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4)偽装夫婦 ─ アウローラ/ギーゼル視点
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しおりを挟む「その前にひとつ聞かせて、ゼル。貴方、再び剣を手に大成したいとは思わないの?」
レミアナの真剣な問いかけに、ゼルは瞬いた。確か、レミアナは剣技が好きで、努力したが、兄には及ばないし、女だからという理由で親にも反対されて、騎士になることを断念したと言っていたような気がする。成り行きで騎士になったゼルに、彼女の気持ちはわからない。国に仕える騎士になりたい人の気持ちがわからない。
「ローラだけの騎士でいられるなら、剣でもペンでも鍬でも斧でも、うん、俺は何でもいいや」
ローラを想うだけで胸の内が満たされる感覚がする。温かい。
何故か目の前でレミアナが項垂れていた。
「降参。お願いだからそれ以上惚気ないでちょうだい」
「?」
まずは、レミアナにローラと親しくなって貰い、後々2人で一緒に服を買いに行って貰おうということになった。ギーゼルはその一歩として、レミアナと共にローラが働く食堂へと足を運んだ。
お昼を過ぎている為、客は疎ら。これなら話せるだろう。その点は問題ないが、何故かレミアナの顔色が悪い。
「お疲れ様、ゼル。………そちらの方は?」
一見穏やかに微笑んでいるのに、何故かローラの目が笑っていない。ギーゼルは首を傾げつつ、予定通り同僚を紹介するために振り返る。
「同僚のレミアナだ。レミアナ、こちらが妻のローラ」
ぎこちなく顔を見合せた女性たちは、口元だけでニッコリと微笑み合う。
「あら、奥様。先日はハンカチを拾って頂き、ありがとうございました」
「こちらこそ、度々当店をご利用頂き感謝しておりますわ」
「ふふ…」
「ふふふふ…」
笑顔なのに、背筋が凍るような寒気がする。何かを間違えたらしいと察したギーゼルが助けを求めて周囲を見渡すも、誰一人として視線を合わせようとはせず、食堂の女将までもが明後日の方向を向いている。
ギーゼルは改めて視線をぶつけ合う女性2人に向き直った。いつの間に出会っていたのか不明だが、どうやら顔見知りらしい。友好的な雰囲気ではない。よくわからないが作戦は失敗だ。大きく方向転換をしようと決意する。
「ローラ、結婚式を挙げよう」
「………け、結婚式ですか?」
ローラが大袈裟なほど慌ててギーゼルへと向き直る。彼女の瞳が自分を見ているというだけでギーゼルは嬉しくなった。
「そう。とはいえ、俺は流行に疎いから、ウェディングドレスの手配はレミアナに手伝って貰う。教会の手配は俺が職場でするとして、その他に必要なものは食堂の皆さんに相談できないかと思ってさ」
「ドレス?レミアナさんに?」
ローラの問いを受けて、レミアナは顔を背ける。
「…ゼルの頼みだもの、仕方ないじゃない、断れなかったのよ」
「まぁ!同僚の頼みを断れないなんて、レミアナさんはお優しいんですね!」
パッと表情を明るくしつつ、やたらと一部を強調するローラ。対するレミアナも何故か食い気味に返す。
「そ、う、よ!他ならぬ同僚の頼みですからね!勘違いなさらないで下さいね!」
「レミアナさんの方こそ、勘違いをなさらないで下さいね。ゼルは私の夫ですから」
ローラの口から独占欲の強い発言が飛び出してきたことに、嬉しさのあまりギーゼルは表情を緩める。
「結婚式って言っても、アンタら駆け落ちなんだろ?参列者はどうすんだい?」
食堂の女将がカウンターから身を乗り出してきた。先程そっぽを向いていたのは何だったのだろうか。
「夫婦の誓いさえ出来ればいいので、証人は食堂の皆さんにお願いしようかと。家族との縁が薄い俺たちにとって、皆さんの協力を得られたことは何よりも大切なご縁ですから。それでいいかな、ローラ」
「はい、もちろんです。でも、出来ればゼルを迎え入れて下さった役場の方達にもお祝いして頂きたいです」
結論から言えば、その夢は叶わなかった。
結婚式の準備を本格的に始めるより先に、大勢の兵士が食堂に押し寄せてきて、武器を手にアウローラを取り囲んだ。
偶然居合わせたレミアナが咄嗟に背後へとアウローラを庇う。
「レミアナ、我々の邪魔建てをするな」
「お父様、」
前に出てきた指揮官はレミアナの父親で。それでもレミアナはアウローラを引き渡そうとはしない。
「お父様、彼女は、ローラは私の友人です。納得出来る理由がなければ渡せません」
「理由、か…」
レミアナの父は、唸るように困惑を絞り出しつつローラを見遣る。
「とにかく、手荒な真似をするつもりはない。なんならお前も来るといい」
潮時なのだと、アウローラは悟った。何より、祖国の兵士たちとは異なり、目の前の人達からは敵意を感じられない。保護されるにしろ、祖国への交渉材料にされるにしろ、これ以上この町の人達に迷惑をかけるわけにはいかない。
「私の騎士であり夫であるゼルが合流したら、貴方達と共に参りましょう」
恐らく食堂の常連客がゼルを呼びに行ったはず。彼はすぐに来るだろう。
「ちょっと、ローラ!」
焦るレミアナをよそに、レミアナの父は安堵の吐息を漏らす。
「感謝致します」
「どういうことなの、ローラ」
レミアナと同じことを、食堂の女将を始め、その場に居合わせた人達が思っているのは痛いほど感じる。
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