう貴女は逃げられない。話を聞かなかったのも貴女。抵抗しなかったのも貴女。後悔しても逃げられない」

 満足そうにグレイルがシェノローラの髪に触れる。

「ど、どうしましょう」

「今更どうしようもない。諦めろ」

 今まで見せたことの無いほど表情豊かに、グレイルは舌打ちした。

 シェノローラは慌てて勢いよく首を左右に振る。

「違うわ、グレイル。わたくし、嬉しいの」

「…嬉しい?」

 予想外だとばかりに目を見開くグレイルに、シェノローラは思わず抱きついた。もう、我慢しなくていいのだと、それだけはわかったから。抱きついた勢いで怪我に障ったのか、グレイルが小さく呻く。シェノローラのために、シェノローラの父と弟たちと戦ってできた怪我だ。そう考えると嬉しくて、シェノローラは申し訳ないと思いつつも笑ってしまう。

「嬉しい!嬉しくて、どうしよう!やっと、やっと、ただの“シェノローラ”として貴方と話せるのね!」

「ああ。私の、いや、俺の前では、もういいよ。シェラは、ただの、俺のシェラだ」

 釣り合わないと散々人から言われたけれど、そんなこと、今はどうでもいい。彼が選んだのは、他でもない自分なのだ。彼の腕の中では、そんなつまらないことなど、考えられそうにない。

「シェラ、結婚してくれるか?」

「拒否権なんてないんでしょう!」

 恋に猪突猛進な王族の血が、グレイルにも流れているのだと、シェノローラは今更ながら思い出しつつ、憧れていたキスを強請る。



 殻の割れるような音がどこかで聞こえて、ひとつの不確定要素が壊れた。

 女王になる未来はまだ先だけれど、グレイルが支えてくれる限り、もうシェノローラの思い描く未来は揺らがない───





[完]
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いとこな

古葉レイ
恋愛
いとこな二人の、他愛な日常を送ります。 少し変わった性癖の彼女と、彼が織り成す一部屋のショートショート。

悪役令嬢はヒロイン(♂)に攻略されてます

みおな
恋愛
 略奪系ゲーム『花盗人の夜』に転生してしまった。  しかも、ヒロインに婚約者を奪われ断罪される悪役令嬢役。  これは円満な婚約解消を目指すしかない!

【完結済】監視される悪役令嬢、自滅するヒロイン

curosu
恋愛
【書きたい場面だけシリーズ】 タイトル通り

婚約破棄されるまで結婚を待つ必要がありますか?

碧桜 汐香
恋愛
ある日異世界転生したことに気づいた悪役令嬢ルリア。 大好きな王太子サタリン様との婚約が破棄されるなんて、我慢できません。だって、わたくしの方がサタリン様のことを、ヒロインよりも幸せにして差し上げられますもの!と、息巻く。 結婚を遅める原因となっていた父を脅し……おねだりし、ヒロイン出現前に結婚を終えて仕舞えばいい。 そう思い、実行に移すことに。

それは確かに真実の愛

恋愛
レルヒェンフェルト伯爵令嬢ルーツィエには悩みがあった。それは幼馴染であるビューロウ侯爵令息ヤーコブが髪質のことを散々いじってくること。やめて欲しいと伝えても全くやめてくれないのである。いつも「冗談だから」で済まされてしまうのだ。おまけに嫌がったらこちらが悪者にされてしまう。 そんなある日、ルーツィエは君主の家系であるリヒネットシュタイン公家の第三公子クラウスと出会う。クラウスはルーツィエの髪型を素敵だと褒めてくれた。彼はヤーコブとは違い、ルーツィエの嫌がることは全くしない。そしてルーツィエとクラウスは交流をしていくうちにお互い惹かれ合っていた。 そんな中、ルーツィエとヤーコブの婚約が決まってしまう。ヤーコブなんかとは絶対に結婚したくないルーツィエはクラウスに助けを求めた。 そしてクラウスがある行動を起こすのであるが、果たしてその結果は……? 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

ずっと温めてきた恋心が一瞬で砕け散った話

下菊みこと
恋愛
ヤンデレのリハビリ。 小説家になろう様でも投稿しています。

明日のために、昨日にサヨナラ(goodbye,hello)

松丹子
恋愛
スパダリな父、優しい長兄、愛想のいい次兄、チャラい従兄に囲まれて、男に抱く理想が高くなってしまった女子高生、橘礼奈。 平凡な自分に見合うフツーな高校生活をエンジョイしようと…思っているはずなのに、幼い頃から抱いていた淡い想いを自覚せざるを得なくなり…… 恋愛、家族愛、友情、部活に進路…… 緩やかでほんのり甘い青春模様。 *関連作品は下記の通りです。単体でお読みいただけるようにしているつもりです(が、ひたすらキャラクターが多いのであまりオススメできません…) ★展開の都合上、礼奈の誕生日は親世代の作品と齟齬があります。一種のパラレルワールドとしてご了承いただければ幸いです。 *関連作品 『神崎くんは残念なイケメン』(香子視点) 『モテ男とデキ女の奥手な恋』(政人視点)  上記二作を読めばキャラクターは押さえられると思います。 (以降、時系列順『物狂ほしや色と情』、『期待ハズレな吉田さん、自由人な前田くん』、『さくやこの』、『爆走織姫はやさぐれ彦星と結ばれたい』、『色ハくれなゐ 情ハ愛』、『初恋旅行に出かけます』)

一体だれが悪いのか?それはわたしと言いました

LIN
恋愛
ある日、国民を苦しめて来たという悪女が処刑された。身分を笠に着て、好き勝手にしてきた第一王子の婚約者だった。理不尽に虐げられることもなくなり、ようやく平和が戻ったのだと、人々は喜んだ。 その後、第一王子は自分を支えてくれる優しい聖女と呼ばれる女性と結ばれ、国王になった。二人の優秀な側近に支えられて、三人の子供達にも恵まれ、幸せしか無いはずだった。 しかし、息子である第一王子が嘗ての悪女のように不正に金を使って豪遊していると報告を受けた国王は、王族からの追放を決めた。命を取らない事が温情だった。 追放されて何もかもを失った元第一王子は、王都から離れた。そして、その時の出会いが、彼の人生を大きく変えていくことになる… ※いきなり処刑から始まりますのでご注意ください。

処理中です...