痴女勇者が現れた!

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痴女勇者が現れた!

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「好きです、結婚して下さい」

「は?」



 魔族との共存など認めないという考えの、人間至上主義国は、勇者を召喚した。自国の人間を犠牲にすれば身内から非難されるから、それ専用の人間を外部から呼び出し、都合の良い言葉だけを聞かせて洗脳し、兵器として向かわせる。実に非道な手口だ。恨みはないが、殺されるわけにもいかないため、洗脳が解けない以上、魔王としては向かってきた勇者を殺すしかない。

 今回も、またか、と。魔王は表情を陰らせた。しかし、いつもと違い、今回の勇者は城内の逃げ遅れた他の者に剣を向けることなく、真っ直ぐ玉座に向かってきた。

 それだけでもおかしいのに、魔王の前に立った勇者は、人間達が聖剣と呼ぶ派手な剣を床に放り投げ───

「結婚して下さい」

「繰り返すな、聞こえている」

 剣に続き、全身を覆う鎧をガチャガチャと脱ぎ捨て始める。肌着が露わになり、更にその肌着すら脱ごうとするので魔王は慌てる。明らかに柔らかな───

「それ以上脱ぐな!」

「いえいえ、武器を隠し持っていないことを隅々まで確認して頂かなくては!ついでに交尾しましょう!」

「乙女の恥じらいはどこへやった!!」

 鎧を纏っていた時は男だと思っていたのに、中身は女性で。魔王は異性の、しかも魔族とは異なる肌色に柔らかさを持つ雌の露出に大変慌てた。

「あ、羞恥に身を捩りつつ焦らしながら脱いだ方が良かったですか?」

「違う!!これでも羽織っておけ!!」

 自身の肩口にボタンで止まっていたマントを外し、勇者へと放り投げる。一般的に背が高いと評される人間男性よりも大きな魔王のマントなので、勇者が頭から被ると足の先まで見えなくなる。それでもまだ余った布地が地面に引きずられているのだから体格の差は歴然だ。

「はん♡魔王様の匂い♡♡」

「嗅ぐなぁぁぁ!!」

 羞恥心に身悶えつつ、取り返すわけにもいかず、顔だけ出してマントに頬ずりする勇者を相手に為す術などない。最早完敗だった。ガクッと項垂れる。こんな敗北は長い生涯の中でも、最初で最後、だと信じたい。

 女勇者は纏めていた長い髪を無造作に解く。その黒髪は肌の色を際立たせて。悔しいことに目を離せないまま、魔王は唸る。

「………一体何を企んでいるのだ、勇者」

「私と結婚しましょう、魔王様。私が人間から魔王様をお守りします!」

「いや、何故」

「それはもちろん、魔王様が私の好みにドンピシャのイケメンだからですよ!!魔王様の子種が欲しいって、一目見たときから子宮がきゅんきゅん♡しちゃってます。もう、パンツの中ぬれぬれですよ!責任とってください!」

「知らん!!」

「せめて子種だけでも恵んで下さい!!」

「やらん!!」

「魔王様ぁぁぁ」

 マントをずりずりと引きずりつつ、何なら少しずつ肩口から露出を増やしながら迫ってくる。

「く、来るな!」

「大丈夫です!私、人外グロ巨根でもオッケーです!ばっちこいです!」

「大丈夫じゃない!オッケーじゃない!それ以上近づくな!」

「もしかして魔王様、童貞ですか?誰しもハジメテは怖いですよね!実は私も処女なんですけど、イメトレと自己開発はバッチリ★なので任せてください!」

「恥じらえ!慎め!さっさと帰れ!!」





 異世界から召喚できる人間───勇者。

 サキュバスから借りた黒いドレスを身に纏う女勇者は、我が物顔でソファに腰掛け、寛ぐ。脚を組む様は優雅そのもの。極力露出の少ないドレスを着せるよう命じた甲斐もなく、胸の谷間や腕の白さが眩しい。首につけたチョーカーから広がる黒いレースの隙間から時折見える鎖骨が返って気になる。今はそれどころではないと魔王は頭を抱えた。

 女勇者はそんな魔王の視線を受け、両腕で胸を寄せる。そんなに豊満ではないはずが、サキュバスの秘術によって谷間が出来た!初のことに胸の貧しさで悩んでいた彼女は上機嫌である。しかもそれをイケメンが見ては悩んでいるのだ、煽るしかない。

「魔王様は脚より胸派なんですね!どうぞ!魔王様のものですよ♡」

「寄せるな!見せるな!近づくな!」

 魔王は頭を抱えて天井を仰ぐ。可愛い人、と女勇者は笑った。

「ふふ、魔王様。良いことを教えてあげます。連中は先に召喚した1人がこの世界から消えるまで、次の人物を召喚できないんですよ。つまり、私が死ぬか帰還するまで、新たな勇者は現れません」

「───何故そんなことを知っている」

「魔王を殺せないなら、次の勇者のために確実に死んでこいって命令されたからですよ」

 それを聞いた魔王が傷ついたような表情をしたことにも気づかず、女勇者は腹立たしいと爪を噛む。

「ほんと、洗脳されたフリするのが大変なくらい胸糞悪かったんですよね、アイツら。余程洗脳の腕に自信があるのか、ベラベラと自慢ばかり。本当に頭のいい人間なら用心に用心を重ねるところでしょう!」

 勇者よと口先では祭っておきながら、異世界人を侮りすぎなのだ。皆が皆、自身が選ばれたことに酔いしれると思わないで欲しい。

「そのような奴らのために、自身を傷つけるんじゃない」

 爪を噛むなと指摘され、まさかそのようなことを言われるとは思っていなかった勇者は瞬き、すぐに微笑む。やはり、魔王様は良い人だ。

「好きです、結婚しましょう、魔王様」

「故郷に帰りたいなら帰してやれるぞ」

 この女、自暴自棄になっているのでは?と魔王は本気で女勇者の境遇を哀れんでいた。女勇者は元の世界から誘拐されてきた被害者だと魔王は認識している。

「あ、そっちは別に。ちょうどブラック企業に嫌気が差して転職するところだったので」

「家族は?」

「いませんよ。だから魔王様が私の家族になって下さい!どうせ魔王様のことだから伴侶を魔王様と同じ寿命にしたりできるんでしょう!」

「何故異界人のくせにそんなことまで知ってるんだ」

「ファンタジーのお約束、定番だから、たぶんそうだろうなーくらいの認識です」

「……………」

 ふぁんたじー、おやくそく、ていばん。最早女勇者が何を言っているのか、魔王には理解できない。

「魔王様と同じ寿命になったら、魔王様が死ぬまで連中は次の勇者を召喚できないんですよ!ざまぁwwwwって思いません?」

「……………復讐の為に結婚したいのか?」

「半分は。もう半分は魔王様がイケメンだからです!」

 言いきられ、魔王は頭を抱える。もう何を言っても説得できる気がしない。

「好きに、しろ」

「やったぁ!魔王様、大好きー!!」

 飛び上がる勢いで立ち上がった女勇者は跳ね上がり、魔王に抱きつく。ムギュっと柔らかな感触を顔に押し付けられ、魔王は呻いた。引き離そうにも女勇者の細い腰を掴み…、え、掴んでいいんだろうか?と戸惑い、アワアワと両手をさ迷わせる。

「じゃ、さっそく」

 魔王から少し身体を離した女勇者は己の身に纏うドレスの肩紐をするりと外した。魔王がわかりやすく赤面する。

「脱ぐな!!離れろ!!段階を踏め!!まずは手を繋ぐところからだ!!」

「わぁお、純情…。でも、そんなところも好きですよ!」



 以降、この世界に勇者は現れない。



[完]
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