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14 不遇の王子達
しおりを挟む心の奥底で、小さな子供が、声を押し殺して泣いている。それは、アーネが黙殺してきた、蔑ろにしてきたものだ。見ないふりをしても消えるわけではない。確かにそこにある。
泣き疲れて眠ってしまったアーネの、涙で頬に張り付いた髪を指で除けて、エストは優しく目を細めた。
偶然、ウィルと入れ替わっていて良かったとエストは息をつく。お陰で〝兄〟という立場を利用してアーネを膝上に抱き締められるのだ。まさか泣いている未婚の令嬢を、正式に婚約をしていない王子の立場で抱き締めるわけにはいかない。
その王子役のウィルは、ニヤニヤと笑いながら斜め向かいのソファに座り、エスト達を眺めていた。
「血の繋がりはないし、義兄妹で結婚、てのもアリだよねぇ」
「俺たち、どちらかが、逃げられなくなる」
王子という立場から逃げるには、アーネを利用するしかない。今日2人が揃って帰ってきたのは、アーネに事情を打ち明けるためだった。───思いがけない不審人物のせいでそれどころではなくなってしまったが。
その不審人物は軍の警備隊に引き渡した。元が男爵夫人だろうと、既に離縁されているので関係ない。今は単なる平民だ。今話題の小説に登場する悪女のモデルだと警備隊には教えてある。いっそ手酷く扱ってやればいいと思うが、彼らが職務に忠実なら望むだけ無理だろう。せめて侮蔑の眼差しを浴びせてやって欲しいものである。
「どうせ僕はそう長くは生きられないよ、エスト」
ふふ、とウィルはいつも通り淡く微笑するだけ。
「───それは、どういうこと?」
夢うつつで2人の会話を聞き流していたアーネは、スッと血の気が引くのを覚え、慌てて目を開けた。長く生きられない、そんな不穏なことを口にしても、ウィルは揺らがず笑うだけ。そこに秘められた強い意思のような何かを引き止めたくて、アーネは身体ごとウィルへと向き直ろうと足掻く。実際はややバランスを崩したアーネの体を支えようと、エストの手に力が篭っただけだった。
「元々、ウェスティールと名乗って城で暮らしてたのは、エストじゃなくて僕だったんだ」
アーネの眠りが浅かったことに気づいていたウィルは特に驚くことも無く、好都合だとばかりにそんな告白をした。
「それじゃ、エストは───」
「ヴィレストル・ジェノールとして伯爵家で育ったのが俺。俺とウィルは双子なんだよ」
王家に生まれた双子の兄がウィル。弟がエスト。しかし、記録上、王家に双子など存在しない。
「子供に恵まれなかった夫妻は、事故で両親を亡くしたソリュートを引き取ったばかりだったのに、俺まで匿ってくれた恩人なんだ」
つまり、長兄のソリュートも養子。初耳である。アーネを含めて誰一人実子でないのだから、誰が跡を継いでも同じ、ということだったらしい。それでアーネに跡継ぎの座が回ってくるのも釈然としないが。
少しだけ眠ったことで、思考は明瞭だ。明瞭だが、話についていけるか否かはまた別である。
刷り込みのようなものなのか、アーネにとっての兄はウィルで。エストはまた別枠なのだ。それなのに、本来はエストが兄になるはずだった???
クエッションマークが渋滞しそうである。
「……………頭の整理が追いつかないので、取り敢えず、その辺はすっ飛ばして、お兄様の寿命?余命?の話を聞かせて下さい!」
何故そんなややこしい事態になったのか、説明されても理解出来る自信が無い。今は無理だとアーネは判断した。
「あははははっ!すっ飛ばしちゃうんだ?」
ウィルは盛大に吹き出し、声を上げて笑う。そんな2人に、アーネは「はっ!」と息を呑んだ。
「それより先に下ります!下ろして!」
エストの膝の上で横向きに座っているという己の状態に、今更気づいたアーネは慌てて地に足をつけようとする。アーネの身体を支えていたエストの腕が、今度はそれを阻んだ。
「そんなに嫌がらなくてもいいだろ?」
「顔が近い!」
泣き顔を見られたという事実を思い出すだけで恥ずかしいのに、そのまま何も整えていない顔を間近で覗き込まれる。何という拷問だろう!年頃の乙女の羞恥心をエストはわかっていない。
「お兄様!笑ってないで助けて下さい!」
ウィルに助けを求めるも、相変わらず彼は穏やかに笑うだけ。
「イチャついているようにしか見えないし、僕には手出しできないよ。ごめんねぇ」
「い、いちゃ───!」
反論しようとしたが続かない。アーネの顎を掴み、強制的に向きを変えさせるエストの手が邪魔をした。向いた先で、エストと目が合う。夜会のドレスと同じ、青い瞳。
「お前が好きだ」
痛いほどの視線に貫かれ、アーネは硬直する。顔に熱が集まってきて唇が戦慄いた。拳を握り締めて、必死に理性をかき集める。
「それ、後!今じゃない!はぐらかさないで教えて!お兄様が生きられないって、どういうことなの!!」
アーネにとっての最重要事項はそれである。こんなことで誤魔化されるわけにはいかないのだ。
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