人形姫の目覚め

ひづき

文字の大きさ
上 下
13 / 25
3)目覚めた人形姫 ─ ラウエリア/宰相視点

13

しおりを挟む




「───どうかお仕事のお手伝いをさせて下さい。ここまで育てて頂いた恩を返したいのです」

 決して、わたくしに何か出来ることは?などとは問いかけない。タカが外れて父娘以上のことを要求されることを警戒し、ラウエリアは己の望みを“貴方の為に”という体のいいオブラートに包んで突きつけているのだ。

 国政に携わるのは一朝一夕では無理である。ラウエリアはあまりに無知だ。しかし、何らかの形で国政に影響を及ぼせるようにならないと権力は手に入らない。宰相を懐柔して篭絡すれば、彼経由で権力を行使できるようになるかもしれないが、それもどこまで通用するかは不透明だ。同時進行で他の道を探るのは必然。



 こうしている間にも異母姉アウローラはどうしているだろう。

 異母姉アウローラが英雄によって連れ去られたらしいと宰相───マグラニール子爵から聞かされた。戦争への不安から暴動などが起きないように、英雄というマスコットを使い民を洗脳してきた。尚且つ、姫を英雄に嫁がせると発表済みであり、国民に結婚した2人をいつまでも披露しないのは要らぬ不満を煽りかねない。

 国への不満を、英雄と呼ばれた男が異母姉アウローラに向けていないだろうか。

 望まず、の都合だけで英雄に祭り上げられた男なのだという。到底、清廉潔白とは信じられない。善人とも限らない。の浅はかさに嫌気がさす。

 異母姉アウローラが酷い目に遭う前に兵士達を捜索に派遣したいのに、異母姉アウローラを厄介払いできたとしか考えていない。英雄についても、手に入るはずだった名誉や富を投げ出した愚か者、くらいにしか思っていない。

 名誉や富などより大切な物がある人だっているというのに、は自身の価値観が世の全てだとでも思っているらしい。

 英雄が、を恨んでいて、その恨みを異母姉アウローラにぶつけていたらと思うと不安で仕方ない。と対面した直後は特に不安が強くなる。

 退室し、廊下で1人になると、ラウエリアは堪らず両手を祈りの形に握った。

「お姉ちゃん────」





 ラーファ・マグラニールは、偶然、ラウエリア姫の呟きを耳にしていた。隠れるつもりはなかったが、思わず立ち止まった為、結果的には隠れたことになるのだろう。

 ───お姉ちゃん

 現国王には5人の子供がいる。前王妃の娘であり、王の長子アウローラ姫。現王妃の娘、ラウエリア姫。他に妾達の子───2人の姫と1人の王子。

 ラウエリア姫にとっての姉といえばアウローラ姫かと思われるが、2人はついこの間まで面識がなかったはず。一緒にいたのも数日間だけだったと記憶している。それなのに何故そこまで絞り出すような声で祈るように呼ぶのか。

 家出騒ぎから戻ってきたラウエリア姫は、表情が変わったような気がする。今まで人形姫と呼ばれるに相応しい、王の愛玩動物でしかなかったのに。ラーファのことなど、歯牙にもかけなかったのに、突然「宰相殿」と呼び、ラーファを個人として認識し始めた。

 ───わたくし、貴方様のことをお慕いしております。

 耳に残る甘い声は毒でしかない。見え透いた嘘なのに、手を伸ばしたくて仕方ない。触れたらどんなに柔らかいのだろう、口に含んだらどんなに甘いのだろう。慈愛に満ちた笑みは作り物だと分かっていても縋りたくなる。

 ラウエリア姫の魔性は実父・・に似たのだろう。



 マグラニール公爵家は代々宰相を勤める家だ。第二の王家とも言われるほど、王家に血が近い。例え王家が絶えてもマグラニール公爵家があれば何も問題ない程に。

 ラウエリア姫の父親は現国王ではなく、現国王の弟だ。現国王は即位するなり、弟に濡れ衣を着せて処刑し、弟の婚約者だった現王妃を無理やり奪った。辱められた時には既にラウエリア姫を身篭っていたのだが、医師の協力を仰ぎ、妊娠時期を誤魔化して現国王の子と偽ったらしい。───もちろん、現国王は知らない。知っていたら、ラウエリア姫は確実にこの世にいない。

 亡くなった王弟は、万人を魅了する男だった。先代国王夫妻は長子である現国王を蔑ろにし、次男である王弟ばかりを優遇してきた。現在、国王が長子であるアウローラ姫を蔑ろにするのも、そういった幼少期が原因かもしれない。

 そんなことを考えながら、ラーファは国王の執務室に足を運ぶ。珍しく国王はデスクに腰掛けていた。普段、国王は執務室の隣にある、仮眠室とは名ばかりの私室で妾達を侍らせて如何わしいことをしており、ろくに公務など行わない。行ったとしても、書類を読まずにサインをするだけ。

 たくさん妾がいるのに子供が5人で済んでいるのは、妊娠して体型が崩れると用済み扱いされることが分かっている女性達が細心の注意を払っているからに他ならない。妾でさえいれば贅沢な生活が保証されているのだから、彼女たちも生活のために必死だ。

「宰相よ、侍女からお前がラウエリアと内緒話をしていたとの報告が上がっている。申し開きはあるか」

 どんなに妾がいても、王が恋焦がれるのは現王妃だけ。現王妃は、愛した婚約者を殺されて以来、表情が無くなってしまった。壊れた人形に興味を無くした分、王はラウエリア姫に執着する。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】不協和音を奏で続ける二人の関係

つくも茄子
ファンタジー
留学から戻られた王太子からの突然の婚約破棄宣言をされた公爵令嬢。王太子は婚約者の悪事を告発する始末。賄賂?不正?一体何のことなのか周囲も理解できずに途方にくれる。冤罪だと静かに諭す公爵令嬢と激昂する王太子。相反する二人の仲は実は出会った当初からのものだった。王弟を父に帝国皇女を母に持つ血統書付きの公爵令嬢と成り上がりの側妃を母に持つ王太子。貴族然とした計算高く浪費家の婚約者と嫌悪する王太子は公爵令嬢の価値を理解できなかった。それは八年前も今も同じ。二人は互いに理解できない。何故そうなってしまったのか。婚約が白紙となった時、どのような結末がまっているのかは誰にも分からない。

ここは貴方の国ではありませんよ

水姫
ファンタジー
傲慢な王子は自分の置かれている状況も理解出来ませんでした。 厄介ごとが多いですね。 裏を司る一族は見極めてから調整に働くようです。…まぁ、手遅れでしたけど。 ※過去に投稿したモノを手直し後再度投稿しています。

何もできない妻が愛する隻眼騎士のためにできること

大森 樹
恋愛
辺境伯の娘であるナディアは、幼い頃ドラゴンに襲われているところを騎士エドムンドに助けられた。 それから十年が経過し、成長したナディアは国王陛下からあるお願いをされる。その願いとは『エドムンドとの結婚』だった。 幼い頃から憧れていたエドムンドとの結婚は、ナディアにとって願ってもいないことだったが、その結婚は妻というよりは『世話係』のようなものだった。 誰よりも強い騎士団長だったエドムンドは、ある事件で左目を失ってから騎士をやめ、酒を浴びるほど飲み、自堕落な生活を送っているため今はもう英雄とは思えない姿になっていた。 貴族令嬢らしいことは何もできない仮の妻が、愛する隻眼騎士のためにできることはあるのか? 前向き一途な辺境伯令嬢×俺様で不器用な最強騎士の物語です。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

モブで可哀相? いえ、幸せです!

みけの
ファンタジー
私のお姉さんは“恋愛ゲームのヒロイン”で、私はゲームの中で“モブ”だそうだ。 “あんたはモブで可哀相”。 お姉さんはそう、思ってくれているけど……私、可哀相なの?

(完結)初恋の勇者が選んだのは聖女の……でした

青空一夏
ファンタジー
私はアイラ、ジャスミン子爵家の長女だ。私には可愛らしい妹リリーがおり、リリーは両親やお兄様から溺愛されていた。私はこの国の基準では不器量で女性らしくなく恥ずべき存在だと思われていた。 この国の女性美の基準は小柄で華奢で編み物と刺繍が得意であること。風が吹けば飛ぶような儚げな風情の容姿が好まれ家庭的であることが大事だった。 私は読書と剣術、魔法が大好き。刺繍やレース編みなんて大嫌いだった。 そんな私は恋なんてしないと思っていたけれど一目惚れ。その男の子も私に気があると思っていた私は大人になってから自分の手柄を彼に譲る……そして彼は勇者になるのだが…… 勇者と聖女と魔物が出てくるファンタジー。ざまぁ要素あり。姉妹格差。ゆるふわ設定ご都合主義。中世ヨーロッパ風異世界。 ラブファンタジーのつもり……です。最後はヒロインが幸せになり、ヒロインを裏切った者は不幸になるという安心設定。因果応報の世界。

王太子妃が我慢しなさい ~姉妹差別を受けていた姉がもっとひどい兄弟差別を受けていた王太子に嫁ぎました~

玄未マオ
ファンタジー
メディア王家に伝わる古い呪いで第一王子は家族からも畏怖されていた。 その王子の元に姉妹差別を受けていたメルが嫁ぐことになるが、その事情とは? ヒロインは姉妹差別され育っていますが、言いたいことはきっちりいう子です。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

処理中です...