不確定要素は壊れました。

ひづき

文字の大きさ
上 下
3 / 11
本編

しおりを挟む



 この国の王族は恋に盲目になる傾向が強い。しかも、盲目になった途端に、よくわからない底力と行動力を発揮する。

 シェノローラの父も、最初の結婚は政治的に回避できず───だったが、母と出会った際は15歳下の少女相手に根回しをしまくり外堀をガッツリ埋め、ウェディングドレスまで作ってから思い出したかのようにプロポーズをしたという。

 父方の叔父───グレイルの父も、ある日一目惚れした平民女性を追いかけるために、手紙一枚残して家出をし、偽りの戸籍で平民となって商会を立ち上げ、女商会長としてバリバリ仕事をしていた女性に勝負を持ちかけた上、その勝敗で結婚に漕ぎ着けたらしい。そんな叔父夫妻の商会は統合され、現在は国境を超えて幅広く活躍している。実はグレイルが城で働くことになったのも、叔父夫妻が世界中を回って新たな商品と出会うための旅に出掛けるから「息子を預かって」と手紙一枚で国王に託したからである。

「陛下と相談して、わたくしは、一日も早く嫁がなくては」

 シェノローラが結婚すれば、グレイルは自由の身だ。

 グレイルは、本当は両親の商会を継ぐために、そちらで働きたかったかもしれない。シェノローラは時々、そう思う。幼少期から長年城においてくれた恩義を感じてシェノローラの従者となったのなら、もう、解放されてもいいはずだ。

 鏡越しにシェノローラが相手の様子を窺うと、グレイルの表情は酷く硬かった。

「───シェノローラ第一王女殿下、急用を思い立ったので、明日から一週間ほど留守にさせて頂きます」

 一日たりとも、傍を離れなかった男が、何を言ったのか理解出来ず、ただ驚き、シェノローラは振り向いた。グレイルの手によって梳かれた髪が靡く。

「どこか具合でも悪いの?」

「───良かったですね。目につかないところに私が消えて嬉しいでしょう?」

 口端を吊り上げて笑うグレイルに、シェノローラの心は煮えたぎった。普段はお世辞でも笑わないくせに、嫌味を言う時だけ笑う男。もっと心を砕いて、どんな時も笑い合いたいのに、それが叶わない相手。本気で彼の体調を心配したのに、その心が彼には届かない。

「えぇ!嬉しいわ!なんなら明日からと言わず、今から離れなさい。あなた、ここに来てから1日も休んだことなかったものね?せっかくだもの、休日を満喫しなさいな」

 約10年間、欠かさず毎日一緒にいたことがおかしいのだ。勉強も公務も、何もかも、グレイルと一緒だった。そのくせろくに会話をしたことがない。

 ───ねぇ、

 あなたの趣味は何?

 あなたは何が好き?

 あなたは将来何がしたい?

 出会ったばかりの頃はシェノローラが気を使って一生懸命グレイルに質問ばかりした。彼は一度も答えてくれず、やがてシェノローラも問いかけることをやめてしまった。諦めてしまった。

 修復も何も、最初から2人の間には何も無い。

 何も無いはずなのに、シェノローラの中で、何かがひび割れる音がした。





 グレイルが居なくなって3日後。

 よくわからない憤りを心の中で殴りつけながら、学園内を歩いていた。次の授業に備え、本校舎から少し離れたところにある実験棟に向かう。

 グレイルが離れてから、頭の中はぐるぐるとよくわからない嘆きが渦巻いていて、何をやっても上手くいかない。自分でもよくわからない、普段でもやらないようなミスをして文官から失望の眼差しを受けたり、メイドたちから心配されたり、「貴女様らしくもない」などと講師から小言を頂戴したり。

 空っぽのはずの心の中がぐちゃぐちゃだ。

 だから、気づくのが遅れた。気づいた時には目の前を数人の男子生徒が立ち塞がっており、取り敢えず立ち止まる。邪魔だなと思い、避けようとするが、相手が制止してきた。中庭の木々がざわめく。昼食時でもなければ、あまり人の来ない場所だ。長い廊下を迂回するよりは実験棟に早くつけるため、シェノローラが重宝しているルートである。

「何か、御用?」

 用があるから、わざわざシェノローラのスケジュールを把握した上で待ち伏せしていたとしか思えない。内容までは想像がつかなかった。

 確か、公爵家の養子と、伯爵家の三男坊と、男爵家の跡取りと、聖女ミリアの甥だったか。あまり関わった覚えのない人物だ。

「シェノローラ王女!アンタが身分を盾にリリアをイジメてるんだろ!?」

「───?」

 突然怒鳴られ、シェノローラの心が白紙になる。

「僕たちの天使を害するのは許さない!貴女のような冷酷な女性が王族を名乗るのも納得がいかない!」

「リリア嬢は、必死に君を庇っていたよ。自分は危うく死にかけたのに、ね。君はそれでも何とも思わないの?」

「人として有り得ません。そのような輩が権力を持つなど、あってはならないことです」

 いっぺんに言うものだから、どれが誰のセリフなのかもわからない。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一体だれが悪いのか?それはわたしと言いました

LIN
恋愛
ある日、国民を苦しめて来たという悪女が処刑された。身分を笠に着て、好き勝手にしてきた第一王子の婚約者だった。理不尽に虐げられることもなくなり、ようやく平和が戻ったのだと、人々は喜んだ。 その後、第一王子は自分を支えてくれる優しい聖女と呼ばれる女性と結ばれ、国王になった。二人の優秀な側近に支えられて、三人の子供達にも恵まれ、幸せしか無いはずだった。 しかし、息子である第一王子が嘗ての悪女のように不正に金を使って豪遊していると報告を受けた国王は、王族からの追放を決めた。命を取らない事が温情だった。 追放されて何もかもを失った元第一王子は、王都から離れた。そして、その時の出会いが、彼の人生を大きく変えていくことになる… ※いきなり処刑から始まりますのでご注意ください。

側妃にすると言われたので従者と一緒に逃げることにしました。

水月 潮
恋愛
「彼女を正妃として、お前は側妃にする」 結婚式の一週間前にオデット・アルバネル公爵令嬢は呼び出され、婚約者である王太子アルノーからそう告げられる。 その場には国王も彼女の父もおり、納得済みだと言う。 アルノーとオデットの婚約は政略的なもので当人同士の気持ちで結ばれたものではない。 アルノーは学園に在学中にキャロリン・ルーキエ男爵令嬢を見初めて恋人になるが、キャロリンは男爵令嬢故にアルノーの正式な婚約者であるオデットを退けた上で王太子の配偶者に迎えるには色々問題があった。 そこでアルノーはオデットに側妃になってもらい、表向きの政務はオデットにやってもらうことにしたのだ。 彼女はこのふざけた提案が告げられた時、決意する。 逃げよう、と。 そして彼女は従者と共に国を出ることにした。 ※設定は緩いです。物語としてお楽しみ下さい。 *HOTランキング1位到達(2021.10.15) ありがとうございます(*≧∀≦*)

文句しか言わない(言えない)婚約者。自分から言い出したのに婚約破棄にも文句言ってます

リオール
恋愛
公爵令嬢エレナの婚約者は、王太子のデニス王子。 この王子、とにかく文句しか言わない。いつもいつも会えばまずは文句。文句を言うなら会いに来なければ良いものを、なぜか頻繁に会いにくる。会いに来ては文句をいうものだから、エレナのストレスは爆発寸前だった。 ところがその日は違った。会いにはきたけれど、出た言葉が「婚約解消する」というものだったのだ。 それを聞いて大喜びするエレナだったが、なぜかその話は無かった事に!? ふざけないでください、一度言ったことを取り消すなんて、許されると思うのですか? そんないい加減な人と結婚なんて出来ません。婚約破棄させていただきます! 文句を言われても知りません! 切れたエレナは絶縁宣言をするのだった。 ===== ギャグ寄りのお話です。 主人公の本性は口が悪いです。それが駄目な方はUターンでお願いします。 何でも許せるというかた向け。

クラスメイトに死ねコールをされたので飛び降りた

ああああ
恋愛
クラスメイトに死ねコールをされたので飛び降りた

婚約破棄から~2年後~からのおめでとう

夏千冬
恋愛
 第一王子アルバートに婚約破棄をされてから二年経ったある日、自分には前世があったのだと思い出したマルフィルは、己のわがままボディに絶句する。  それも王命により屋敷に軟禁状態。肉塊のニート令嬢だなんて絶対にいかん!  改心を決めたマルフィルは、手始めにダイエットをして今年行われるアルバートの生誕祝賀パーティーに出席することを目標にする。

逆行転生した侯爵令嬢は、自分を裏切る予定の弱々婚約者を思う存分イジメます

黄札
恋愛
侯爵令嬢のルーチャが目覚めると、死ぬひと月前に戻っていた。 ひと月前、婚約者に近づこうとするぶりっ子を撃退するも……中傷だ!と断罪され、婚約破棄されてしまう。婚約者の公爵令息をぶりっ子に奪われてしまうのだ。くわえて、不貞疑惑まででっち上げられ、暗殺される運命。 目覚めたルーチャは暗殺を回避しようと自分から婚約を解消しようとする。弱々婚約者に無理難題を押しつけるのだが…… つよつよ令嬢ルーチャが冷静沈着、鋼の精神を持つ侍女マルタと運命を変えるために頑張ります。よわよわ婚約者も成長するかも? 短いお話を三話に分割してお届けします。 この小説は「小説家になろう」でも掲載しています。

(完結)妹の為に薬草を採りに行ったら、婚約者を奪われていましたーーでも、そんな男で本当にいいの?

青空一夏
恋愛
妹を溺愛する薬師である姉は、病弱な妹の為によく効くという薬草を遠方まで探す旅に出た。だが半年後に戻ってくると、自分の婚約者が妹と・・・・・・ 心優しい姉と、心が醜い妹のお話し。妹が大好きな天然系ポジティブ姉。コメディ。もう一回言います。コメディです。 ※ご注意 これは一切史実に基づいていない異世界のお話しです。現代的言葉遣いや、食べ物や商品、機器など、唐突に現れる可能性もありますのでご了承くださいませ。ファンタジー要素多め。コメディ。 この異世界では薬師は貴族令嬢がなるものではない、という設定です。

勘違いも凄いと思ってしまったが、王女の婚約を破棄させておいて、やり直せると暗躍するのにも驚かされてしまいました

珠宮さくら
恋愛
プルメリアは、何かと張り合おうとして来る令嬢に謝罪されたのだが、謝られる理由がプルメリアには思い当たらなかったのだが、一緒にいた王女には心当たりがあったようで……。 ※全3話。

処理中です...