人形姫の目覚め

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4)偽装夫婦 ─ アウローラ/ギーゼル視点

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 他所者の自分を大切にしてくれた彼らにだからこそ、本当のことを伝えたい。

「───私は、フェナソチア国の第一王女、アウローラ」

「そして俺───否、私がアウローラ姫様の護衛を務めますギーゼルです。遅れて申し訳御座いません」

 食堂の入口で駆けつけたゼル───ギーゼルが騎士の礼をとる。相変わらず伊達眼鏡をしており、その不釣り合いさが面白くてアウローラは笑う。

「う…そ、え…?どういうことなの?」

「駆け落ちは嘘だったの。───いえ、嘘から出た本当まことというか、まぁ、そういうことよ」



 異母姉アウローラを保護して欲しいと異母妹ラウエリア姫から要請があったそうだ。

 現在、は危篤で、次期国王には異母妹ラウエリアの夫が就くことが祖国の議会で承認されたとのこと。隣国の新たな王に恩が売れるならと、この国は異母姉アウローラの捜索を快諾したらしい。

 国境付近の町で、フェナソチア国特有の訛りを滲ませる男女ということで、アウローラとギーゼルは早々にマークされていたようだ。食堂に客として紛れていた調査員が描いた絵姿で異母妹ラウエリアに確認をとり、確信に至ったという経緯だと説明を受けた。

 国境付近に留まらず、常に旅をしていれば見つからなかったかもしれない。それでもこの町に留まったのは、アウローラの心に、異母妹ラウエリアという未練があったから。



「私もローラと共に行くわ」

「レミアナ、聞いただろう?この御方は一国の姫君で本来お前なんかがお近付きになれる身分なんかじゃないんだ」

 兵士に連行されて馬車に乗せられるという段階で、アウローラの片側にはギーゼル。もう片側にレミアナが陣取って離れようとしない。レミアナの父は呆れつつ、娘の説得を試み始めた。アウローラとギーゼルは顔を見合わせる。

「───お父様、私ね、剣士に、騎士になりたかったの」

「お前なんかになれるわけないだろ!」

「ずっと、引きずってた。だから、ゼルが剣でなくペンを手にしていることが不満だった。彼は男で、私のなりたかったものになれるのに、ローラを理由になろうとしなくて、不満だったし憎かった」

「まさかお前、この方達に無礼を!?」

「そうね、大変失礼なことを言ったわ。でも、お二人はそんな私に笑って下さった。そして、教えて下さったの。───騎士っていうのは、武器に左右されない、心の在り方なんだって。だから私は騎士になるわ。ローラの騎士に。女性でないと同行できない場所で何か会った時、身を呈してローラを守る騎士に。私の武器は剣じゃない、女に生まれた私自身よ」

「ふざけるな!」

 激昂した父親の拳が振り上げられる。それでもレミアナは父親から目を逸らさない。逃げずに見つめ続ける。

 咄嗟にアウローラはレミアナの前に躍り出て、ギーゼルはレミアナの父の腕を捻り上げた。

「アウローラ姫様の前で野蛮な行いは謹んで頂きたい」

 ギーゼルは感情のない淡々とした声音で相手を制圧する。

「ローラ!肝心の貴女が私を身を呈して庇おうとしてどうするの!!」

「あら、でもレミアナ。貴女は私の騎士───臣下なのでしょう?臣下を守るのは主の役目だわ」

「そりゃ、守るの意味合いが違うだろ」

 呆れを隠さないギーゼルの苦言をもアウローラは笑って受け止める。

「ゼルなら動くと分かっていたもの」

「あー…、レミアナ、ローラは無茶ばかりするから守り甲斐があるぞ。俺としては、そうだな、仲間が増えるのは大歓迎だ」

「決まりね。兵団長の無礼な態度を不問にする、国際問題にしない条件として、レミアナの身柄は私が貰うわ」





「ローラが帰ると決めたなら俺としては従うが…、処刑される恐れはまだ残っているのに、本当にいいのか?」

 約一年間、二人で暮らした家で必要最低限の荷造りをしていると、ギーゼルが声を潜めて問い掛けてきた。

 部屋の入り口には見張りの兵がいる。アウローラの身柄と引き換えに、この国は一体何を得るのだろう。次期王との信頼関係以外に利益がなければ引き受けたりはしなかっただろう。アウローラとしてはギーゼルの問いよりもそちらの方が気にかかる。

「少なくとも、に殺される心配はないと思うわ。無駄にプライドの高いあの人が、異母妹ラウエリアの名前を出して、しかも他国の手を借りてまで私なんかを探すわけないもの」

 直接会った覚えのないだが、距離が遠いからこそ見えるものがある。の権力任せの乱暴な政治は、自身が弱いからこそキャンキャン騒いで無闇矢鱈と威嚇する子犬のようなものだ。自身に反論する者は片っ端から敵とみなして片付けていき、肯定する人間で周囲を固めている。そうやって箱庭に篭らないと何一つ安心できない臆病な人。

「捜索の主導が王でないというだけだろう?」

「うーん、誰かがのプライドに関わるような方法で私を捜索しても、口出しされない状況ということは、もう既には亡くなっているんじゃないかしら」

 話に混ざることなく聞き耳を立てていたレミアナがギョッとして振り向いた。


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