気絶した婚約者を置き去りにする男の踏み台になんてならない!

ひづき

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「マジか…」

 敬語を忘れて天を仰いだ事務員さんに抱きつく。戸惑いながらも突き放さずに受け止めてくれるあたり優しい。

「私と結婚して下さい♡」

「………ちょっと、待ってくれ。まだ俺の名前すら知らないだろ」

「いえ、もう決めたので。それとも既にご結婚をされていらっしゃる?お付き合いされている方が?」

 機を逃してはならない。婚約者にすら放置された私を助けてくれた。しかも、顔の下半分でもわかるイケメン。さすがに他人の者ならば諦めるが、彼が平民だろうと暗殺者だろうと、私は一向に構わない。

「いない、いない。本当に良いんだな?」

「はい!もちろんです!」

 即答である。

 はぁー、と深い溜め息をついて、彼は私の頭を撫でる。

「よし。わかった。俺も女にそこまで言わせて逃げるような腰抜けじゃないからな。今日はもう授業もサボったことだし、このままオーディス公爵のところに行って事情説明しようぜ」

「はい!」

 まずは婚約解消。これは恐らく入学式の日にあったことを説明すれば簡単だ。マーチンとイノシシヒロインは暗殺されるかもしれないが、知ったことじゃない。何で私が連中をハッピーエンドにしてやらなきゃならないんだ!

 元妹よ、ごめん!私は、私が主人公の物語を歩くよ!!

 メインになるはずの2人を不幸にする悪役令嬢という意味で、ある意味悪役を全うします!!





「ルクセール家の若造が何故私のレアと一緒にいるのだ!」

 ミルレリアの愛称、レア。そう私を呼ぶのは父のオーディス公爵だ。

 ルクセール家の若造というのが事務員さんのことらしい。

 我がオーディス家とルクセール家は、我が国の双翼と呼ばれる。王の野心であるオーディスと、王の良心であるルクセール。粛清をするオーディス家に対し、ルクセール家は国中にある治療院や孤児院の管理運営を担っている。

 両公爵家は大変仲が悪いことで有名だ。作業着姿のまま前髪をかきあげた彼は、確かにルクセール家特有の青い目をしている。うん、だからどうした!

「お父様、私、彼に一目惚れしましたの!彼と結婚します!反対するなら家出しますし、幽閉するなら絶食して死にます!あと、パパのこと大嫌いになります!!」

 娘を溺愛する父親にはオーバーキルだったらしく、私の宣言だけで父は執務椅子から転げ落ち、床に転がった。隣で彼が容赦ねぇなと呟くが無視する。

「れ、レアには婚約者がいるだろう」

 涙声で父が縋るように言うので、入学式の日に何があったかを洗いざらい話した。それを聞いた父は床に倒れたまま指をパチンと弾く。天井裏にいたらしい何かがゴトゴトと慌ただしく動く気配がして、ホコリがはらりと降ってきた。

「今ので婚約は即刻破棄の申し入れをしたし、王にも部下を直に向かわせたから、すぐ了承されるぞ、レア♡」

「ありがとう、お父様♡」

 今の指パッチンで、どうしてそれら全てが伝わるのか。今ひとつ理解が出来ないけれど、私は素直に喜んでみせた。

 元々が王命による婚約だったはずだけれど、王も父の機嫌を損ねたくはないだろう。父はその気になれば王を暗殺するのも容易いらしいから。

「で、ルクセールの若造との件だが…」

 私は彼の腕に抱きついた。離れません、と無言で主張する。

「改めて、このような格好で失礼致します。カイル・ルクセールと申します。どうか私にミルレリアお嬢様の夫として生涯を全うする栄誉をお与え下さい」

 夫。その響きに私は赤面してしまう。え、今更、という、目を向けられたけれど気にはならない。嬉しいやら恥ずかしいやらで奇声を上げたいのを必死に我慢しているのだ。

 そんな私を目にした父は、そのまま気絶した。





 犬猿の仲である両家の縁組に、王は驚きはしたものの、迷いなく許可を下したらしい。いがみ合ってきた両家の縁組は、新たな段階に国が進む証なのだろうと仰たそうだ。

 カイル事務員さんのご両親は全く反対しなかった。あらまぁ!とだけ言っておしまいである。お二人共、のほほんとしていて、毒気が抜かれるのだ。どうも両家の仲が悪いというより、オーディス家が一方的にルクセール家を毛嫌いしているというのが真相らしい。





 公爵家の跡取りのはずなのに、カイルは相変わらず学園の事務員をしている。学園の運営もルクセール家の担当らしく、彼は身軽なうちに色々な施設を内側から観察しているとのこと。爵位を得て外側から見ようとすると、疚しいことがあってもなくても、内側を隠して良いところしか見せようとしない連中が多いのだそうだ。

 新しい婚約者のカイル(もちろん作業着姿)と並んでお弁当を食べる。学園には立派で豪華で気品溢れる食堂があるのだけれど、身分を隠しているカイルは入れないし、私も別に興味がなかったのでお弁当を作るようになった。何で公爵令嬢が料理出来るんだとカイルはボヤいていたが無視してカイルの分も作ってくる。そんな楽しいランチタイムにカイルがぶっ込んできた話題は楽しくないものだった。


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