不確定要素は壊れました。

ひづき

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本編

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 背が伸びても、胸が膨らんでも、グレイルにとってのシェノローラはただのお子様で、手のかかる主人でしかない。

 グレイルからの問いかけに意識を戻す。その間にもグレイルの細い指がシェノローラの髪を編み込んでいく。王女付きのメイドは大勢いるのに、何故何から何までグレイルが行うのか、そこまでシェノローラの考えは及ばない。

 公務がないなら、もちろん向かうのは学園だ。また孤立することを考えれば憂鬱でしかない。

 女王にもなれない、可愛げのない、従者にすら劣る容貌の、ただ成績優秀なだけの王女。それが今のシェノローラ。

 未来の女王になるには周囲を圧倒するだけのカリスマが足りず。

 国民から愛される姫として民衆の心を束ねるには愛嬌が足りず。

 弟たちの治世を盛り上げるための悪女になれるだけの潔さもない。

「わたくし、空っぽだわ…」

 鏡に映るのは、父とよく似た銀色の髪の女の子。

 あなたの趣味は何?

 あなたは何が好き?

 あなたは将来何になりたい?

 何を問いかけても鏡の中の女の子は困ったように眉根を寄せて答えない。その困惑した時の表情は母に似ていた。

 ただ、王位継承者として優秀であろうと、常に気を張っていただけ。頑張るほどに、大人たちが「この国は安泰だ」と笑ってくれていたのに、一体いつの間に世界は反転したのだろう。女のくせに、と言われるようになったのは、一体いつからだったのか。

 ならば、後は一人の女性として嫁ぐしかない。

「シェノローラ第一王女殿下?」

 黙り込んでしまったシェノローラの名をグレイルが呼ぶ。

 グレイルが敬意を払う相手は、“第一王女殿下”という肩書きの人物で。今も昔も、彼の中でシェノローラというただの少女は無価値だ。思考がそこに行き着く度に、思い出す。

「わたくし、貴方のこと、嫌いだわ」

 空っぽな空間を必死に探すと、そこにはグレイルのことを嫌いだと思った気持ちだけが残っていた。

 それを聞いたグレイルの指が一瞬だけ動きを止める。シェノローラはそれを不思議に思った。グレイルの態度を思い出すと、グレイルも初対面からシェノローラを嫌っていたとしか思えず、何を今更驚くのだろうかと不思議で仕方ない。

 シェノローラが転んでも手を貸さずに見ているだけ。シェノローラが泣いても慰めはしない。シェノローラが熱を出しても心配などしてくれない。ただ淡々と業務をこなすだけの機械のような男。

「そのご様子ですと、さては“また”白紙に戻りましたね?」

「……………っ」

 仕える主人の不幸を嬉々として言い当てるグレイルは、シェノローラにとって悪魔と呼ぶに相応しい。普段は笑わないくせに、こういう時だけあからさまに上機嫌なのも腹立たしい。

 一国の姫として、他国の王族に嫁ぐのはよくある話だ。しかし、今の情勢ではむしろ国内に王族の力となる親類が不足しており、国内での地盤強化が必要だと父であるブレノン国王は考えていた。そのため、シェノローラは国内の貴族に降嫁することになる。

 ───なるのだが。

 幼少期に一時期、将来の女王と噂されたせいか、未だにシェノローラを王に推す派閥が密かに存在する。双子の弟たちを支持する派閥としては、シェノローラが国内の有力者と婚姻を結ぶことで婚家の後ろ盾を得て、支持者たちを扇動し、王座に乗り出すのではと気が気でない。

 故に、縁談という縁談がことごとく潰されていく。片っ端から白紙撤回されていく。酷いと王家から婚約を打診した当日の夜には当主一家が領地へ夜逃げしてたりする。ごくたまに、『グレイル殿がついてくるなら結婚してもいい』と、一国の姫を従者の付属品扱いする好色な男ならいたが、グレイルが拒否したため白紙になった。

「貴方って、どうしてそう意地が悪いの!もう、ほんと、大嫌い!!」

「図星でしたか。しかし、貴女様の立場を考えれば慎重になり過ぎるほど慎重になるのは当然でしょう。焦る必要があるのですか?」

「わたくしが嫁がなくては、弟たちの跡目争いは始まることすらできないわ」

 双子なだけあり、弟たちのどちらが立太子するかは五分五分だ。戦などの直接的な荒事を好む好戦的な弟と、相手を罠に捉えて絶望させてから屠るのを好む好戦的な弟。どちらも公務はそれなりだし、どちらも人間性に問題があるような気がする。

 そんな2人の今後を左右するであろう(人間性を調教してくれるかもしれない)伴侶を探そうにも、現在の状況では誰も大切な娘を嫁に───とは言い出さない。伴侶は弱点にもなり得、政敵から害されるなどの危険が予測される。

 本人たちには関係なく、周囲が勝手にすることとはいえ、頭が痛い。

「やはり…、わたくしは、国外に嫁いだ方が争いの種にならずに済むのでしょうね」

 両親はシェノローラが国内に留まることを望んでいるが、だからといって国内が後継者争いで荒れるのを望んでいるわけではない。

 両親が何故シェノローラが国内に留まることを望むのか。国内における王家の地盤固めのため。あとは、公務を通してシェノローラが国の内情を知りすぎているため。下手したら国外に嫁ぐ前に暗殺されかねないほどに情報漏洩を危惧している愛国者たちがいる。

 さらには、シェノローラの1つ下の妹が、昨年のある日、突然外交先からの帰宅途中に行き倒れていた男を拾ってきて「私、この人と結婚します!」と宣言し、驚きで放心している間に男を抱えて家出をした───という、親不孝の結果が長引いている。妹は見た目こそ母親似だったが、中身は父親似だった。しかも、相手の男は他国から亡命してきた王族で、妹は男の支持者たちを統率して立ち上がり、現在は惚れた男を国王にして自分は王妃として君臨している。


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