花、留める人

ひづき

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いち

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 ヘンリックには第一王子という肩書きがある。

 当時王太子だった父が無理やり孕ませた平民女性、それが母だ。母は出産後すぐに息を引き取った。

 父はヘンリックを厭い、視界にも入れたくないと言う。ヘンリックが存在する限り、民は父の醜聞を、過ちを思い出す。かと言って王家の血を無闇に放流することもできず、ヘンリックは城の敷地内にある小さな木造の小屋で育った。

 小屋があり、高い塀で囲われた庭がある。ヘンリックが知っている外は塀の中だけ。

「まるで家畜小屋のようだな」

 乳母と家庭教師の2人以外見たことのなかったヘンリックの前に、ある日長身の男が現れた。太陽の光のような輝かしい白金色の髪に、赤い目の男だ。平伏する乳母がガタガタ震えている。

「お兄ちゃん、うさぎさんみたいだね」

 ヘンリックは絵本の挿絵を思い出し、そう口にした。男は面食らい、破顔し、笑い出す。

「そうか、ウサギか。お前、俺が怖くないのか」

「きれいだとおもう」

 ヘンリックにとっての怖い人というのは鞭を手に威圧してくる家庭教師のような人物だ。

「気に入った。これにする」

 ひょいっと片腕で抱き上げられ、ヘンリックは瞬く。男の手は温かかった。








 ヘンリックは18歳になった。

「それ、や、ま…、やだやだ、だ…め…ぇ、」

 全裸で、寝台の上に仰向けに転がされ、両脚を上半身につく程折り曲げられ。高貴な身分の、美しい白金髪の陛下は、ヘンリックの泣き言など意に介さず、ヘンリックの肛口を舌で嬲る。ぴちゃぴちゃと、わざと唾液の音を立てるのは羞恥心を煽る為だとわかっているのに、相手の思うがまま恥じらってしまう己の情けなさにヘンリックはいつも泣きたくなる。皺を伸ばすように丹念に舌を這わせられる感覚は、むず痒く、ぞくぞくする。何より、不浄の穴を、美しい男に、という背徳感と視界の暴力が酷い。

 異国の、ウサギのような陛下によって外に連れ出された時、ヘンリックは6歳だった。馬車に乗せられ、船に乗り、遠いところに来たのだ、ということだけはわかった。連れていかれた先でヘンリックは伸び伸びと育った。勉強もしたし、天気がいい日は陛下とピクニックに行った。城下で開かれる祭にも連れて行って貰えた。とにかく、たくさん遊んだ。

 次第に、自分が何故ここにいるのかを理解した。祖国は、父は戦争に破れ、降伏し、陛下の国と不平等な和平を結んだのだ。人質という名目でヘンリックは連れてこられた。父にとっても祖国にとっても価値のない自分では人質として役に立たないのに何故だろうか。自分のすべきことは何か、自分の価値は何かと自問自答し、ついに疑問を陛下にぶつけた時、ヘンリックは16歳になっていた。「そろそろいいか」と笑った陛下に組み敷かれ、抵抗虚しく身体を暴かれ───。

 それからずっと、陛下に抱かれ続けている。2年も経てば馴れたもので、ヘンリックの身体は陛下の凶器を全て受け入れることが出来る。最初は半分も入らず、痛い痛いと泣き叫ぶだけだったのに、今では艶のある嬌声を上げて女のよう善がっている。

「陛下ぁ…」

 最奥に熱を放たれ、その存在感に涙を浮かべる。

「名前で呼べ」

 ───呼べるわけが無い。

 ヘンリックはフルフルと弱々しく頭を横に振った。陛下が目を眇めると、人外の如き美しさも相俟って悪魔のようにさえ見える。首を鷲掴みにされ「俺の名前を呼べ」と迫られても、ヘンリックは頑なに呼ばない。呼んでしまったら戻れなくなるという確信がある。愛玩動物でいられるというだけでも贅沢なのに、もっと欲が出る。

 舌打ちした陛下が再び腰を動き始める。ヘンリックはただただ締め付けて啼くだけ。それだけの為に生きている。





「お前の父が亡くなった」

「そうですか」

 食事は可能な限り一緒にというのが、この国に来てからの習慣だ。普通は長いテーブルの端と端で向かい合って座るだろうに、陛下はヘンリックを隣に座らせる。来た当初は膝上に座らされていたことを考えればマシになったと考えるべきなのか。今ではもう当たり前になった席順に周囲は何も言わない。人質であるはずのヘンリックに、陛下自ら料理を取り分けても誰も驚かない。

 陛下は現在36歳。しかも独身。周囲は数年前まで早く婚姻を口煩く言っていたが、今ではもう諦めたらしく何も言わない。公爵家に嫁いだ妹君が男児を2人設けた為だろうか。

「それだけか」

 逸れた思考を引き戻され、頷いた。

「父の顔すら覚えてませんので」

「国葬に出席せよとお前宛に新国王から書簡が届いているがどうする?」

「陛下は行かれるんですか?」

 陛下とヘンリックが呼ぶ度に白兎のような男は不満を顔に出す。

「残念だが行けそうにない」

「なら、行きません」

「帰りたいとは思わないのか」

 陛下の持つフォークに刺された葉野菜を口に入れられ、咀嚼する。咀嚼しながら少しは考えろ、ということだろう。考えるまでもない。美味しい。このドレッシング、初めて食べる味かもしれない。


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