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3)目覚めた人形姫 ─ ラウエリア/宰相視点
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しおりを挟む「───どうかお仕事のお手伝いをさせて下さい。ここまで育てて頂いた恩を返したいのです」
決して、私に何か出来ることは?などとは問いかけない。タカが外れて父娘以上のことを要求されることを警戒し、ラウエリアは己の望みを“貴方の為に”という体のいいオブラートに包んで突きつけているのだ。
国政に携わるのは一朝一夕では無理である。ラウエリアはあまりに無知だ。しかし、何らかの形で国政に影響を及ぼせるようにならないと権力は手に入らない。宰相を懐柔して篭絡すれば、彼経由で権力を行使できるようになるかもしれないが、それもどこまで通用するかは不透明だ。同時進行で他の道を探るのは必然。
こうしている間にも異母姉はどうしているだろう。
異母姉が英雄によって連れ去られたらしいと宰相───マグラニール子爵から聞かされた。戦争への不安から暴動などが起きないように、英雄というマスコットを使い民を洗脳してきた。尚且つ、姫を英雄に嫁がせると発表済みであり、国民に結婚した2人をいつまでも披露しないのは要らぬ不満を煽りかねない。
国への不満を、英雄と呼ばれた男が異母姉に向けていないだろうか。
望まず、王の都合だけで英雄に祭り上げられた男なのだという。到底、清廉潔白とは信じられない。善人とも限らない。王の浅はかさに嫌気がさす。
異母姉が酷い目に遭う前に兵士達を捜索に派遣したいのに、王は異母姉を厄介払いできたとしか考えていない。英雄についても、手に入るはずだった名誉や富を投げ出した愚か者、くらいにしか思っていない。
名誉や富などより大切な物がある人だっているというのに、王は自身の価値観が世の全てだとでも思っているらしい。
英雄が、王を恨んでいて、その恨みを異母姉にぶつけていたらと思うと不安で仕方ない。王と対面した直後は特に不安が強くなる。
退室し、廊下で1人になると、ラウエリアは堪らず両手を祈りの形に握った。
「お姉ちゃん────」
ラーファ・マグラニールは、偶然、ラウエリア姫の呟きを耳にしていた。隠れるつもりはなかったが、思わず立ち止まった為、結果的には隠れたことになるのだろう。
───お姉ちゃん
現国王には5人の子供がいる。前王妃の娘であり、王の長子アウローラ姫。現王妃の娘、ラウエリア姫。他に妾達の子───2人の姫と1人の王子。
ラウエリア姫にとっての姉といえばアウローラ姫かと思われるが、2人はついこの間まで面識がなかったはず。一緒にいたのも数日間だけだったと記憶している。それなのに何故そこまで絞り出すような声で祈るように呼ぶのか。
家出騒ぎから戻ってきたラウエリア姫は、表情が変わったような気がする。今まで人形姫と呼ばれるに相応しい、王の愛玩動物でしかなかったのに。ラーファのことなど、歯牙にもかけなかったのに、突然「宰相殿」と呼び、ラーファを個人として認識し始めた。
───私、貴方様のことをお慕いしております。
耳に残る甘い声は毒でしかない。見え透いた嘘なのに、手を伸ばしたくて仕方ない。触れたらどんなに柔らかいのだろう、口に含んだらどんなに甘いのだろう。慈愛に満ちた笑みは作り物だと分かっていても縋りたくなる。
ラウエリア姫の魔性は実父に似たのだろう。
マグラニール公爵家は代々宰相を勤める家だ。第二の王家とも言われるほど、王家に血が近い。例え王家が絶えてもマグラニール公爵家があれば何も問題ない程に。
ラウエリア姫の父親は現国王ではなく、現国王の弟だ。現国王は即位するなり、弟に濡れ衣を着せて処刑し、弟の婚約者だった現王妃を無理やり奪った。辱められた時には既にラウエリア姫を身篭っていたのだが、医師の協力を仰ぎ、妊娠時期を誤魔化して現国王の子と偽ったらしい。───もちろん、現国王は知らない。知っていたら、ラウエリア姫は確実にこの世にいない。
亡くなった王弟は、万人を魅了する男だった。先代国王夫妻は長子である現国王を蔑ろにし、次男である王弟ばかりを優遇してきた。現在、国王が長子であるアウローラ姫を蔑ろにするのも、そういった幼少期が原因かもしれない。
そんなことを考えながら、ラーファは国王の執務室に足を運ぶ。珍しく国王はデスクに腰掛けていた。普段、国王は執務室の隣にある、仮眠室とは名ばかりの私室で妾達を侍らせて如何わしいことをしており、ろくに公務など行わない。行ったとしても、書類を読まずにサインをするだけ。
たくさん妾がいるのに子供が5人で済んでいるのは、妊娠して体型が崩れると用済み扱いされることが分かっている女性達が細心の注意を払っているからに他ならない。妾でさえいれば贅沢な生活が保証されているのだから、彼女たちも生活のために必死だ。
「宰相よ、侍女からお前がラウエリアと内緒話をしていたとの報告が上がっている。申し開きはあるか」
どんなに妾がいても、王が恋焦がれるのは現王妃だけ。現王妃は、愛した婚約者を殺されて以来、表情が無くなってしまった。壊れた人形に興味を無くした分、王はラウエリア姫に執着する。
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