2 / 4
に
しおりを挟むドレッシングから与えられた質問の答えに意識を戻すが、やはり考えるまでもない。
「僕の帰る場所はここです」
ヘンリックの言葉に陛下は満足したらしい。それ以降、その話題は口にしなかった。
その後、祖国で新国王となった叔父を名乗る人物から何度かヘンリック個人宛に手紙が届いたけれど、封を開けることすらせず全て陛下に渡し、対応を任せた。自惚れかもしれないが、そうすることで陛下を安堵させることが出来るような気がしたのだ。
いよいよ陛下がご結婚なされるかもしれない。そんな噂を耳にした。ヘンリックに直接噂話を聞かせてくれる人などいないので盗み聞きしただけなのだが、どうやら祖国からヘンリックの従妹に当たる姫君が来るらしい。
ヘンリックではやはり人質として不足だったのかもしれない。人質というものは、約束を反故にして殺されても心の痛まないような人選ではダメだ。だから従妹姫がわざわざ来るとしか、ヘンリックには思えなかった。
そんなことを鬱々と考えながらも、閨に呼ばれればヘンリックに拒否権はない。
「陛下がご結婚されるとの噂は本当ですか?」
寝台に引きずり込もうとする腕を逆に掴んでヘンリックは問いかける。根も葉もない噂を信じたのかと叱って欲しい、否定して欲しい。
「───あぁ、本当だ」
ヘンリックの願いは届かない。そもそも届くように声に出したこともない。届かなきゃ神様だって叶えようが無い。
「そう、ですか」
「話はそれだけか?」
陛下はヘンリックの後頭部を抱き込み、そのまま引き寄せ、吐息の触れ合うほどの至近距離で言葉を促してくる。深い真紅の双眸が間近にあって、その視線は痛いほどヘンリックの表情を注視してくる。
「───、」
祝福、しなくては。
ご結婚おめでとう御座いますと、形だけでもと告げなければ。
そう思うのに声が出ない。
「───陛下がご結婚されたら、自害する権利を下さい」
「あ゛?」
陛下は顔を引き攣らせて怒りを浮かべる。臆することなくヘンリックは笑みを零した。
「もし僕を祖国に戻すおつもりなら、どうか死なせて下さい」
「なるほど、却下だ。お前を手放すつもりはない。死など必要ない」
盛大に溜め息を吐いた陛下はヘンリックを寝台に転がすと、容赦なく体重をかけて身動きを封じてきた。獲物を逃がすまいと威嚇してくる猛獣のようだ。赤い目は獰猛さを隠さず、むしろ興奮さえ浮かべている。この先にある快楽を知っているからヘンリックは怖くはない。むしろ期待してしまう自分の浅ましさを恥ずかしく思い、陛下を直視出来ない。
愛しているなんて、人質の分際で口に出来やしない。ただ願う。生きている限り近くに置いて欲しい。離れるくらいなら死なせて欲しい。
衣服を脱がせながらも、待てないとばかりに露出した箇所に陛下が唇を寄せる。吸われる痛みは一瞬だ。名残惜しく思う暇もなく、また別の場所を吸われる。次々に移動する口付けと同時に熱い手がヘンリックの身体を愛でる。
「ん、きす、して。きす、したい、です、へいかぁ!や、くち、くちに、そこ、ふぁぁぁぁ」
この日は普段以上に大量のキスマークを全身につけられ、普段なら感情を表に出さないベテランのメイドにギョッとされてしまった。
「お初にお目にかかります、ヘンリック様」
従妹だという姫様は、大変美しかった。栗色の髪に、翠色の瞳。まるでお人形のように愛らしい。黒髪に黒目で童顔のヘンリックとは似ていない。
ようこそ、と人質の立場で言うのもおかしい気がして、無難な言葉を探す。
「……………宜しくお願い致します」
何故2人きりにされているのだろう。未婚の男女を2人きりにしないというのが貴族の常識ではなかったのか。女性に何かをするような甲斐性などないと確信されているようで気まずい。事実、そのような甲斐性などないのでヘンリックはますますいたたまれなかった。
「お手紙、読んで下さいました?」
「……………………」
読んでいない、全て陛下に渡してきた。などと馬鹿正直に告げるのも躊躇われた。
「わたくしがルドガー陛下の正妃になれるよう、協力して下さいますわよね?公妾である貴方様が閨で囁けば陛下も揺らぐはずですわ」
「公妾?僕はそのような立場にはありませんので出来かねます」
「そのような嘘が通るとでも?ここ数年貴方様が夜伽をなさっているのは周知ですのに」
行っているのは事実だが、自分は単なる愛玩動物でしかなく、公妾などという地位を得ているわけではない。専用の部屋を割り当てられているわけでもないので、陛下の私室を通らないと出入り出来ないオマケのような小部屋にいることが多い。自分用の寝台も持たず、猫のように主の傍らで丸くなって眠るのだ。そうしているといつの間にか陛下に回収されて移動しているのだが。
「例え僕に地位があってもお力にはなれません。陛下は雄々しく、実力を尊ばれる方。身分問わず能力で官僚を採用しております。妃にしても同じこと。僕のような吹けば飛ぶような者の力がなくてはなれぬ正妃など、陛下は求めておられないでしょう」
28
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説


冷徹勇猛な竜将アルファは純粋無垢な王子オメガに甘えたいのだ! ~だけど殿下は僕に、癒ししか求めてくれないのかな……~
大波小波
BL
フェリックス・エディン・ラヴィゲールは、ネイトステフ王国の第三王子だ。
端正だが、どこか猛禽類の鋭さを思わせる面立ち。
鋭い長剣を振るう、引き締まった体。
第二性がアルファだからというだけではない、自らを鍛え抜いた武人だった。
彼は『竜将』と呼ばれる称号と共に、内戦に苦しむ隣国へと派遣されていた。
軍閥のクーデターにより内戦の起きた、テミスアーリン王国。
そこでは、国王の第二夫人が亡命の準備を急いでいた。
王は戦闘で命を落とし、彼の正妻である王妃は早々と我が子を連れて逃げている。
仮王として指揮をとる第二夫人の長男は、近隣諸国へ支援を求めて欲しいと、彼女に亡命を勧めた。
仮王の弟である、アルネ・エドゥアルド・クラルは、兄の力になれない歯がゆさを感じていた。
瑞々しい、均整の取れた体。
絹のような栗色の髪に、白い肌。
美しい面立ちだが、茶目っ気も覗くつぶらな瞳。
第二性はオメガだが、彼は利発で優しい少年だった。
そんなアルネは兄から聞いた、隣国の支援部隊を指揮する『竜将』の名を呟く。
「フェリックス・エディン・ラヴィゲール殿下……」
不思議と、勇気が湧いてくる。
「長い、お名前。まるで、呪文みたい」
その名が、恋の呪文となる日が近いことを、アルネはまだ知らなかった。

歳上公爵さまは、子供っぽい僕には興味がないようです
チョロケロ
BL
《公爵×男爵令息》
歳上の公爵様に求婚されたセルビット。最初はおじさんだから嫌だと思っていたのだが、公爵の優しさに段々心を開いてゆく。無事結婚をして、初夜を迎えることになった。だが、そこで公爵は驚くべき行動にでたのだった。
ほのぼのです。よろしくお願いします。
※ムーンライトノベルズ様でも投稿しています。
bounty
あこ
BL
食堂の看板息子に一目惚れしたハンターのテオは、必死になって口説き落とし看板息子アンの恋人の座を掴んだ。
一方のアンは付き合いだした頃「十も年上しかも同棲と付き合うことになるなんて」と言っていたのに、今ではすっかり絆されテオが建てた家でテオと猫のブランと幸せに暮らしている。
しかし二人には二人しか知らない、誰にも言えない、悔しく難しく腹の立つ問題が横たわっていた。
それでも二人は今日も、日常とお互いを慈しんで暮らしている。
▷ 受け溺愛包容×食堂の看板息子
▷ 二人は10歳差
▷ 凄腕の鉱物・植物ハンターの攻め
▷ 受けは美人で幻の弦楽器奏者
▷ 同性婚可能
▶︎ 章や作品タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではいただいたリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。


獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。
えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた!
どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。
そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?!
いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?!
会社員男性と、異世界獣人のお話。
※6話で完結します。さくっと読めます。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
酔った俺は、美味しく頂かれてました
雪紫
BL
片思いの相手に、酔ったフリして色々聞き出す筈が、何故かキスされて……?
両片思い(?)の男子大学生達の夜。
2話完結の短編です。
長いので2話にわけました。
他サイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる