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しおりを挟むドレッシングから与えられた質問の答えに意識を戻すが、やはり考えるまでもない。
「僕の帰る場所はここです」
ヘンリックの言葉に陛下は満足したらしい。それ以降、その話題は口にしなかった。
その後、祖国で新国王となった叔父を名乗る人物から何度かヘンリック個人宛に手紙が届いたけれど、封を開けることすらせず全て陛下に渡し、対応を任せた。自惚れかもしれないが、そうすることで陛下を安堵させることが出来るような気がしたのだ。
いよいよ陛下がご結婚なされるかもしれない。そんな噂を耳にした。ヘンリックに直接噂話を聞かせてくれる人などいないので盗み聞きしただけなのだが、どうやら祖国からヘンリックの従妹に当たる姫君が来るらしい。
ヘンリックではやはり人質として不足だったのかもしれない。人質というものは、約束を反故にして殺されても心の痛まないような人選ではダメだ。だから従妹姫がわざわざ来るとしか、ヘンリックには思えなかった。
そんなことを鬱々と考えながらも、閨に呼ばれればヘンリックに拒否権はない。
「陛下がご結婚されるとの噂は本当ですか?」
寝台に引きずり込もうとする腕を逆に掴んでヘンリックは問いかける。根も葉もない噂を信じたのかと叱って欲しい、否定して欲しい。
「───あぁ、本当だ」
ヘンリックの願いは届かない。そもそも届くように声に出したこともない。届かなきゃ神様だって叶えようが無い。
「そう、ですか」
「話はそれだけか?」
陛下はヘンリックの後頭部を抱き込み、そのまま引き寄せ、吐息の触れ合うほどの至近距離で言葉を促してくる。深い真紅の双眸が間近にあって、その視線は痛いほどヘンリックの表情を注視してくる。
「───、」
祝福、しなくては。
ご結婚おめでとう御座いますと、形だけでもと告げなければ。
そう思うのに声が出ない。
「───陛下がご結婚されたら、自害する権利を下さい」
「あ゛?」
陛下は顔を引き攣らせて怒りを浮かべる。臆することなくヘンリックは笑みを零した。
「もし僕を祖国に戻すおつもりなら、どうか死なせて下さい」
「なるほど、却下だ。お前を手放すつもりはない。死など必要ない」
盛大に溜め息を吐いた陛下はヘンリックを寝台に転がすと、容赦なく体重をかけて身動きを封じてきた。獲物を逃がすまいと威嚇してくる猛獣のようだ。赤い目は獰猛さを隠さず、むしろ興奮さえ浮かべている。この先にある快楽を知っているからヘンリックは怖くはない。むしろ期待してしまう自分の浅ましさを恥ずかしく思い、陛下を直視出来ない。
愛しているなんて、人質の分際で口に出来やしない。ただ願う。生きている限り近くに置いて欲しい。離れるくらいなら死なせて欲しい。
衣服を脱がせながらも、待てないとばかりに露出した箇所に陛下が唇を寄せる。吸われる痛みは一瞬だ。名残惜しく思う暇もなく、また別の場所を吸われる。次々に移動する口付けと同時に熱い手がヘンリックの身体を愛でる。
「ん、きす、して。きす、したい、です、へいかぁ!や、くち、くちに、そこ、ふぁぁぁぁ」
この日は普段以上に大量のキスマークを全身につけられ、普段なら感情を表に出さないベテランのメイドにギョッとされてしまった。
「お初にお目にかかります、ヘンリック様」
従妹だという姫様は、大変美しかった。栗色の髪に、翠色の瞳。まるでお人形のように愛らしい。黒髪に黒目で童顔のヘンリックとは似ていない。
ようこそ、と人質の立場で言うのもおかしい気がして、無難な言葉を探す。
「……………宜しくお願い致します」
何故2人きりにされているのだろう。未婚の男女を2人きりにしないというのが貴族の常識ではなかったのか。女性に何かをするような甲斐性などないと確信されているようで気まずい。事実、そのような甲斐性などないのでヘンリックはますますいたたまれなかった。
「お手紙、読んで下さいました?」
「……………………」
読んでいない、全て陛下に渡してきた。などと馬鹿正直に告げるのも躊躇われた。
「わたくしがルドガー陛下の正妃になれるよう、協力して下さいますわよね?公妾である貴方様が閨で囁けば陛下も揺らぐはずですわ」
「公妾?僕はそのような立場にはありませんので出来かねます」
「そのような嘘が通るとでも?ここ数年貴方様が夜伽をなさっているのは周知ですのに」
行っているのは事実だが、自分は単なる愛玩動物でしかなく、公妾などという地位を得ているわけではない。専用の部屋を割り当てられているわけでもないので、陛下の私室を通らないと出入り出来ないオマケのような小部屋にいることが多い。自分用の寝台も持たず、猫のように主の傍らで丸くなって眠るのだ。そうしているといつの間にか陛下に回収されて移動しているのだが。
「例え僕に地位があってもお力にはなれません。陛下は雄々しく、実力を尊ばれる方。身分問わず能力で官僚を採用しております。妃にしても同じこと。僕のような吹けば飛ぶような者の力がなくてはなれぬ正妃など、陛下は求めておられないでしょう」
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