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16 家族
しおりを挟む王太后がゼルトファンに呪いの言葉を吐いた時、国王も同席していた。
王太后に逆らわず常に言いなりだった国王は、激昂し、死にかけている王太后の首を絞めた。元々死にかけていたこともあり、国王による親殺しの事実は綺麗に隠蔽された。
ゼルトファンが自身の息子だと思っていたからこそ、国王も王太后がウェスティールを虐げても口出ししなかった。国王も王太后同様、王位継承者が1人いれば、ウェスティールが死のうと興味がなかったのである。しかし、ゼルトファンが自身の子でないなら話は別だ。そこに愛など欠けらも無い。
ゼルトファンが生まれた直後から王弟はゼルトファンの全面支持を表明し、強固な後ろ盾となっていた。その事実が遺された呪いの言葉に真実味を持たせる。
慌てた国王はウェスティール支持を表明したが、その結果、亡き王太后に代わり、今度は王弟がウェスティールに毒を盛るようになった。
それもこれも、自分がこの世にいるせいだと、ゼルトファンは日々罪悪感に苛まれている。
「国王が僕の支持を表明した時には、既に子を望めない身体になっていたんだよ。王太后のせいでね」
食事の席でする話じゃないだろうとアーネは思ったが、誰一人口を挟まないので黙って聞く。
ちなみにウィルだけはドロドロとしたスープを食べている。衣服を重ね着して誤魔化しているが、固形物を食べるのが困難な程、最近は身体が弱っているらしい。
「そしたら、国王がうちに使者を寄越してね、ウィルとエストを取り替えろって言ってきたわけ!頭にきちゃうわよ!人が大切に育てた息子を何だと思ってるわけ、あのクソ野郎ッ」
優雅さの欠片もなく、憤怒の表情で養母がメインディッシュのムニエルにナイフを突き立てた。
「うん、本当にねぇ」
ドン引きするアーネをよそに、養父がのほほんと同意する。本当にそう思っているのか疑わしいくらい養父はのんびりとしていた。
「そもそも王太后の祖国では双子は凶事とされていて、俺は生まれて即殺されるはずだったんだ。そんな俺を助けてくれたのが、王妃様がご結婚される前から親友として付き合いのあった母さんなんだよ」
エストの説明もまた食事に見合わぬ重い話で。アーネは今にも消化不良を起こしそうなのに、肝心のエストは苦笑するだけ。エストもウィルも、それぞれ思う事はあるだろうし、理不尽さに怒りもしているのだろうが、同じ空間に自分よりも怒り狂う人間がいると冷静になるものらしい。
ガン!ガン!と、淑女の欠片もなく、養母は今度はフォークをムニエルに突き刺して怒り狂っている。
「王妃様は我が子を守ろうと必死に抗ったけれど、国王陛下はその時も王太后の言いなりでね。それから王妃様は心を病んでしまわれたの。王妃様が決定的に壊れてしまわれたのは、王太后の手引きで侵入してきた王弟に襲われた時よ。それ以降、王妃様は単なる人形のようになってしまった!今じゃ話しかけても反応すらなさらないわ!」
忌々しいと、言葉以上に語る形相で養母は憤り続ける。
「………国王陛下はエストが伯爵家に逃げ延びたことをご存知だったのですね?」
「陛下は、事勿れ主義の母親依存症だったからねぇ…。王太后が気づいていないならヴィレストルなんて生きてようが死んでようが、恐らくどうでも良かったんじゃないかなぁ」
養父の説明も軽い。エスト本人を前にして、何でもないことのように飄々と言ってのける。エストもエストで特に気にした様子はない。むしろ疑問を呟いたアーネの方が気まずい。
「惚れた女を伯爵家の跡継ぎにして貰い、ウェスティールとして俺が婿入りする。そうすれば、ウィルはヴィレストルとして変わらず伯爵家にいられるし、俺も帰って来られるだろ。というわけで、結婚しよう、アーネ!」
好きだ!とエストが叫ぶと、何かが風を切りエストの後方の壁に突き刺さった。発生源に目を向ければ養母の片手からナイフが消えている。投擲したようだ。いや、そんな、まさか…と信じられない気持ちでアーネは絶句するしかない。銀食器のナイフが顔のギリギリを掠めて行った衝撃でエストも絶句している。
「この、馬鹿息子!そんな目的のついでのように告白されて喜ぶ女の子がいますか!!」
「こ、告白してから事情を告げたら、それはそれで利用するために近づいたのかと警戒されるよ!!」
両者共に立ち上がり、口論を初めてしまった。しかし内容が内容なだけにアーネは口を挟めない。もし口を挟めばアーネがエストをどう思っているのか追求されそうで怖かった。
「で、アーネはエストのことどう思ってるの?」
せっかくアーネが口を噤んだのに、敢えて空気を読まない兄が余計な口出しをしてきた。場が静まり、アーネに視線が集まる。期待に満ちた眼差しが痛い。
「お兄様、恨みますよ…!」
「どうせハッキリさせなきゃいけないんだし、いいじゃないか。嫌なら無理強いはしないよ」
「そうそう。最悪エストは死んだことにして亡命させればいい。伯爵家の跡継ぎだって親戚を探せばどうにかなる」
ありがた迷惑な兄の提案に渋い顔をすると、今度は養父がどう考えても難しいであろう副案を何でもないことのように言う。アーネを犠牲にするつもりもなければ、アーネが不幸になることを容認するつもりもないのだと、彼らは伝えたいのだ。
アーネはエストを一瞥した。目が合うと、エストは嬉しそうに蕩けるような笑みを浮かべる。その反応に照れくさくなり、アーネは俯いた。顔が熱い。絶対赤くなっているに違いない。
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