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13 アーネの味方

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 アーネは自身の手を握り締め、毅然として見えるように胸を張る。今のアーネは伯爵令嬢なのだ。相応しい行動が求められる。例え付け焼き刃だとしても。

「貴女に甘んじて利用されることで既に恩は返しました。お引き取り下さい」

「お前が抵抗しなかったからこそ、私はこんな目に遭っていると言うのに、何を抜かす!」

 頑丈な鉄格子が微かな音を立てて揺れる。激昂した元夫人の手が、爪を立ててアーネを威嚇するが、届くことなく宙をかく。血走った目が瞳孔を見開いてアーネを射殺さんばかりに睨みつける。

「─────」

 虐げられることを許容した結果が、目の前の有様だと言われれば否定できない。もちろん、その責任はアーネにはない。…ないが、原因の一端ではある。そう考えると正直心が重い。

「しっかりしなさい!」

 不意に頭を小突かれて、暗く落ち込み掛けたアーネの思考は停止する。拳を握っているのはサラだ。周囲で見守っていた人々は「え、いまお嬢様を殴った???」と驚き、二度見する。

「さ、サラ?」

 アーネの呼び声など聞こえぬかのように、サラは被っていたキャップを地面に叩きつけ、ガツガツと大股で門に近づいた。鉄格子越しに元夫人と向き合うと、大きく深呼吸をして、目をカッと見開き、口を開いた。

「あのねぇ!アンタの行動はアンタの責任でしかないの!旦那と信頼関係を築けなかったのはアンタの責任!アンタを庇うような同僚に恵まれなかったのもアンタが原因!アーネはアンタの被害者よ!!」

「お前は、ハーリス子爵家の…」

「やっとアーネが幸せになれるってタイミングで、これ以上アーネの心を削ろうとするのはやめなさい!!」

 サラの言葉にアーネは驚いた。自分の心が削られていたなどと、意識したことはなかった。しかし、サラからは、他人からはそう見えたのかと。

「そういうお前だってコイツに寄生しているじゃないか!居場所を失ってコイツに縋ったんだろ!」

 血反吐を吐く勢いで元夫人がサラを侮辱する。サラが傷つくのではとアーネは不安を覚えたが、それは全くの杞憂だった。

「アンタみたいなクズと一緒にしないで!」

 アーネの、王宮での日々は諦めに満ちていた。抵抗しても嫌がっても、どうせ無駄だという諦め。抵抗することをやめるという選択肢をとった時、少しだけ肩の力が抜けたのも本当。

 サラの言葉は、叫びは止まらない。

「アーネが、心から望んで従ってたと思うの?んなわけないじゃん!そんなこともわかんないの!望んでいる、選んだのだと、思い込まなきゃやってられなかっただけよ!」

「はは、お前だってアーネを踏み躙る側だった癖に何を偉そうに!」

 般若のような形相が高笑いをする元夫人の言葉に、サラは拳を握り締めて堪える。

「そうよ、その通りよ。私は私を守るためにアーネを犠牲にしてきた。アーネに守られてきた。だから今度は私がアーネを守る番なの」

 強くなければ誰も守れないと思っていた。自身すら守れないアーネに、誰かを守れるはずもないと思っていた。そんなアーネにとってサラの発言は信じられないもので。一体誰の話なのかと問いたいくらいには、場に似合わぬほど唖然とした。

「あれ?なんだか賑やかだねぇ」

「俺達も混ぜてくれるかな?」

 前者は前髪を上げた王子モードのウィルが笑いながら。

 後者は前髪を下ろした令息モードのエストが不敵な笑みを浮かべながら。

 この時、アーネは初めて前髪を上げたウィルを目にした。青い瞳といい、容貌といい、どこまでもエストと瓜二つだ。ここまで似ている他人など世の中にいるのだろうか。それとも、王家と伯爵家には血縁関係があるのだろうか。

 王子に対しての礼をとらなくては、とか。エストをお兄様と呼んで、彼らの演技に助力しなくては、とか。様々な思考が巡るのに、何故か声が出ない。それこそ声の出し方を忘れてしまったかのように。

「大丈夫か、アーネ。そんなに傷つくようなことを言われたのか?」

 前髪を下ろしたエストが兄としてアーネに語りかけてくる。元夫人と共に屋敷の外側にいるエストとウィルを招き入れなくては、と思うのに、足は動かない。鉄格子越しに、未だ元夫人がアーネを睨みつつ、新たな登場人物を警戒しており、開けたら飛びかかってくるのではという懸念があった。

「───あぁ、そうか。わたくしは傷ついていたのですね」

 腑に落ちた!とばかりにアーネは明るい声を上げた。

「どんだけ麻痺してんのよ!」

 サラのツッコミさえも嬉しくて笑う。

「ふふ、本当ですね」

「で、妹よ、どうしたい?」

 エストから妹と呼ばれるのは、何だか落ち着かない。

「これ以上、傷つくのは怖いです。我儘を言うようですが、出来ればその人とはもう関わりたくありません」

 長年の環境を思えば、アーネの力で元夫人をどうこうするのは無理がある。声を張り上げられれば反射的に従ってしまいそうだ。

「そうだねぇ。そういう時は『助けて』って言うんだよ」

 王子の姿でウィルは、いつも通り朗らかに微笑む。対するエストは兄の姿でどこか意地悪そうに笑みを浮かべ、冷たく元夫人を一瞥した。

「ああ、そうだな。そうすれば俺達も『助けて』やれる」

「べ、別に言わなくても私はアンタを助けるわよ」

 張り合うようにサラはアーネを抱き締めた。アーネの両目から大粒の涙が流れる。

 ずっと、怖かった。

 怒鳴り散らし、アーネを道具のように扱おうとする元夫人が怖かった。従う以外に身を守る方法なんて知らなくて。自分の心を守るために、自分の意志で従っているのだと自分に言い聞かせていた。

「───助けて」

 それは、震える、小さな声だった。虚勢で見せていた笑顔を歪ませて、アーネはエストを見つめる。


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