人形姫の目覚め

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4)偽装夫婦 ─ アウローラ/ギーゼル視点

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「ローラちゃん、さっきと同じヤツもう1皿くれ!」

「ローラちゃん、こっちも頼むよ~」

「はーい!」

 お盆を両手にフロアをくるくる給仕して回るローラは地元の客達から大人気だ。シフトに入った途端、あちこちから声を掛けられる。

「ローラちゃん可愛いよなぁ」

「そりゃ親御さんは嫁にやりたくなかっただろうよ」

「いやいや、駆け落ちの原因はそこじゃないらしい。何でも、ローラちゃんの妹がえらい可愛くて、ローラちゃんは変な男の所に売られそうになったんだとよ」

「へぇ、それで駆け落ちか。あの兄ちゃんもやるなぁ」

「兄ちゃんの方は上司から縁談を押し付けられて断れそうになかったとか言ってなかったか?」

「まぁ、あんだけ男前なら当然だろうよ。俺らには縁のない話だわなぁ!」

 ガハハハハハッと男達は笑う。

 せめて本人のいないところで噂をしてくれないだろうかと、ローラ───アウローラは思うが、苦笑するに留めた。下手に否定して根掘り葉掘り聞かれたら困るのはアウローラ達の方である。

 国境を越え、祖国とは可もなく不可もない友好関係にある隣国に辿り着いた。険し過ぎて挑む者がいないという断崖絶壁をどうやって越えたのか、アウローラの意識は朦朧としていた為、全く記憶にない。心に残ったのはゼルの背中の温もりだけだ。

 最初は警戒していた町の人達も、アウローラが育った境遇などを掻い摘んで(都合良く誤解されるように)説明したら同情をしてくれ、何やかんやと世話を焼いてくれている。

 アウローラは日中、町の食堂で給仕をしている。

 一方のゼルは町の役場で文官の仕事中だ。単に文字を読めるだけではなく、貴族の書く複雑な言い回しを噛み砕いて説明出来る為、かなり重宝されているらしい。当初、役場には仕事の斡旋を依頼しに行ったはずなのに、偶然助け舟を出したら、何故かそのまま働くことになってしまったのだとか。まさか、兵士だった彼が眼鏡をかけて文官の仕事をしているなど、誰も想像しないだろう。

 一度、食堂の女将の付き添いで役場に届け物をしに行ったら、普段ニコリともしないゼルが受付に立ち、穏やかな笑顔で女性達を骨抜きにしていたのは衝撃的だった。

 彼にどんな事情があるか、ローラは知らない。本名も知らない。知っているのは抜け殻になった彼の故郷、野生動物を剣で薙ぎ払う力強さ、アウローラを抱えて国境を越えられる逞しさ。

「今日も繁盛してるな」

 仕事を終えたゼルが店に顔を出す。彼の顔を見ると安堵で表情が緩むのを止められない。

「ゼル!お疲れ様」

「ローラこそお疲れ。今日は無理してないか?大丈夫か?」

 笑って欲しいのに、ゼルは困ったように眉根を寄せてしまう。

 周囲の客が「過保護だぞ、旦那ぁ」と騒ぎ立てる。周りがそう言うのも無理はない。

 ゼルはローラを食堂に送ってから仕事に行き、仕事が終わると真っ先に食堂に迎えに来る。食堂のすぐ隣に住んでいるのに送迎を欠かさない。彼はローラを1人にしないよう、かなり気を使っているのだ。

 一人の時間が欲しいなら考えるとも言われたが、守られている自覚があるのでローラは黙って受け入れている。

 そう言う貴方こそ、と問い返したことがある。すると彼は気まずそうに、常に家族全員が一室に並んで眠る環境で育ったから一人の方が落ち着かないと答えた。───何故か、そんな彼を可愛いと、不躾にも思ってしまった。

「うるさい。お前らみたいなのが絡むから俺だって過保護になるんだよ」

「もう、ゼル!ムキにならないで。かえって恥ずかしいわ」

 仮初の夫婦なのに、彼の人生を縛り付けている。その事実に胸がぎゅ…っと押し潰される気がして、苦しい。



 ゼルは、どうして自分を助けてくれるのだろう。

 ラウエリア姫に「異母姉おねえ様」と呼ばれる現場に居合わせたのだ。ゼルは、ローラがアウローラ姫だと知っているはず。故郷を失った原因だと、責められても仕方ない。憎まれても仕方ない。それどころか、憂う必要はないと慰められてしまった。

 ───彼が好き。

 自覚すると泣きたくなる。彼を想うなんて烏滸がましい。そんな資格はない。状況からくる気の迷いだと思うことにした。いつか夢から覚める日が来るはずだ。

「なんか、落ち込んでる?」

 ゼルが顔を覗き込んでくる。ローラは笑みを浮かべて応えた。それが義務であるかのように。

「気のせいよ。でも、そうね、少し疲れたのかも…」

 視線を逸らして、ローラは逃げるようにゼルの隣をすり抜ける。ゼルの視線に浮かぶ感情を知りたくないと思った。純粋な心配かもしれない、義理かもしれない、嘲笑ではないと思いたい。

 知りたいけれど、知りたくない。こんな矛盾、閉じ込められた屋敷の中では覚えなかった。あの屋敷は今とは違う意味で息苦しかった。

 ラウエリア姫が王の溺愛する愛玩人形と揶揄されるように、アウローラもまた乱雑に玩具箱に仕舞われた人形だったのだ。箱が開く日を夢見ていた。同時に、開いたら最後、捨てられるのだと悟って諦めていた。

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