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4)偽装夫婦 ─ アウローラ/ギーゼル視点
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しおりを挟む常に愛でられ、飾られる人形姫。
雑多に玩具箱に投げ入れられた人形姫。
よく似た姉妹だったのだと今更知ったところで、新たな関係を築く日など来ないだろう。それが、少しだけ寂しい。
そんなことを考え込んでいると、視界を大きな掌が遮った。
「ほら、足元」
そう言いながら前を歩くゼルが手を差し伸べてくる。
ほら、暗いから足元に気をつけろ。そう言いたいのだろう。ほんの三段ほどの短い階段でも、彼は必ず手を差し出す。なんなら、暗いか明るいかは関係なく、差し出す。
「ありがとう」
遠慮しても引き下がらないのは身に染みているので、アウローラは迷わず彼の手に自身の手を乗せた。
お姫様扱いしないで、と。一度苦言を呈したことがある。彼は笑って、お姫様だからじゃない、ローラだからだと。───それは、護衛対象という意味だろうか。もやもやして。でも、問えなくて。彼の手を拒むことも出来ない。
彼が好きだ。
言葉にしたら、2人で過ごす毎日は終わりを告げるだろう。彼の為に早起きをしてパンを焼くことも、休みの日に干したてのシーツの両側を2人で持ってベッドメイキングすることもなくなってしまう。
失うのが怖いからと、現状に甘えて、彼の時間を占領している。
───狡くて、我儘な人間だ。
「貴女がローラ?」
店が空いている時間、アウローラはハンカチを落とした女性客を追い掛けて店の外に出た。どこに行ったかを探す必要もなく、女性は腕組みして待ち構えていた。
「は、はい。私がローラです」
「…地味ね」
上から下まで値踏みして、容赦ない評価を下してくる。相手は華やかな顔立ちをしており、身に纏う衣服も高そうだ。
「はぁ…。あの、ハンカチ落としましたよ」
「わざとよ」
アウローラの手からハンカチは奪い取られる。持ち主の元に返っただけなのだが、何だか釈然としない。関わりたくないなと、アウローラは心のままに頭を下げる。
「では、私はこれで」
「待ちなさい。私の用事は終わってないわ。貴女、ゼルと別れなさい」
「そう言った御用でしたら、ゼルにお伝え下さい」
彼女とゼルが親密な関係なら、偽装夫婦関係を精算するためにゼルは動くかもしれない。それならそれで良い。アウローラは改めて彼が好きだと伝える機会を得られるだろう。同時に終わるとしても、今の歪な関係よりはマシかもしれない。
彼女が一方的にゼルを好いているのだとしたら、そんなことを言い出す女を彼が好きになるとは思えないので、是非玉砕してきて頂きたい。これに関してはアウローラが口を挟めることではない。
「彼は剣士でしょう」
踵を返したアウローラの背に、彼女の言葉が刺さる。
「───何のことでしょう」
「彼の手にあるのは剣ダコだわ。筋肉のつき方を見ても、現役に見える。脚や肩を故障している様子はない。そんな彼が役所でデスクワークをしているのは何故?彼が自分を偽っているのは貴女の為なのではなくて?」
彼は未だに、木刀で素振りをしたり、家の周りを走ったり、己を鍛えている。いざと言う時のために。
彼を犠牲にしている、その自覚はある。アウローラは軽く目を閉じ、言葉を探した。
「───やはり、私に言えることは何もありません」
「貴女が何者か知らないけれど、彼を解放してあげなさい。彼はこんな田舎で燻っていていい人間ではないわ。私にはわかるの」
何がわかると言うのだろう。一緒に暮らしていても、ゼルが何故アウローラを守ろうとするのか、アウローラには何も分からないのに。
「───彼はクルミが嫌いなんです」
「は?」
「レーズン入りのパンが好きで、焼きたてを見ただけで子供のように、幸せそうに笑うんです。貴女は、彼が何に幸せを覚えるのか、知っていますか?剣を握る才能があっても、それを幸せだと思うかは別です。私は他ならぬ彼の幸せを望んでおります」
剣を握ることで彼が幸せなら、それでも構わない。アウローラが離れることで彼が幸せなら、それでも構わない。
叶うことなら、彼の幸せそうな笑顔を、誰よりも傍で見守りたい。それがアウローラにとっての幸せとなるだろう。
彼と巡り会えたこと。アウローラは生涯、その奇跡を、彼という幸福を忘れないだろう。
「目の前のことより、もっと大局を見据えなさい。剣士として上り詰めて名声を得て、最期に幸せだったと思える人生の方が良いに決まってるわ」
ゼルは夜中に悪夢で飛び起きることがある。己の掌を見つめて、大量の汗を拭うのだ。隣で眠るアウローラは知らないふりをする。少なくとも、彼の手がこれ以上誰かを殺めることはないまま過ぎで欲しいと祈るばかりだ。
「それは彼が決めること。私や貴女が決めることではありません」
何の権利があってこの人は口を出すのか。わからないが、彼女は彼女なりにゼルを想っているのだろう。
アウローラは改めて彼女に向き直った。派手な顔立ちの彼女はたじろぐ。
「な、何」
「───私は今の彼が好きです。それではごきげんよう」
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