不当に扱われるメイドと不遇の王子達

ひづき

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4 元凶

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 男爵家に籍がある───

「え、ですが、城で働き始める際、その家はもうないと言われたのですが…」

「確かに、君の実家は離散したし、王都のタウンハウスも売却済みだが、領地はある。領館に住む君の父上は、君が生まれてから一度も欠かすことなく貴族名簿に君の名前を記載して国に提出し、君の分の爵位手当を受け取っている。爵位手当を支給されている以上、君は貴族だ」

 爵位手当は貴族に対して毎年国から支給されているお金だ。初代国王が定めたもので、我が国特有のものだと聞いた覚えがある。貴族が品位を保つことが国の力となり他国への牽制に繋がる。その一方で、爵位があるが故に苦しんだり、何かを諦めたりする必要も出てくる。爵位で人生を縛り付けてしまうことを憂い、申し訳なく思った初代国王のお詫びの気持ちが込められているのだとか。

「貴族しか入れない庭園に、男爵令嬢であるアーネ嬢が立ち入るのは問題ない」

「───そう、ですね」

 返答をしながらも、目の前がグルグルと回るのを覚える。とっくに平民になったと思っていたのに、貴族だった?確かに没落はしたけれど、爵位はまだ残っている?どうして、どうして。

 しかし、得心が行く部分もある。下級メイドはアーネに限らず皆が上級メイドの仕事を押し付けられていたが、それに加えて上級メイドのみ立ち入ることが出来る区画の雑用を押し付けられるのは決まってアーネだけだった。お陰で、親しくすると自分たちも更に仕事を増やされるのでは!と危惧した同僚たちから疎遠にされ、アーネは孤独だったが…。

 あれは、アーネにのみ身分があったからなのだろう。本来上級メイドでないアーネが見咎められても、身分があるため見習として同行させているとか、何とでもとり繕えると夫人は高を括っていたとしか考えられない。

 アーネが最初に王宮での仕事を得ようと動いた時。当時10歳のアーネは必死だった。食べ物より見栄を優先する父、まるで娼婦のような身形でろくに家に寄り付かない母。使用人なんて見たことの無い広い家。父が多額の金銭と引き換えに、アーネを好色爺に売り飛ばそうとしているのを知って逃げ出し、王宮で働かせて欲しいと最初に頼み込みに来た時───

『そんな家はもう存在しないわ。とうにない家名を名乗って貴族のふりをして卑しい子ね!』

 そうアーネを罵ったのは誰だった?

 ここで働かせて貰えないと路頭に迷うかもしれない、と。栄養の足りていない頭は視野を狭めて、どうにかしなくてはと必死だった。どんなことでもするから雇って欲しいと、アーネは地べたに這いつくばって懇願した。

『仕方ないから特別に口利きしてあげる。私のお陰で貴女は雨風を凌げるようになるのよ。わかるわね?───そうよ、良い子。私が貴女を助けましょう』

 般若のような表情を、慈愛に満ちた聖母のような眼差しと微笑みに一変させて恩を着せてきた女。

 日々に忙殺され、生きるために必死だったアーネには、過去を振り返る余裕などなかった。大恩あるこの方には全面的に服従して感謝を示さなくてはならないと、それだけが洗脳のように頭にこびり付いて残っていた。

 アーネは、当時、小間使いや下女を取り纏めていた人物に視線を移した。アーネが絶対に逆らってはいけないのだと信じ続けてきた人物がそこにいる。

「アーネ嬢に支給されていた給料の一部───勤続手当や残業手当を搾取していたことは既に調べがついている。何か言い訳はあるかね、ライナ夫人」

 総括長の眼差しも、アーネの虚ろな視線も、ライナ夫人を捉えている。

 ライナ夫人は、ニヤリと笑った。その顔色は土色に染まりながらも興奮したように上気している。

「何か誤解があるようですわ。アーネに支給されていた手当については、当時10歳だったアーネに許可を得た上で、私が親の代わりに積み立てていますのよ。その一部は何も持たずに来たアーネの日用品などを買い揃えるために当初消費した私の私財を返却して頂いただけのこと」

 確かにアーネは何も持たなかった。しかし、ライナ夫人から施された覚えはない。頼み込んで同僚の使い古しなどを譲って貰い、それでどうにか凌いでいたのだ。

「上級メイド達から個人的に金品を受け取り、不当に下級メイドたちをタダ働きさせていたのも判明しているが?」

「上級メイド達から金品は受け取りましたが、こちらは純粋に皆様が日頃の感謝として下さったので無下にできなかったのです。下級メイドたちには業務を割り振っただけのこと。より高みを目指して欲しいと成長を期待するあまり、業務の分配が過剰になってしまったのかもしれませんわ」

 謙虚に見えるように意図された沈痛な面持ちで夫人は切々と語るも、聞き手は誰一人として表情を緩めることはなかった。

「───証拠は揃っている。それ以上の言い訳は取り調べで聞いて貰うといい」

 ライナ夫人は、血走った目でアーネを一瞥した。今にも飛びかかりそうな形相で睨みながら、スカートの裾を両手で握り締めている。

 アーネは恨みをかったらしい。逆恨みだ。いいように利用されてきたアーネの方こそライナ夫人を恨んでもいいはず。しかし、不思議とそんな感情は湧いてこない。思考が追いつかず戸惑いしかない。

 あの時のアーネにとって、ライナ夫人は確かに天の助けだった。身の安全の前に、利用されたことなど些細なことでしかない。そのくらい、あの時のアーネは追い詰められていた。

「君の父上は離縁した奥方の分の貴族手当ても受け取っており、詐欺の疑いで調査が入った。間もなく爵位は取り上げられるだろう」

 今更実父のことを話題に出されても、アーネの心は動かない。ただ「そうですか」としか言えなかった。

「心置き無く伯爵家の養女になるといい」

 それとこれとは別だと思うのだが、恐らく彼なりの優しさなのだろうとアーネは前向きに解釈することにした。


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