人形姫の目覚め

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5)家族 ─ ラウエリア/レミアナ視点

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 ラウエリアは一瞬、時が止まったかのように硬直した。

 ───英雄を返せと───

「要りません。むしろ、お姉ちゃん、欲しいの?あの見るからに野蛮な人を?」

 硬直が解けるなり、ラウエリアはブンブンと首を左右に振る。同時に、異母姉アウローラ英雄ギーゼルの間に何があったのかと想像して青ざめた。夫婦のふり、ではなかったのか。

「まさか、正真正銘夫婦として!?あの野蛮人───!!即刻処刑しなくては!!」

「落ち着きなさい」

 恥ずかしそうに顔を赤くして異母姉アウローラが静止してくる。もう、異母姉アウローラが何も言わなくてもわかる。異母姉アウローラ英雄ギーゼルを愛しているのだ。

 大好きな異母姉アウローラが盗られてしまった。その事実に、ラウエリアはボロりと大粒の涙を流す。

「やだあああああ!!」

「ちょ…、どうしてそんなに泣くの?」





 宰相であるラーファは目の前の光景に唖然とした。

「やだやだやだやだやだやだ!!」

 幼子のように泣き喚くラウエリア姫。

「……………」

 最早言葉もないとばかりに、ラウエリア姫に抱きつかれたまま床に座り込む、見知らぬ女性。

「ローラは俺の嫁なんだよ!いい加減認めろ!!」

 ラウエリア姫を引き剥がしたいようだが、乱暴に扱うどころか触れることも出来ずに説得を試みる見知らぬ男。

 困惑し、どうしたらいいかわからない騎士、兵士、文官、その他もろもろ。

 最早背景と化している部屋の主である国王はベッドで眠ったまま。この騒ぎなど聞こえないらしい。

「あ!宰相様!」

 天の助けとばかりに呼ばれたラーファは頭痛を覚えた。一体どうしろというのか。そもそも何がどうなっているのか。

「誰か状況を説明して下さい」

 傍観者たちに声を掛けるも彼らは互いに顔を見合わせるだけ。唯一、顔を見合わせる知り合いもいないらしい女性に視線を向ける。彼女もまた頭痛を覚えているらしく、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。

「私はアウローラ姫の付き人として参りましたレミアナと申します。状況としましては、英雄ギーゼルとアウローラ姫が恋仲だと知ったラウエリア姫が、アウローラ姫を返せと英雄ギーゼルに抗議しているところです。ラウエリア姫は既に一時間ほど泣いていらっしゃいます」

 説明されたところで、何だそれは、と言いたくなる状況だった。そして、この面々は既に一時間もこの状況に立ち会っているのか。

「……………それは、ご苦労様です」

「……………恐縮です」

 労うと、レミアナと名乗った女性は気まずそうに視線を逸らした。これで労われても、それはそれで困るものがあるらしい。

 ラーファは中心に歩み寄ると、ラウエリア姫の肩を掴んだ。

「ラウエリア姫!」

 驚いた表情でラウエリア姫が、ラーファを振り返る。ラーファを認めるなり、ラウエリア姫は再び涙腺を緩ませた。

「ラーファ!お姉ちゃんが!お姉ちゃんが!野蛮人に汚されちゃったあああああ!!」

「誰が野蛮人だ、誰が!」

「貴方以外に誰がいるっていうの!断崖絶壁の国境を駆け下りるなんて野生動物だってしないでしょうよ!知能低すぎるわ!お姉ちゃんに何かあったらどうするつもりだったの!!」

「成功させる自信がなかったらやらねぇよ!成功したから今ここにいるんだろ!現実を見ろ、現実を!」

 最早同レベルで張り合う姫と英雄。なるほど、これが現実かと、ラーファは逃げ出したくなった。間にいるアウローラ姫は、最早この場を収めることを放棄したらしい。

「しばらくしたらラウエリア姫も泣き疲れて静かになるでしょうから、それまで放っておきましょう。アレが姫の素だということはくれぐれも内密に」

 なにせ、ラウエリア姫は、天真爛漫で美しい妖精姫または人形姫として国民に知られている。国民に現実を知られるのはイメージ戦略的にマイナスだろう。

 アウローラ姫が英雄と恋仲である件は、ラーファにとって朗報だ。王が、英雄に姫を与える
と大々的に宣言してしまったことを、どうやって有耶無耶にしようかと悩んでいたところである。ラウエリア姫でもアウローラ姫でも、姫は姫。何も問題はない。お披露目が遅くなったのは吉事が重なったために準備に時間がかかったということにすればいい。ラーファはニヤリと笑い、顔を上げた。

「至急、デザイナーを城に呼びなさい。貴方達は隙を見てアウローラ姫と英雄殿の採寸を!ウェディングドレスの相談があると事前に伝えなさい。式典の内容も見直さなくては。貴女、レミアナ嬢と仰いましたか。アウローラ姫の趣味嗜好を少しでも式典に反映させるために協力なさい」

「え?は?式典?」

 何の、と問われ、ラーファは微笑む。

「ダブル結婚式典ですね。ついでに英雄殿にも適当な位置に収まって頂きましょう。あの様子ですと、アウローラ姫には結婚後も近くに居て頂かないとラウエリア姫が暴走しそうですし、その辺りも考慮しなくては」





 レミアナは思う。

 肝心な当人たちを差し置いて、生涯における重要な案件をそこまで決めていいのだろうかと。

 未だラウエリア姫は泣き止まない。


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