とある婚約破棄に首を突っ込んだ姉弟の顛末

ひづき

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 ガイエル殿下の主張としては、ガイエル殿下とローザ嬢の親交に嫉妬したサーラ・ビエーガ公爵令嬢が、ローザ嬢暗殺を企て、ならず者に襲わせたのだという。

 日常的に学園でローザ嬢の厚意を踏み躙ってきたビエーガ公爵令嬢が状況的に犯人としか思えない。ガイエル殿下を初め、その後ろに控える男子生徒達も同意見らしい。

 リアーナとしては、そりゃ、そんな厚意の押し売り拒んで当然だろうとしか言えないし、証拠は?え、それだけ???単なる言いがかり、妄想の域を出ないんですけど???と開いた口が塞がらない。淑女らしくリアーナは開いた扇子で塞がらない口を隠した。

 そもそも、婚約者でもないのに愛称呼びを許すような親交とは何か。この茶番の中身はガイエル殿下が堂々と己の不貞を告白しただけ。

「───決定は国王陛下がなさることです。しかしながら、殿下の意志としての婚約破棄、確かに承りました」

 ビエーガ公爵令嬢は折り畳んだ扇子で手を叩き、これで終いだと合図をして踵を返す。

 その時だ。

 控えていたスレイト伯爵子息がビエーガ公爵令嬢の肩を掴んだ。

「何を…、きゃ!」

 あろう事か、スレイト伯爵子息はビエーガ公爵令嬢の片腕を後ろ手に捻り上げて、バランスを崩した令嬢を地面に座らせるように押さえつけたのだ。

 会場は驚きのあまり息を呑む。

「罪人の癖にふてぶてしい女め!貴様のことは婚約者だった俺が直々に罰してやる」

 ガイエル殿下が高笑いをして、ビエーガ公爵令嬢を見下ろした。



 もう、我慢も限界だ─────



 リアーナは、素早く駆け寄るとスレイト伯爵子息の後頭部を薙ぎ払うように扇子で殴りつけた。子息が振り向いたところで顔面に拳を叩き込みつつ、鋭く重い特注のヒールで思い切り足を踏みつける。

 ぶ、ぎょえ、ぎゃ!

 ビエーガ公爵令嬢から離れつつ、よろけて、顔と足を庇おうと踞ろうとする子息の腹部に容赦ない膝蹴りを見舞う。

 ぐほ、と唾を吐いて子息は転がった。

 きゃあああああっと悲鳴を上げ、子息が飛んできたことに驚いた列席者たちは逃げ惑う。

「な、なんだ、貴様は!伯爵子息に狼藉を働くなど、どこの野蛮人だ!」

 壇上で喚くだけで、降りてくるつもりのないガイエル殿下へと振り返り、リアーナはニッコリと微笑む。まるで無邪気な幼女のように微笑む。一方でその手はスレイト伯爵子息の胸ぐらを掴んでいた。

「堂々と不貞を公表するような知能のない盛ってばかりの猿野郎に野蛮人だなんて言われたくありませんわ」

「なん、だと!!」

「言われて怒るのは事実だからでしょう」

 猿に興味はないとばかりに、リアーナは掴んだスレイト伯爵子息の胸ぐらを持ち上げる。

「う、うぅ…、な、なぜ、何故姉上がここに…!!」

 姉と呼ばれる不快感にリアーナは眉を顰めた。

「貴方、淑女に暴力を奮っておきながら、他に言うことは無いわけ?」

 リアーナは、失望したと呟き、愚弟を投げ捨てた。ふぅと息を吐くと、座り込んだまま震えているビエーガ公爵令嬢へと向きを変える。ビクッと怯えた少女に、リアーナは深々と頭を下げた。

「ビエーガ公爵令嬢、この度は愚弟が大変申し訳ないことを致しました。謝って済むことではありませんし、ご不快かもしれませんが、どうか医務室まで私に付き添わせて下さい」

「あ…、あの、その、」

 手を差し伸べると、公爵令嬢は素直に手を取ってくれたが、動揺で身体が震えて思うように立てないらしい。ベルベットのドレスは美しいが、他のドレスよりも生地が重たく、大変な筋力を必要とするのだ。それを着こなせるのは、それまで淑女として彼女が努力してきた結果である。そのベルベットが汚れてしまったことに、リアーナは泣きたくなる。

「───失礼します」

 ひょいと、リアーナは軽々とビエーガ公爵令嬢を両腕で抱き上げた。身体の浮く感覚に目を回し、公爵令嬢が気を失ったのは不幸中の幸いだったかもしれない。なにせ、会場中の視線が集まっているのだ。羞恥で居た堪れないだろう。

「待て!罪人をどこに連れて行く!!そもそもお前は何者だ!!」

 リアーナは壇上から駆け下りてきたガイエル殿下を一瞥する。

「それ以上近づいたら、蹴り飛ばします」

「は!令嬢を抱えてか?」

「両手は塞がっておりますが脚は健在ですのよ。ふふ、お試しになられます?」

 忠告はしましたわよ───と楽しげにリアーナが笑うと、ガイエルは脱兎のごとく逃げ出し、壇上へと戻る。

「い、行きたければ行くといい!お前には俺への不敬、伯爵子息への暴行、公爵令嬢の拉致が罪状として追って沙汰が下るだろう」

「楽しみにしておりますわぁ」

 あははははははは!とリアーナは高笑いをしつつ、会場を後にした。勝手知ったる卒業校、迷うことなく、スタスタと歩いていく。まるで何も抱えていないかのような軽い足取りだ。


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