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11 誰かの策略

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 実際にエスコートしてくれるのはエストなのだろうか。しかし、それではウィルが影武者を務めていた〝本来のエスト〟が夜会に参加しないことになってしまう。

 伯爵家の令息が影武者をするのだから、エストの身分は侯爵家以上なのだろう。そんな高い身分の、命を頻繁に狙われるほど重要視されている令息が、王族から招待されないのは不自然だ。あるいは複数人影武者がいるのだろうか。

 よくわからないまま、かと言って問いかける隙も見つけられず、夜会当日になってしまった。

 宣言通りエスコートはウィルである。

「お、お兄様、体調は?」

 目の前の顔色の悪さに、アーネは戸惑いを隠せない。

「ははははは。気合いって大事だよね!」

 前髪と笑顔で誤魔化すつもりらしい。養父母と共に国王陛下に挨拶をしただけで、密かにウィルは息切れしている。この分ではファーストダンスは養父と踊ることになりそうだな、とアーネはぼんやり思った。

 ぼんやりしていないと、周囲からの視線を意識してしまう。参加者の中には、問題の茶会で降格され、その不評が広まる前にと急遽格下の家やワケありの家に嫁がされた元上級メイドたちもいる。彼女たちは苛立ちや、憎しみ、嫌悪など、様々な感情でアーネを注視しているのだ。うっかり目を合わせれば、これでもかと負の感情を込めて睨みつけられるだろう。そんなものをまともに受け止めていたら、さすがに疲れてしまう。

 ───だからアーネは、気づかなかった。

 波紋のように広がる動揺。台風の目のように、その中心人物だけは平然と、迷わずアーネの元に辿り着く。

「どうか、僕に貴女と最初に踊る名誉を頂けませんか?」

 気づいた時には、目の前に手が差し伸べられていて。隣にいたはずのウィルは我関せずとばかりに数歩下がっていた。

 アーネの纏うドレスと同じ青い瞳。ウィルと同じ髪色をオールバックにして。軍服を模したような白い礼服の肩口に勲章を輝かせている青年。

 アーネはその瞳を凝視し、小さな声で「エスト?」と呟いた。彼は笑みを深める。その笑い方はウィルと瓜二つ。

「初めまして、レディ。ウェスティール・グレリュードと申します」

 エストがウィルとしてではなく、エストそのものとして目の前にいる驚きもあり、彼の名前を聞いても思考が働かない。

 最早ただ手を差し出されたから、反射的に手を乗せた。それだけである。家族以外で、しかもエスコートしてきた人物と異なる人物とファーストダンスを勤めるということが何を意味するかまで考えが及ぼない。

 アーネがエストの手を取ったことで、より一層周囲が騒がしくなる。





 グレリュード国の第一王子、ウェスティール。国王夫妻の第一子でありながら、王太后に嫌悪され、長らく表に出ることを禁じられてきた不遇の王子だ。

 王太后の死後、理由不明の謹慎は解けたが、既に世間には第二王子の活躍ぶりが浸透しており、第一王子の出番はそこにない。王位を継ぐのは第二王子であると、世間の認識は揺らがなかった。

 そんな王子の瞳の色を身に纏った令嬢が、王子とファーストダンスを踊る。



 婚約が内定しているのだと、世間は解釈した。



 一体2人の仲はいつからなのか。新聞記者を初めとするゴシップ好きたちは、推測を立てるために調査を開始し───

「今朝も庭で新聞社所属の不審者が捕まったらしいわよ」

 ぼりぼりと焼き菓子を食べながらサラは新聞を手に呑気なものだ。一方のアーネはサラと同じテーブルでぐったりと項垂れていた。

「もう、勘弁して欲しい…!」

 手紙の量は倍に増えた。アーネから直接話を聞きたいとばかりに茶会の招待状がひっきりなしに届く。伯爵家の爵位目当てで婚約や交際を申し込む手紙はめっきり減ったが、決して無くなりはしない。

「それは連中の方が言いたいんじゃないかしら。ま、いい気味!」

 サラが上機嫌で「連中」というのは、例のお茶会が原因で降格したり退職せざるを得なくなった元上級メイド達だ。

 王子と、養女に過ぎない伯爵令嬢。2人の出会いを探る人々は、養女の過去に目をつけて調査した。

 養女は王宮の下級メイドとして働いていたが随分虐げられていたらしいと、城で働く噂好きの下女や料理人見習いは簡単に口を割った。中には謝礼目当てで喋った人もいるだろう。そうなると、浮き彫りになるのは、アーネが王宮から去るのと同時期に起こった大規模な人事異動───降格騒ぎなわけで。

 彼女たちは実に肩身の狭い思いをしているようだ。

 既に夜会から半年が経っている。この間、一度もエストとは会っていない。毎日領地運営のための勉強に追われており、会う余裕などないのだ。

 ───というか、一体どうすれば会えるのかもアーネにはわからない。ウィルに言えば会えるのかもしれないが、最近ウィルはベッドから起きられない日々が続いている。起きられない癖に、お茶の時間には現れるので、あまり心配はしていない。起きられないというのも方弁かもしれないとアーネは思っている。

 そんな現実をよそに、世間では不遇の王子と不憫なメイドによる切ない恋物語が捏造・・され、出回って。そんな事実は微塵もないのに、だ。

 最早、アーネの手に負えないところまで事態は動いていた。


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