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しおりを挟む煌びやかな王宮の舞踏会。歴史の奏でる重みと財を尽くした荘厳な造りの会場にて、極めて質素なドレス姿の少女は注目の的だった。
彼女はセイレーン・クレノア公爵令嬢。
この国の第一王子の誕生日を祝う宴に、誰も彼もが華美な装いで張り合う中、薄紫のドレスにはレースの一つさえない。宝石すら身につけていない。ただ、ドレスと同じ材質のチョーカーと、そのチョーカーに付属する布製の薔薇が彩りを添えるのみ。髪を結い上げるのが流行の中、大きく膨らむように編んだ髪を肩口から垂らしているのも異質で、目立つ。
『お前は未来の国王と王妃を舞台に押し上げるための装置に過ぎん。それをゆめゆめ忘れるな』
少女の脳裏に実父の口癖が再生された。
───そう、わたくしは舞台装置。全て予定調和。
セイレーンの婚約者が、壇上から冷たく見下ろしているのも、予定通り。
「セイレーン、貴様のような性悪女とは婚約を破棄する!」
婚約者である第一王子は、ここが見せ場だとばかりに、大きく腕を横に薙ぎつつ、高らかに宣言した。舞踏会の参加者たちがざわめく。ざわめきつつ、王子の隣を一瞥し、静かに目を逸らしていた。
婚約者の隣に、教会から聖女と認められたばかりの平民が立っているのも予定通りである。聖女は不釣り合いなほど華美な桃色のドレス姿だ。正直レースが過剰で、身につける人物に全く似合っていない。というか、ドレスの膨張具合に見た人は思わず目が点になり、着ている人物を認識する前にそっと目を逸らしてしまう。これはさすがに予定外だった。シリアスなストーリー展開のはずが、桃色の塊のせいで見た目だけはコメディだ。セイレーンも数多の参加者同様、王子の隣にある布の塊は見なかったことにした。
少々調子が狂うが、セイレーンは驚きも慌てもしない。第一王子との婚約する前から、こうなることは決まっていた。大勢の前で断罪され、婚約破棄され、セイレーンは処刑される。セイレーンという障害を乗り越え、権力に虐げられてきた平民は王子と手を取り合い、結ばれる。陳腐なハッピーエンド。
「いい加減己の罪を認めろ、セイレーン」
突きつけられた証拠も、目撃証言者も、全て、実父、王妃、第一王子の3人が捏造したものに過ぎない。
「身に覚えがございません」
何を言っても、この茶番の終着点はセイレーンという悪役の死に辿り着く。そういう台本なのだ。
「私も鬼ではないのだ。己の罪を認めさえすれば、少しは情けをかけたものを…!」
泣きながら這いつくばり、必死に命乞いをする様を見たかったのだろう。みっともなく泣いて縋ろうが、高笑いをしようが、結果は変わらないのだ。生憎、そんな労力を割く気は微塵もない。
所詮、平民が聖女と認められて第一王子と結ばれるための踏み台。あるいは、2人の歴史的な恋を盛り上げるための障害物。通りがかった主役が躓くための小石。聖女と婚姻を結べば、第一王子の立太子は揺らがないだろう。そして、それを周知させるための茶番。
神に愛された聖女がいるだけで、土壌は富み、魔獣の驚異から遠ざかる。どの国も欲しがる存在を、婚姻によって国に繋ぎ止める。その功績は王位継承争いに終止符を打つほどに大きい。
「わたくしにも矜恃が、意地がございます。このような場で嘘偽りなど申せません」
セイレーンの毅然とした態度に、第一王子は苛立ちを募らせていく。
「まだ戯言を騙るか!性根の腐った女め!」
「お待ちください、殿下!セイレーン嬢にも何か事情があるのでは」
「聖女ミリアよ、貴女はどこまでも優しく美しいのだな。貴女のような清廉な女性に、あのような悪女の思惑は理解し難いだろう」
舞台上で、第一王子と聖女は手を取り合い、見つめ合い始めてしまった。───布ダルマから細い手首から先だけがパタパタと上下して王子の手を探し求める様は、もちろん見なかったことにした。
あんな第一王子と結婚なんて、そもそもセイレーンからすれば死んでもお断りである。なにせ、第一王子はセイレーンの実父と王妃の間にできた不義密通の証、つまり、異母兄だ。
セイレーンの父、現クレノア公爵には、子供の頃から互いに想い合う女性がいた。その女性は現在、王妃として国の頂点にいる。無情な命令による政略結婚にて、2人は涙ながらに引き裂かれたのだと、父は酒に酔う度にセイレーンに聞かせた。
その無情な婚姻の末、産まれたのがセイレーンという娘だ。母はセイレーンを産んだ際、産後の肥立ちが悪く、そのまま帰らぬ人となった。跡継ぎである男児を産まぬまま亡くなった、役に立たない女だったと、父も祖母も、未だにセイレーンに向かって口汚く罵る。セイレーンは母に瓜二つに成長したが、似ていても別人であり、罵られたところでどうしようもない。
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