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4)偽装夫婦 ─ アウローラ/ギーゼル視点
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しおりを挟む彼を解放すべき、という意見には賛同できても、剣が彼の幸せかという点では非常に納得がいかない。
「ローラ、何か、怒ってる?」
いつもの様に手を繋いで帰宅したが、家に着いても、家の中に入ってもゼルはローラの手を離してくれない。
ローラは真正面から、じっと、ゼルを見つめた。不安に揺れているのは自分か、彼か。
「ゼル。もし貴方が幸せになれるなら、遠慮せず私のことは捨ておいて下さい」
「───唐突すぎるだろ、どうした?」
目を白黒させる驚きよう、これはどちらなのだろう。身に覚えがないから驚いているのか、身に覚えがあるから狼狽えているのか。
「ずっと考えていました。私は貴方のお荷物になっているのでは、と。私さえいなければ、貴方はもっと自由に生きられるのに、と」
「……………、それで?」
取り敢えず聞くことにしたのか、ゼルは促してくる。
「それだけですよ」
そう、それだけ。巻き込んでしまったことへの罪悪感だけ。
貴方の人生を狂わせて、ごめんなさい。そう声に出せないのは、彼の選択をも否定することになるからだ。彼がアウローラを連れ出したのは、それが誰かの命令や頼みだからではなく、あくまで彼自身の選択だったのだと、アウローラは思いたい。
「ローラは───、ローラの方こそ、俺に良いように丸め込まれてるとは考えないの?」
「有り得ません」
ローラは反射的に即答した。ゼルはギョッとしてローラを見つめるが、ローラは平然としている。
「何を根拠に」
「私を丸め込むメリットがありませんもの」
───私を丸め込むメリットがありませんもの。
揺らがない慈愛を滲ませて、ローラはニッコリと微笑んだ。ゼル───ギーゼルは唖然とする。
ローラは目の前の男に下心があるなど、微塵も思っていないらしい。高貴な生まれながら、料理洗濯掃除が出来るあたりは姫らしくないが、こういう鈍感さはまさしく箱入り娘のお嬢様だ。
無自覚だからこそ無防備で。食堂での給仕も出来ればして欲しくない。客として訪れている連中の下心や欲望、妄想が向けられていると思うと、俺の姫を穢すな!!と吠えたくて仕方ない。
叶うなら、本当の夫婦になりたい。このまま、何も考えず、穏やかに。目の前の日々を当たり前のものに出来たら───
「俺は、この駆け落ちを、本物にしたい」
声に出してから、もし断られたらどうしようかという不安が降ってきた。目の前で、自分以外の誰かと恋に落ちる姿を見るくらいなら、押しつけでも洗脳でもいいから囲ってしまいたくて。不安より焦りの方が大きかったのだと後から知る。
ローラは突然のことに戸惑ったのだろう。ふらりと後ろに数歩下がって俯き、両手で顔を覆い隠す。
そんな彼女を、じっと見つめて、ゼルは考えた。もし断れれても、変わらず護衛として彼女を連れて祖国から逃げ続けよう。どうせゴールのない旅なのだ。時間を掛けて篭絡すればいい。卑怯だという自覚はあるが、譲れない。
「剣は、騎士は、もういいの?なりたかったのではないの?」
「え?成り行きでなっただけだから別に未練なんてないけど…」
「え?そうなの?」
顔を上げたローラは、目を涙で潤ませていた。泣かせたいわけではなかったのに、という後悔が生まれる。
「───騎士っていうのは、人生丸ごと忠誠を誓えるような主がいてこそ本物の騎士らしい。正直、王に忠誠なんて形だけしか誓ってなかったし、人生を賭けるなんて真っ平御免だと思ってたよ」
そういう意味では今の方が本物の騎士と呼べるかもしれない。ローラと出会った時、目の前にいる彼女の為に人生を大きく変えることに迷いなど一切なかった。
「ローラを一生守る覚悟は出来てる。別に夫でも護衛でも形は構わないけれど、俺以外を傍に置くのは勘弁して欲しい。ただそれだけだから、難しく考える必要はないし、無理に答えを出す必要もない。無理強いだけはしないから」
だから、泣かないで欲しい。そう思うのに、ローラの目から零れ始めた涙はボロボロと次第に粒を大きくしていく。堪らず抱き締めると、震えるローラの腕がギーゼルを抱き締め返してくれた。
そのまま言葉にならない嗚咽が、涙と共にギーゼルのシャツに染みていく。
翌日、役場に出勤したギーゼルは同僚の女性に声をかけた。
「レミアナ、サプライズで妻と結婚式を挙げようと思うんだが協力してくれないか」
相談相手は父親と兄が軍人だという女性だ。名をレミアナ。ややキツい印象の顔立ちの美人だと言えるだろう。ギーゼルの手を見て剣を扱うことを見抜いたことをキッカケにして、職場内では一番会話の多い相手である。
「………わ、私に頼むの?」
「レミアナが一番衣服に詳しそうだからな。ウェディングドレスなんて俺じゃわからんし、さりげなく採寸するなら女性同士の方がいいだろう?」
レミアナは何故か苦痛に満ちた表情で頭を抱える。
「えー、うーん、ゼルの奥様って、ローラさん、よね?食堂の」
「何だよ、今更」
「───何でも、ないわ」
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