とある婚約破棄に首を突っ込んだ姉弟の顛末

ひづき

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 我が国には複数の学び舎があるが、その中でも有名なのが王都にある王立学園である。身分に関係なく門戸を開き、特待生制度が充実しているため、成績優秀なら在学中最低限の衣食住は全て国が負担してくれる。優秀な人材を養子に迎えたいと望む家は、まずこの学園に通う平民に目をつけることが多い。

 リアーナは三年前この学園を卒業した際に一度卒業パーティに参加している。今度は卒業生の家族としての列席だ。

 通常なら両親が来るものだが、生憎多忙を極めており時間がとれないと嘆いていた。リアーナが卒業する際も両親は来られなかった。わかっていても家族が誰も来ないのは寂しいものである。故に、リアーナは可愛い弟の卒業パーティに現れた。それも弟を驚かせようと、内緒で。エスコート役に父の部下を借りてきたら、父が嫁にやらんと号泣して喧しかったのは無視である。

「まだ始まらないのかしら」

「どうやら、公務の都合で、国王陛下の到着が、その、遅れているようです…」

 リアーナの問いかけに、やたら全身を硬直させつつ、同伴者が応える。

「どうしてそんなに緊張しているの?」

「こん…な、パーティなんて、初めて来たもので」

「いや、いつも仕事で来てるでしょう?」

「参加者側は初めてなんです…!」

 泣きそうな顔で声を絞り出されても、リアーナは微塵も悪いなんて思わない。ニッコリと美しく微笑んだ。

「仕事だと思いなさい」

「あ、ハイ」

 そんなやり取りをしていると、突然周囲が騒がしくなった。国王が到着したのだろうかと壇上に視線を向ける。

「皆の者、少しだけ時間を貰いたい!サーラ・ビエーガ公爵令嬢、来い!」

 壇上に立っているのは第一王子だ。金色の髪の美しい、優男。

「何殿下だったかしら…」

 さすがに不敬過ぎる疑問なので、リアーナは声を潜めて同伴者に囁く。

「お嬢様…、ガイエル殿下ですよ」

 呆れつつ教えてくれた。なるほど、そんな名前だったか、と頷く。たぶん、すぐ忘れるだろう。ビエーガ公爵令嬢がガイエル殿下の婚約者だというのは思い出すまでもなく記憶していた。

 勝気な鋭い眼差し、赤いベルベットのドレスのビエーガ公爵令嬢は、呼ばれるままに壇上に上がろうとする。それを、階段の手前で制する者がいた。

「───何の真似です?スレイト伯爵子息」

 ざわめきの中でもビエーガ公爵令嬢の凛とした声はリアーナまで届いた。

 リアーナは聞こえた言葉に目を細め、身を屈めると人垣の間を器用にすり抜けて進み始める。焦った同伴者が呼ぶ声など聞こえない。

 スレイト伯爵子息は動じることなく、ビエーガ公爵令嬢と目も合わせない。

「殿下の命です。壇上へは上がらせません」

「この私に壇下で耐えよと?───その平民は壇上におりますのに?」

 その平民、と指刺されたのは、殿下の斜め後ろに立つ少女だ。平民ではとても手に入れられないであろう、豪華な刺繍がふんだんに盛り込まれたドレスを身にまとい着飾った少女は、怯えたように殿下の腕に縋り付く。殿下は優しく微笑んで少女を抱き寄せた。

 平民や下級貴族向けに、学園ではパーティ用の正装を無償提供している。高位貴族からの寄付品がその出処だが、どう見ても少女のドレスは華美で、学園からの提供品には見えない。

「ビエーガ公爵令嬢!この時を持って貴様との婚約を破棄する!!」

 ガイエル殿下の宣言にザワッと周囲が一際騒がしくなり、次の瞬間にはシーン…と静まり返った。

 会場の雰囲気に、ガイエル殿下は満足気に微笑む。動揺する周囲をよそに、ガイエル殿下と、その後ろに並ぶ側近───高位貴族令息たちは平然としている。それは、ビエーガ公爵令嬢を足止めしたスレイト伯爵子息も同様だ。

 ビエーガ公爵令嬢は、静かに扇を開き、口元を隠す。

「───理由をお聞かせ願います?」

 貴族令嬢としての矜持だけがビエーガ公爵令嬢を支えているように見えた。彼女の声は微かに震えている。

「白々しい!貴様がローザを亡き者にしようとしたのはわかっているのだ!」

「ガイ、もうやめて!そんなことまで公にしたらサーラ様の将来が…!!」

 え、何でこの子、王子を愛称呼びなの?───当然の疑問から、周囲は2人の関係を邪推する。

「私、貴女にファーストネームを呼ぶ許可などしておりません。ビエーガ公爵令嬢とお呼び下さいと何度も申し上げておりますよね?」

「ひどい…!サーラ様が孤立していらっしゃるから、私がお友達になって差し上げようと思っただけですのに」

 いやいや、酷いのはどちらだよ!!───観客の気持ちが一体となり、声無き声によるツッコミが場を占めた。

「ああ、ローザ、可哀想に。あの女に君の優しさは勿体ない」

「ガイ…。可哀想なのはサーラ様だわ。今まで敵にしか囲まれたことがないから誰も信じられないのでしょう」

「こんなに心を傷めても尚、あんな悪女を庇うのか!!君こそ、俺の妻に相応しい!!」

 これは卒業生による演劇なのだろうか。だとしたら是非前置きが欲しかったと切に願う。

 キッとガイエル殿下から睨まれたビエーガ公爵令嬢は、あからさまな侮蔑を隠さず、扇の陰で嘆息する。

「王命による結ばれた婚約を破棄する権利などガイエル殿下には御座いませんわ」

「問題ない。貴様の罪が明らかになれば自ずと婚約は破棄される。陛下も認めざるを得ない。遅いか早いかの差だ」


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