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5)家族 ─ ラウエリア/レミアナ視点
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しおりを挟む───私の、家族。
連れの方達には応接室で待機して貰い、アウローラを案内したのは王の寝室。
寝台に横になっているのは痩せ細った老人にしか見えない男。ラウエリアの記憶にある王とは別人だ。
強請れば何でも買い与えてくれた王。人間関係だけは極端に許容してくれなかった王。幼い頃を思い返しても抱き締めてくれたことのない王。彼の溺愛は歪で、ラウエリアは彼の支配欲を満たす為の人形に過ぎなかった。
異母姉という比較対象がいなければ、そんな歪さに気づくことなく、何も考えず、無知なまま、狭い世界にいられただろう。今は、異母姉こそが自分の真の家族だとラウエリアは思っている。
「───国王陛下はご存命なの?」
動揺する異母姉を前に、ラウエリアは自嘲する。このような王を見ても、ラウエリアは何とも思わない。ただ事実として、そこにあるものを見ているだけ。
「身体を起こさせて、口元に液体状の食べ物を入れれば食べるし、その場で排泄もするわ。肉体的には生きていると言えるでしょうけど…、話さないし、意思の疎通もとれないし、表情も変わらないし、生きていると言えるのかはわからないわ」
室内に漂うのは、何とも言い表せない独特の匂いだ。褥瘡の、膿の匂い。それを消毒の匂いが多い隠そうとしている。排泄物の匂いは換気をすればマシになるが、本人の肉体そのものが原因の匂いは薄まることを知らない。
「───もう、私が何を問いかけても、国王陛下は何も答えてくれないのね」
悲しげに瞼を伏せ、異母姉は王から自身の表情を隠すように顔を背けた。泣きたいのだろうか、悔しいのだろうか。唇を噛み締める様から、少なくとも喜んでいるわけではないと知る。これが異母姉と王の初対面なのだと思い至り、ラウエリアは肺に溜まった重苦しい息を静かに吐き出した。
「何か、聞きたいことがあったの?」
「どうして、とか、そういう恨み言を聞かせたいだけかもしれないわね。それに対して何と応えるのか知りたいわ」
「……………」
チクリと突き刺さるような痛みを覚えてラウエリアは胸元で拳を握り締めた。疎まれても尚、異母姉にとって王は家族だったのかと思うと、目を背けてきた罪悪感が津波のように押し寄せる。
他の誰でもないラウエリアが、宰相と協力して王の死を早めた。その結果が目の前の王だ。自分の都合しか考えずに行動するあたり、ラウエリアは王に似たのだろう。
自分の妾が家臣と浮気していることに激昂した勢いで頭の血管が切れてひっくり返った───なんて、異母姉は知らなくていい。ラウエリアはそれを聞いた時、酷く情けない気持ちになった。知りたくなかったし、聞かなければ良かったと後悔したものである。
「お姉ちゃん、私ね、宰相のラーファ・マグラニール子爵を次の国王にしようと考えているの」
現国王がいる室内で言うのも酷な話かもしれない。なにせ、その現国王が死ぬ前提の話なのだ。もっとも、ラウエリアが気遣ったところで、当の本人は微動だにしないので考えるだけ無駄だろう。
「どうしてその人選なのか聞いても?」
「私もお姉ちゃんも政治に関しては素人よ。異母弟は幼くて論外だわ。ただでさえ代替わりすれば国は指導者が変わったことで疲弊する。他国から侵略を許すような隙を作る訳にはいかない。───たくさん、たくさん考えたの」
「考えたのなら良いわ。長年城にいなかった私よりララの方が状況を把握出来ているでしょう」
異母姉が安堵を滲ませて微笑む。ラウエリアは泣きそうになった。しかし泣いている場合ではない。時間は有限だ。いつ王が突然死してもおかしくはない。
「私かお姉ちゃんの夫を国王にするという形で議会の承認は得ているの。───彼と結婚するのはどちらでもいいの。お姉ちゃんはどうしたい?」
異母姉が王族としての地位を取り戻したいなら、ラウエリアは協力するつもりだ。宰相のことは好きだが、異母姉が耐え忍んできた日々を思えば身を引くことも厭わない。そう、覚悟していた。
「ふふふふ…」
ラウエリアの深刻な、思い詰めた様子をよそに、異母姉は笑い始める。酷く嬉しそうに。本当はもっと大きな声で笑いたいのを耐えているのか、やや涙目だ。
「お姉ちゃん?」
「ゼルを、英雄を返してって言われたらどうしようかと思ってたの。杞憂だったわね」
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