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 我が国の貴族に課せられた義務として、令息令嬢を中央学園に在籍させなくてはならないというものがある。

 各地に散らばる貴族の質、それらが領政を通して民の生活に直接影響するが故の措置だと聞いている。人の上に立つ身分故に一定の基準を満たさなくてはならぬ、ということだ。当然退学になれば貴族を名乗る資格がないとして強制的に平民となる。

 例え平民が貴族と結婚しても、学園を卒業していないため準貴族としてのみ扱われる。あらゆる権限を持てない名前だけの貴族。所詮平民が貴族の真似をしたところで…と、中傷の的になりやすい。

 そんな事情もあり、貴族と準貴族の間に生まれた子は、自身が学園を卒業できないと準貴族である片親が離縁されたり幽閉される恐れがあるため、人一倍頑張る。



 ───と、まぁ、ここまで振り返り、私は目を開けた。

 白い天井に薬品の匂い。間違いなく医務室だ。今日は中央学園の入学式。その入学当日に、門の前で婚約者と話しながら歩いていたところ、背後から何者かにタックルをされ、盛大に突き飛ばされた挙句、塀に頭を打ち付けて気絶した………のが私だ。

 ついでに要らないことまで思い出した。

 私、ミルレリア・オーディスって、悪役令嬢じゃん。しかも前世の妹が書いた小説の、だ。大学ノートに小説を書くのが趣味な、当時中学生だった元妹よ!お前、この話完結させてたっけ?最後って、悪役令嬢はどうなるの?

 もし魂的な繋がり?があるなら、返事が降ってきて欲しい!そう切に願い、胸の前で両手を組んで祈る。

「……………」

 当然、元妹からの返事はない。何なら物音一つ聞こえない。無人なのだろうか。静かなのは入学式の真っ只中だからかもしれない。



 わかっているのは、門の前で私にタックルしてきた女がヒロインだということ。

 ………ヒロインはイノシシか何かなの?礼儀作法のために体幹を中心とした筋肉トレーニングを欠かさない私が突き飛ばされるとは。小説の強制力だとしても、イノシシ並のタックルを働かせる強制力って何。何か嫌。もっと恋愛に貢献する形で働いて欲しい。

 元妹の書いた小説によると、気絶したミルレリア悪役令嬢に驚いたミルレリアの婚約者───マーチン・ロウェルズが抗議しようとイノシシヒロインの腕を掴むんだよね。振り向いたイノシシヒロインの愛らしさに一目惚れしたマーチン悪役令嬢の婚約者は、気絶した悪役令嬢を放置して、「ごめんなさい、急いでいるの!」というイノシシヒロインを「案内する」と言ってその場から連れ出すのだ。

 放置………されたのかしら?え、気絶したまま、集まった人だかりの中に放置されたの、私?気絶しただけでも恥ずかしいのに、そのまま婚約者に置き去りにされるとか、恥ずかしすぎて憤死しそうなんですけど!!

 しかもイノシシヒロインはぶつかった相手になんて興味もなくて、悪役令嬢が気絶したことにも気づいてないから、当然謝罪もされない。気づく隙を与えなかったのはマーチン悪役令嬢の婚約者なのかもしれないが、とにかく、小説の中の悪役令嬢はイノシシヒロインをイジメ始める。悪役令嬢のイジメを乗り越えて、イノシシヒロインマーチン悪役令嬢の婚約者は絆を深めてハッピーエンド!

 って、何で私がアイツらの踏み台にならなきゃならないのよ!!

 自分にも衝撃があるんだから何かにぶつかったことくらいわかるでしょう、普通!!脳ミソまでイノシシか、ヒロイン!!ぶつかったのが他人なんだから謝りなさいよ!…って、確かに思うわ。イジメるかどうかは別にしてもね。

 マーチン悪役令嬢の婚約者もおかしいだろ!お前は誰の婚約者なんだ、誰の!イノシシヒロインより状況がわかっているはずなのに被害者を置き去りにしたマーチン悪役令嬢の婚約者の方がイノシシヒロインより腹立つんですけど!

 ───いや、でも、ここはいくら元妹の書いた小説に似ていても現実だ。まさか本当に放置されたりなんてするはずが───



「オーディス公爵令嬢だわ」

「ミルレリア・オーディス様?あの方が噂の?」

「…あぁ、入学式の日に放置された…」

「それ以降もずっと婚約者に放置されてるらしいぞ」

 次の日から私は不名誉な噂の的となった。それもこれもマーチン婚約者イノシシヒロインのせいだ。

 私が振り向くと、皆一斉に視線を逸らす。お陰で教室では孤立してしまった。

 対するマーチン婚約者イノシシヒロインは手を繋いで登校していたらしい。私に聞こえるように敢えて噂話をする意地の悪い女たちが教えてくれた。2人は互いに思い合っているのに障害=私に阻まれているそうです。

 何であんな頭の足りない連中の仲を盛り上げるために私が悪役なんてやらなくてはいけないのかしら。

「ところで、その無様にも放置された私を医務室まで運んで下さったのはどなた?貴女方は事情通のようですし、ご存知なのでしょう?教えて頂けないかしら」

 ニッコリと微笑み、わざと私に聞こえるように嫌味を垂れ流していた令嬢グループに問いかける。


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