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第二王子の宝石
しおりを挟む「にーさまー!!」
今日は末弟の12歳を祝う成人の儀。城内は来客が多く騒がしい。その喧騒の中でコーラルを呼び止めたのは他でもない、本日の主役だった。
「どうした?これから閨初めだろ?」
王族に生まれた以上血を繋ぐのは義務だ。生殖機能に異常がないかは、王位継承権の順位に大きく影響する。そのため、伝統的な王族男子の成人の儀の1つに、閨初めと呼ばれる童貞の筆下ろしがあるのだ。
「だ、だ、だって、だって、こわいんですもん」
前日に儀式のリハーサルのついでみたいに性教育を淡々と簡単に語られる、全く呑み込めないうちに本番!という、その不安はわかる。なにせコーラルも通った道だ。今まで見たこともない女性の裸を前に、獣のような行為をしろと。性とは程遠い城という環境で育った奥手な子供に、一体何を強要するんだ!と、当時は思わず教師に叫んだ。叫んでも避けられなかったが。
閨初めの相手を勤めるのは、基本的には乳母である。母のように慕っていた女性を1人の異性として認識し、精神的な成人を目指す。乳母が口裏を合わせて王子の生殖機能を偽らないよう、ベッドを覆う天蓋の薄布の向こうに王族代表一名、文官一名が立ち会って行われる、初めての性行為。今考えても嫌だ、やりたくない。羞恥心で悶え死にそうだ。
「これが出来なきゃ生涯幽閉だぞ。そっちの方が怖いだろ?がんばれ!」
「ううう、兄様もやったんですよね?どうでした?」
「─────」
コーラルは思わず目を逸らす。
コーラルが12歳の時、彼の乳母は他界していた。そのため、本番まで誰が現れるのかドキドキしたものである。そこまでは良かった。そこまでは。
ベッドにて儀式用の白い薄手のローブ以外何一つ纏わず待っていたコーラルの元に来たのは、乳母子だった。ようは乳兄弟である。
同い年の乳兄弟。
男だ。
「えー、と、うん、色々と衝撃的で事態を飲み込むのにかなり時間を要したかなぁ…」
「やはり大変なんですね」
弟が聞きたいのは、そういうことじゃない。知っている。知っているが、無垢な弟にこんなことを話せるわけがない。
しかも、相手役だったはずの乳兄弟はベッドに入らず、立会人としてきたはずの文官といちゃつき始めたのである。
文官も男。
何が起こっているのかわからず困惑するコーラルをベッドに押し倒したのは第二王子だった。
───もちろん、男である。
第二王子はコーラルより10歳上の異母兄だ。妃は持たないが、女遊びは激しく、子供は何人かいる。端正、とは、この男を形容するために存在する言葉なのだろうというほど整った容貌と均整の取れた健康的な肉体。老若男女問わず魅了する色男。
そんな、あの、異母兄が。
歓喜に湧く獰猛な眼差しでコーラルの身体中を舐め回し───
思い出してしまった感覚に、堪らず身震いする。
「兄様?」
「まぁ、相手に身を任せておけば大丈夫だ!乗り切れ!」
儀式を終えても未だに童貞だなんて言えず、当たり障りのないことしか言えないコーラルは自身が情けなくて仕方ない。
「何の話をしてるんだ?」
真顔だと整いすぎて恐怖心を与える美貌で微笑みながら会話に乱入してきたのは、言わずもがな第二王子である。コーラルの閨初め以降、コーラルに執着し、基本的に傍を離れようとはしない。そんな異母兄に用はないとばかりに、コーラルはあくまで自由だ。行きたい時に、行きたいところに行く。撒いたと思った頃になって第二王子に見つかる。
「閨の件ですよ」
末弟に向けていた気安い雰囲気を引っ込め、他人行儀でコーラルは答える。いくら兄弟でも第二王子は既に政治的地位も確立している目上の相手だ。敬意を払うのは当然のこと。
「───あぁ、道理で聞き耳を立てている連中が多いわけだ」
獰猛さを覗かせてニヤリと笑う第二王子の言葉に、コーラルは周囲を見渡す。末弟と二人で話していたはずなのに、いつの間にか周囲に賓客たちの壁が出来ている。それが第二王子の眼光を受けて瓦解していくのは不自然すぎて失笑ものだ。
「王族の儀式は未知の世界ですからね、気になって当然でしょう」
「………、いや、まぁ、うん。違うと思うぞ?」
頭を抱える姿すら美しい第二王子を無視して、コーラルはスッと動き出す。
「コーラル?」
「自室で休みます」
言外に『ついてくるな』と拒絶を滲ませて、コーラルは第二王子に頭を下げた。
立ち去るコーラルを、周囲の視線が追いかける。
「? なんだか、第二兄様、疲れてます?」
末弟は不思議そうに、不安と心配を伴わせて問いかけた。その健気な様に第二王子は兄として感動すら覚えつつ、素直に頷く。
「まぁな…」
コーラル本人はわかっていない。末弟は知らない。
コーラルは我が国の“宝石”と讃えられるほどに美しい。
他国の王族も、大商人も、コーラルを手に入れようと暗躍している。隙あらば暗がりに連れ込もうとする輩も絶えないため、常に第二王子の配下がコーラルの周囲に潜んでいる。コーラルの乳母は、儀式を通じてコーラルの子を身籠ろうと妖しい術に手を出し、父王によって暗殺された。
第二王子がコーラルの閨初めの相手に収まったのは、父王と取引をした結果だ。コーラルを手にいれるのと引き換えに、第一王子に忠誠を誓い王座を争わない。コーラルを守るための力が弱まっては困るため、あくまで密約だけで王位継承権までは破棄していないが、『第二王子が“宝石”を囲っている』というのは周知されている。
そんな“宝石”が、閨事情を語るのだ。下半身逞しい性欲の塊たちが、是が非でも聞きたがるのは仕方のないことだろう。
性機能の確認と称して口淫され、あの、薄い唇に優しく強引に食まれた衝撃は忘れられない。自室に入るなり、閨初めを思い出してコーラルは自身の口を手で覆った。塞がないと喘いでしまいそうだった。下半身が甘く痺れて立っているのも辛い。
何をお気に召したのか、あれ以来、ほぼ毎晩のように異母兄に体を求められている。もう何年経ったのだろう。痛くて血が出たのは最初の頃だけで、今では抵抗なく異母兄の男根を受け入れるようになってしまった。
『───ようやく、ようやく手に入る』
あの閨初めの儀で荒々しい吐息と共に降ってきた、第二王子の声が忘れられない。あの必死すぎる声に、あの瞬間、コーラルは───
「ダメだ」
声に出して自身の思考を拒絶する。
外交を仕切る敏腕な第二王子に比べ、自分は平凡すぎる。地位を確立できておらず、第二王子とは釣り合わない。
「コーラル」
「入室を許可した覚えはありませんよ、兄上」
とにかく自惚れないよう自制するのでコーラルは必死だ。するりと伸びてきた異母兄の腕に掴まり、背後から抱きすくめられ、心臓が騒がしくなる。抵抗らしい抵抗もできない。
「許可が必要なのか?ここは俺の部屋でもあるのに?」
いつもならここで言葉に詰まってしまう。でも、初心を思い出したコーラルは、怯むわけにいかなかった。
「私が“物”ではなく、“人”ならば、最低限のマナーを示せって言ってるんです!」
自分が性欲処理の道具に過ぎないのか、愛人くらいになれているのか、せめてそれくらいは知りたい。吐き出した言葉の勢いに任せて兄の腕を振りほどき、向き合う。相対した異母兄は、口を半開きにして間抜け面を曝していた。
「お前は俺の恋人だろ?」
「─────はぁ?恋人?誰と誰が?」
異母兄は慌てた様子でコーラルの両肩を掴んでくる。
「いや、俺、愛してるって何度も言ったじゃん!」
異母兄の悲痛な叫びに、コーラルは全力で顔をしかめた。
「それは性行為上のリップサービスでしょう?」
「違うよ!コーラル以外に言ったことないし、言わないよ!」
叫びながら異母兄は涙目になっていく。今まで見たこともない異母兄の絶望する表情に、今度はコーラルの方が間抜け面になった。
「………私は、性欲処理の道具なのでは?」
「何でそうなったの!?もし道具だったら我慢せずに何ラウンドも満足するまでヤってるよ!」
毎晩3ラウンドも致しておきながら満足してなかったという、異母兄の性欲の強さを知り、コーラルの顔から血の気が引く。
「良くて愛人くらいなのかと思ってました」
「愛人だったら、前戯に時間をかけたり、後戯を楽しんだり、風呂の世話したりなんて絶対にしないよ!ヤり捨てだよ!」
「兄上は世話をやくのが好きなんだと思ってました」
「コーラルだから、何でもやってあげたくなるんだよ!愛だよ、愛!」
とうとう床に崩れ落ちるほどに脱力した異母兄は、ひたすらコーラルへの愛を語り始めた。
行為中に『私は貴方のモノです』と言うまで絶頂を許されないことが多かったからこその勘違いだったので、異母兄にも非があるとコーラルは思っている。───が、10歳も年上の異母兄が泣きだしたのを前に、さすがに罪悪感を覚える。
「ジグルド」
呼ぶことを強要される異母兄の名前を、初めて自主的に呼ぶ。驚いて顔を上げたその額に軽くキスをする。
「貴方が好きです、ジグルド。初めて求められたあの夜から、ずーっと」
コーラルの囁きに、ジグルドは更にボロボロと涙を溢す。その思いがけない反応に、若干後悔した。
「コーラルは俺の恋人だから!結婚しよう!」
「取り敢えず、泣き止んでください」
「無理!嬉しすぎて無理!」
コーラル本人は自覚していないが、彼は生産業を大きく進展させた人物として国の要になっている。彼がデザインした斬新な絵柄で伝統の刺繍を施したところ、古い価値観を厭う若者たちや近隣諸国で爆発的な人気となり、下火になっていた産業を復活させるどころか躍進させたのだ。第二王子と釣り合うどころか、その上を行く人気なのである。
マイペースで周囲からの好意に鈍感過ぎる。それがコーラルの欠点だ。
(でも、まさか恋人だと認識していなかったとは…)
思い出すだけでジグルドは泣きそうだ。
心だけでも夫婦になろうと、国教の中心である大神殿にて、二人で夫婦の誓いを立てた。
今後もたくさんすれ違うのだろうという予感はしたが、その都度乗り越えようと決心して。
【終】
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