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18 それぞれの夜
しおりを挟むしかし、せっかくサラと2人なのだ。確認しなくてはいけないことがある。
「巷で話題の、虐げられるメイドと日陰の王子による恋物語、あの小説を書いたのはサラでしょう?」
アーネの問いかけに、サラはパチクリと瞬きをした。
「読んだの?」
「いいえ。でも、大勢いる城仕えの人達が読んで事実だと信じる程の物なのでしょう?実際にライナ夫人が追及されるほど詳細な描写があり、現場で働く人間が納得できるような場面に捏造した恋愛模様を無理なく盛り込んでいるということだわ。そんな芸当が出来る人は限られるわ。一番私に近い立場にいた貴女しか考えられないでしょう」
サラは不敵に微笑んだ。
「正解。かなり儲けさせて貰ってるわ。モデル料として一部還元しようか?」
侍女のはずなのに、最早悪友と呼ぶのが相応しい。そんなサラが頼もしくて、アーネは笑った。
「お兄様達に無理やり書かされたのではと心配していただけよ。その様子なら大丈夫そうね」
「あぁ、その辺りもバレてるの…」
「調べたら発刊のタイミングが王子と踊った翌々日なんだもの。バレるわよ。全て仕組まれていなきゃ書き終わらないでしょう」
ドレスの色が第一王子の瞳の色と同じであることも、夜会で2人が踊ることも、そのようにするという打ち合わせがあったとしか考えられない。小説の終盤の見せ場がそこだ。
アーネはまだ目を通していないが、最後がどうなるのかだけ気になって、そこだけ掻い摘んで読んだのである。
「この家の人達って、お嬢様のことになると見境ないわよね…」
小説は、思い合う2人が月明かりの下で将来を誓い合う場面で終わっていた。この先、どんな困難があってもヒロインを迎えに行くという王子に、ヒロインが首を横に振り、私が貴方を捕まえる、と返して。結局、この後2人はどうなるのかと問いたいくらい、ご想像にお任せしますというスタンスで丸投げされて終わる。
その丸投げっぷりが、現実での進捗に対する期待に拍車をかけているのだろう。第一王子が今夜ジェノール伯爵家に滞在したことは明日にでも大衆紙に報じられるに違いない。とうとう結ばれるのか!とか、そういう煽りが目に浮かぶようだ。
「物凄い勢いで外堀を埋められてるけど…、大丈夫?」
「大丈夫よ。もし王子と結婚しなかったら、その時は悲恋扱いされるだけだもの」
恋とか、好きとか。正直アーネにはよくわからない。しかし、エストからの口付けは、それが自然なことであるかのように受け入れられた。他の男性とのキスのなんて想像しただけでゾワゾワするのに、エストだけは別なのだ。もはや恋などという枠を越えて、彼は自分の一部のような感覚なのかもしれない。恐らく一度触れ合えば、離れていることに違和感を禁じ得ないような、そんな一部。
エストとの結婚なら喜んで、と応える。問題は冗談めいた告白しかされていないため、きちんとした返事をする機会がないことだろうか。エストもまた心の枠を越えてアーネのことを自身の一部のように思ってくれているのかもしれない。だから既に分かりきった返事を求めないのだろうか。それならそれでアーネも構わない。
「それ、本当に大丈夫なの…?」
サラの呆れるような視線に、アーネは幼い子供のように大きく頷いた。
「サラって心配性よね」
「お嬢様の心が壊れてるから、その分余計にね」
割れてボロボロになって、あらゆるパーツを失って。失った分を代替品で補っている継ぎ接ぎの心。
「貴女が壊れたパーツを補ってくれるから大丈夫」
お泊まり会って、こういうものなのだろうか。友達などいたことのないアーネには未知の世界だ。
「───お嬢様が何を考えているか、何となくわかるけど、たぶんそれは違うと思うわ」
それはもっと他愛もない話を楽しくするものよ、とサラが呆れた。
アーネとサラが若干低めのテンションで雑談し、眠りについた頃。
エストとウィルも一室に待機していた。室内は暗いが、2人共ソファーに腰かけ、じっとしている。
「来ないな」
「来ないね」
ヒソヒソと、声を潜めて囁き合う。
ゼルトファン第二王子を玉座に推す王弟一派からすれば、ウェスティールが警備の厳重な王城の外にいる今夜は暗殺する格好のチャンス。故に刺客が来るだろうと踏んで待機していたのだ。伯爵家の護衛も至る所にひそんでいる。
プロの刺客が雇い主を吐くとは思えないが、何か証拠に繋がる手がかりくらいは得られるかもしれない。
しかし───
「来ないなぁ」
「来ないねぇ」
物騒な来客は訪れないに越したことはない。ただ、油断出来ないから、眠れない。地味に辛い。
仕方なく互いを見遣る。王太后が死ぬまで顔を合わせたことのなかった双子。事情が事情なので共に過ごした時間は極端に少ない。
エストはウェスティール王子が自分の双子の兄であると幼少期から知っていた。表向き病弱な伯爵令息として自分が世間から隠される理由を知った上で、自由に伸び伸びと育ってきた。
対するウィルは双子の弟の存在など全く知らないまま、誰からも愛されることなく、存在を押し殺すように、潜むように、ひたすら耐えて生きてきた。
「「……………」」
雑談となると、何を話せばいいのか全くわからない。居心地の悪い沈黙の中、互いに会話の糸口を求めて顔を背ける。
気まずいまま、時間だけが過ぎていった。
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