人形姫の目覚め

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5)家族 ─ ラウエリア/レミアナ視点

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「宜しいのですか、ラウエリア姫様」

 ラーファの問いに、ラウエリアは瞬く。振り向けば、ラーファが眉間のシワを普段以上に濃くしていた。あの眉間さえ力を抜けば実年齢より若く見えるのに勿体無いとラウエリアは嘆息する。あれは宜しくない。───もちろん、宰相であるラーファの問いかけの示唆するものが彼の表情のことではないのも把握している。そちらに関しては、宜しいとラウエリアは即答できる。

 彼が問いたいのは、アウローラ異母姉おねえ様を本当に連れ戻して良いのかだ。

 異母姉おねえ様は、前王妃が産んだ正当な第一子。未だ嫁いでいない以上、異母姉おねえ様か、もしくはその伴侶が国王陛下お父様の跡を継ぐべきだ。故に、戻ってきた異母姉おねえ様が反対すれば、ラーファと結託して目指しているラウエリアの未来は困難な道程になる。

 ───反対すれば、の話だが。

「宜しいに決まってるでしょう。私達の結婚と、貴方が王位を継承することを、他ならぬ異母姉おねえ様が公の場で承認してくれれば、反対している貴族たちも大義名分が得られず身動きがとれなくなる。一番手っ取り早いわ」

 元々、ラーファは公爵家の人間として、王家の親族として、順位は低いながらも王位継承権は持っている。それがラウエリアと結婚すれば繰り上がるだけ。───だというのに、国王陛下お父様に賄賂を貢いで都合よく利用してきた者達が反対の声を上げている。ラーファが王になれば、甘い汁を吸えないどころか粛清される恐れがあるからだろう。長子を差し置いて何を勝手なことをとか、彼らの騒ぐ建前はそんなところだ。

 己の利益に食らいつくハイエナ共に、例え口先だけでも異母姉おねえ様を利用されるのは許せない。異母姉おねえ様を奴らのお人形になんかさせない。

「ラウエリア姫様が連中の味方をしたらどうするおつもりです?」

 ───考えなさい。

 蘇る声。柔らかいのに感情の篭らない声。異母姉おねえ様は、公の為に私を殺せる人だ。だからこそ───

「有り得ないわ」

 に疎まれてきた異母姉おねえ様を実際に知る人は限られている。城内にすら味方がおらず、且つ国に混乱を招く恐れがあるとなれば、異母姉おねえ様はご自身の気持ちに関係なく身を引くに違いない。

 異母姉おねえ様と行動を共にしているであろう英雄。彼が国王になることも異母姉おねえ様は恐らく認めないだろう。最初は民も英雄王を歓迎するだろうが、戦でなければ英雄など不要だ。すぐに冷めるだろう。貴族たちは英雄とはいえ平民出身者の彼が頂点に立つのを快く思わないに違いない。

異母姉おねえ様はご自身の気持ちを蔑ろにしてでも公益を優先する方です」

「たった数日間しか共にいなかった相手なのに、随分とはっきり断言なさるのですね」

「ふふ、妬きました?」

 そんな異母姉おねえ様でなければ、ラウエリアの髪を自らくなどしなかっただろう。ラウエリアの厚顔ぶりを罵倒してもおかしくはない立場と境遇に置かれていたのに、異母姉おねえ様は一度も声を荒らげ無かった。



 痕跡のあった英雄の故郷から捜索を開始した。結果、生きて越えるのが困難とされる断崖絶壁に続く足跡を発見し、その先にある国に協力を打診した。

 引き換えに提示したのは我が国独自の絹織物の生産技術。今までは生産した絹織物を高値で輸出していたが、今後は指導員を派遣して隣国に生産方法を広めるのだ。将来的には生産に必要となる器具を輸出する方にシフトしていくだろう。

 元々需要は打ち止めとなる日が来てしまうのはここ数年の売れ行きの伸び悩みを見れば明白だった。本来は門外不出ですが貴国になら特別に…などとうそぶき、報酬として双方が合意出来たのは僥倖だ。

 これ以上自国内で技術を留めておくよりも、新しい刺激を受けて切磋琢磨した方が生産される絹織物にも変化が生まれるはず。伝統のデザインなどは最高級品として富裕層に提供し、今後生まれるであろう新しいデザインは幅広く提供していくことで需要の伸びを狙う。

 これがラウエリアの考えだ。自分から勉強して、自分で考えた。



「ラウエリア姫様、そろそろ打ち合わせのお時間では?」

 ラーファの指摘にラウエリアは時計を見遣り溜め息を呑み込んだ。

 待ち構えているのは単なる打ち合わせではなく、結婚式の打ち合わせだ。しかも、次期国王夫妻の、結婚式。本来は盛大に執り行うべき国家行事ながらも、現国王の病状を鑑み、簡易で済ませるつもりである。

 とはいえ、結婚する本人たちがそのつもりでも、家臣達はより盛大なものにすべきだと要所要所で過度な提案をしてくる。それに反論するのが億劫で面倒で疲れる打ち合わせなのだ。もう面倒くさいからお前らが代理で出ろよと言いたくなるくらい、億劫で仕方ない。


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