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5)家族 ─ ラウエリア/レミアナ視点
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しおりを挟む建設的な打ち合わせはまだいい。貴族との化かし合い、腹の探り合いは慣れないし、うんざりする。
結婚相手に自分を、あるいは自分の息子を選べと口説いてくる男が絶えないのも腹が立つ要因だろう。宰相より優秀な人物なら喜んで、と答える。ただし、何故そんなに優秀なら今まで大勢の中に埋没していたのか、明確な理由をお願いしますね、と牽制も忘れない。
中には実力行使を目論み、護衛を買収しようとする輩までいる。買収されたフリをさせて相手を罠にかけ、手当り次第潰すうちに「かの我がまま姫の本性は苛烈だ、少しでも気に入らない貴族を排除する」と噂されるようになった。王同様、無知な暴君になるだろうと好き勝手に言われている。
何と言われようとラウエリアは痛くも痒くもない。ただ、この居心地の悪い状況下に異母姉を曝したくないとは思う。
伝令からの報告によれば、異母姉は英雄と夫婦として暮らしていたらしい。英雄とやらが好奇の視線から異母姉を守れれば良いが、平民出身の男に社交界で異母姉を守れというのは酷だろう。そういう意味では英雄の肩書きなど少しも役に立たない。
ご機嫌伺いと称して約束を取り付けてきた貴族との会話を上の空で聞き流していると、伝令が駆け寄ってきた。そっと異母姉の帰還を報告され、ラウエリアは目の前の訪問者のことなど忘れて駆け出す。
名前を呼ばれたような気がしたけれど、それどころではない。脚に纒わり付くドレスの裾を両手で抱え、全速力で走る。
どうしてドレスは布地が多いのか。
どうして城は広いのか。
お待ち下さい!という嘆きと、ガシャンガシャンという鋼鉄の擦れ合う音がラウエリアの背後についてくる。護衛の騎士達が鎧姿で廊下を走る姿は脅威のようで、すれ違う人々から悲鳴が上がるが、もちろんラウエリアはそんなことに気づかない。
ただ、走る。
走って。走って。
平民にしか見えない服装の女性。気飾ればきっと別人のように輝くことだろう。例え別人のようになっても、ラウエリアは異母姉を見失ったりしない自信がある。
周囲にいた者達が身を引いていき、異母姉への道が開ける。異母姉が振り向き、目が合った。
「───お姉ちゃん!!」
と、大喜びで抱きつこうとしたが、不意に見知らぬ男が現れ、その背に異母姉を隠してしまった。慌ててラウエリアは足を止める。
たぶん、男は平民。
更に異母姉を守るように見知らぬ女も立ちはだかっている。こちらは下級貴族だろうか、それなりにしっかりした生地の服を身にまとっているようだ。
肩で息をする、のも忘れ、思わぬ障害物にラウエリアは激昂する。
「じゃまーっっっ!!!!!」
「うるさい」
服装を見ればラウエリアが高貴な存在だとわかるだろうに、平民らしき男は雑に4文字を吐き捨てる。
「あ、あの、私共はローラ───いえ、アウローラ姫の護衛でして。あのように突進する勢いでいらっしゃられますと、流石に間に入らざるを得ませんわ。何卒御容赦願います」
下級貴族らしい女による弁解で、ラウエリアは思い出したように肩で息をし始めた。肺の苦しさも、口の中に広がる血の味も、今は煩わしい。
す、と伸びてきた健康的な腕がラウエリアの頬に張り付いた髪を掃ける。視線を上げれば、異母姉が困惑しつつ、2人の邪魔者の間から手を伸ばしていた。
「えぇと…、久しぶり、ね。ラウエリア姫」
「ら…、ララって呼んでくれなきゃやだあああああ!!」
自分でも驚くほど大きな声が出た。まるで幼子のように声を上げて泣く。泣きたい訳では無いのに、泣く。涙が止まらず、異母姉の手を両手で握り、縋って泣き崩れる。これには英雄も、自称護衛の女性も、戸惑い、顔を見合わせる。周囲の者達も、動揺し、狼狽える。
「………ゼル、レミアナ。この子は見ての通りよ。裏も表もなく、この子自身に私を害するつもりは欠けらも無いわ」
だから、大丈夫よ。そう静かに護衛たちを諭し、異母姉はラウエリアを抱き締めてくれる。
ラウエリアは、異母姉以外の人間に抱き締められた覚えがない。母は多忙を極め、いつの間にか療養のために城を離れていた。父はラウエリアを溺愛はしたが、魚の泳ぐ水槽を眺めるような愛で方だった。ラウエリアと少しでも親しくなった者はすぐに遠ざけられる。まるでそれが理想の温度管理であるかのように乳母から説明されて。
───私は人形じゃない。
───魚でもない。
───ガラスケースも、水槽も要らない。冷たい水のような孤独は要らない。
抱き締めてくれる家族が欲しかった。
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