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1 お茶会

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 その日、国の管轄する大規模な庭園にてお茶会が開かれた。今回の主役は高位貴族のご子息ご令嬢で、10歳の茶会デビューである。

 ───あのくらいの年齢の時は何をしていただろう

 メイドとして会場の裏方に徹するアーネは16歳。男爵家に生まれたが実家が没落した。いつの間にか平民になっていたらしい。過去の栄光に縋り現実を受け止められない壊れた両親を見捨てなければここまで生きられなかっただろう。

 城に住み込みで働き始めたのは10歳の時だった。奇しくも茶会デビューの少年少女たちと同じ年齢である。アーネは掃除婦から始め、小間使い、下女、下級メイドと昇進して今がある。



 本来、この庭園に立ち入ることが許されているのは貴族のみ。この茶会を運営する者たちも貴族のみで構成しなくてはならない。そんな理由から、ここでの給仕は上級メイドのみで行う。何故なら上級メイドになれるのは貴族だけだから。

 平民で下級メイドのアーネがここにいるのは、上級メイドたちに無理やり連れてこられたからだ。上級メイドの制服を着ていれば、門番に身分証の提示を要求されることもない。

 上級メイド、つまり貴族のお嬢様方は、大半が行儀見習い。結婚までの腰掛け。上級メイドというステータスは、嫁を探す側から見ても素晴らしく見えるそうで。より良い家に嫁ぐ機会を得るために彼女たちは上級メイドになったのであり、実際に下っ端がやるような雑用までやるためではないのである。

 上級メイドたちはアーネの倍以上の給金を得ながら、やりたくないことはアーネに押し付ける。差額を寄越せ、と言いたくなる。彼女達の背景にある権力が怖いので言わないが。



 下げた食器をアーネ1人で分別していく。天気が良いので付着した食品汚れの匂いが気になるところだ。キッチンが同じ敷地内にある城の庭でならともかく、離れたところにある王家所有の庭園で茶会を開催するのはやめて欲しい。何かあったら弁償し切れないような高級な食器の数々を、予洗いし、城まで持ち帰るために丁寧に梱包しなくてはならない。

 予洗いのための水は井戸からこまめに汲んでくる必要がある。これがまた一苦労で、使用人用の井戸は隠されるように離れたところにあるのだ。客人の目につかぬよう、更に遠回りして運んでくる必要がある。

 また、梱包に不備があると、食器に傷がつく。傷がつけば責任を問われる。上級メイドの皆様は、茶会に参加している子供たちの付き添い人に向けて笑顔を振りまくのが忙しいのだろう、責任を問われる裏方になど見向きもしない。理不尽だが、権力というものは間違いなく〝力〟だ。そして、アーネは無力である。アーネが責任を問われることになれば、出入り禁止の庭園に平民が入ったという根本から処罰されるだろう。更に高級な食器を傷つけたとなれば、死刑か労役か。先は暗いが、上級メイドに逆らうこともできない。



「アーネ!」

「はい!」

 上級メイドに呼ばれれば、作業が途中でも手を止めて駆けつけなくてはならない。遅れると、否、遅れなくても機嫌を損ねれば叩かれる、殴られる。暴力も〝力〟だ。権力と一緒にぶつけられれば、弱い者は簡単に死ぬだろう。アーネは死にたくない。

「こちらのお客様を」

 爪の先まで手入れされて美しい上級メイドの手が指し示す先では、長い前髪で顔を半分隠した男性が猫背で地べたに座り込んでいた。

「この方をどちらまで案内すれば宜しいのでしょう?」

 アーネが指示を仰ぐと、言われないとわからないのかグズとでも言いたげに、つり目の上級メイドは小さく舌打ちした。

 ───確か彼女はハーリス子爵令嬢だ。上級メイドの中でも実家の爵位が低いため、他の上級メイドから仕事を押し付けられる立場にある。その仕事を更にアーネに押し付け、ついでとばかりにストレス発散のための暴力を奮ってくる人物。アーネの腕を鷲掴みにして庭園行きの荷馬車に押し込めて連れてきたのもこの人である。

 上級メイドに扮するアーネは、それらしく、あくまで優雅さとゆとりを持って一礼する。

わたくしの〝立場〟では判断つきかねます。お手数をおかけいたしますが何卒ご教示くださいませ」

 下級メイドにはわかりません、と暗に応える。まさか上級メイドの制服を着て下級メイドが混ざっているなどと、万が一外部の人間に知られれば王宮の落ち度となる。お互いのために、明言することはできない。

 ハーリス子爵令嬢は忌々しいという表情を隠すことなく、アーネを冷たく見下ろした。

「気分が悪いそうだから付き添いなさい。落ち着いたら馬車まで送って差し上げて」

「承りました」

 弱っている相手に寄り添うなんて、相手を篭絡する絶好の機会だろうに。それを押し付けるということは、高位貴族の従僕なのか、没落確定の家柄なのか。あるいは、身分が良くても、見た目が好みでないのか。いくら考えたところで、彼女の考えなどわかるはずもない。

「大丈夫ですか?あちらのベンチまで歩けそうですか?助けが必要でしたら、呼んで参りますが…」

 地べたに座り込んだままではマズイだろうと、手近なベンチを指し示す。プライドを持っているはずの貴族が地べたに座り込むなど、余程のことだ。顔色も悪い。呼吸も荒い。これは休ませる云々より、一刻も早く医師の診察を受けた方がいいのでは?───一度そう思うと、どんどん押し潰されるような不安を感じる。招待客の付き添いできたのだろう、アーネよりやや年上に見える。そんな成人男性を担げるわけがない。

 どうしよう、と戸惑っていると、走る音が聞こえた。

「ウィル!」

 現れた男性も前髪で顔を隠し、容姿も服装も体調不良の男性と同じだった。しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない。ウィルというのが、体調不良の男性を呼ぶものだとすぐに分かったアーネは「手を貸して下さい!」と声を上げた。両側から支えて馬車に病人を乗せると、彼らは慌ただしく去っていった。

 無事だといい。

 そう願い、見送るアーネは、その馬車に刻まれている家紋を知らなかった。


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