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3)目覚めた人形姫 ─ ラウエリア/宰相視点
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しおりを挟む「ねぇ、宰相殿。この国は女性に王位継承権を認めてはいないのよね?───でも、姫の夫が即位した例はあるのかしら?」
「は?───そうですね、確か120年程前にあったと記憶しております」
話題の転換に目を白黒させつつも、宰相はしっかりと答えてくれた。ラウエリアはそのことに満足し、手を叩いて喜んでみせる。
「素敵!恋い慕う方と共に、生まれ育った城で新しい家庭を築けるなんて羨ましいわ。英雄殿との縁談が無くなった以上、私にもまだ機会はあるかしら?」
ラウエリアは今まで無邪気さを隠さず生きてきた。故に、あからさまな思考誘導でさえ無邪気の延長としか思われないだろうという確信があった。
「それは───」
「わかってるわ。国王陛下は未だご健在だもの、望みは薄いでしょう。どうせ結ばれない恋なら、理想を思い描くのは自由ではなくて?」
今、王が急死すれば、どうなるか。ラウエリアには一応異母弟がいる。平民出身の妾が産んだ子で、未だ乳飲み子。貴族家の後ろ盾はない。宰相がその気になれば取るに足りない相手であり、容易にラウエリアの夫は玉座に座れるだろう。
そのラウエリアの恋い慕う相手が己ならば───、と宰相の思考は計算し始めていることだろう。宰相は心ここに在らずといった様子で立ち尽くしている。
当然、ラウエリアは宰相に恋なんてしていない。ラウエリアにメリットがある分、英雄よりも好ましい相手であることは確かである。
ラウエリアと結婚した宰相が即位したとしても、王位継承権はラウエリアの産んだ子にしか渡らない。もし宰相になった王がよその女に子供を産ませたところで、そちらが得るものは何も無い。
異母姉を守る、その為の権力が手に入るなら誰と結婚しても構わない。
そもそも、王が英雄にラウエリアを降嫁させようとしたこと自体、よく考えればおかしい。
平民出身の騎士との生活が上手くいくとは考えていなかっただろう。───むしろ、上手くいかないことが前提条件の縁談だったならば?
ラウエリアを密かに回収し、そのまま己の手篭めにする為に、表向き降嫁させるつもりだったとしたら───?
ラウエリアは身震いする。気持ちの悪い話だが、有り得ない話しではない。実際、そういった類の童話も存在する。あの男なら考えそうなことだ。
…それはそれで英雄と破談になった理由がわからない。どんなに相手が固辞しても権力で押し切れば済む話だろう。下手な貴族に一度降嫁させて弱みを握られるよりも、平民出身の成り上がりの方が都合よく進んだはず。王家の姫を娶れるような平民出身者なんて、そうそう現れないというのに。
───考えても仕方のないことだ。
今、自分に出来ることをしよう。ラウエリアはそう決意した。
異母姉の無事を祈ること。
宰相───マグラニール子爵を篭絡すること。マグラニール子爵は現マグラニール公爵の弟だ。先代のマグラニール公爵が複数の爵位を持っていたため、その一つを譲り受けて分家の子爵家を興した。本家の公爵に子供がいるため、独身のままでも特に困ることの無い、ある意味恵まれた環境にいる人だ。ラウエリアにとって大変都合が良い。
子爵から国王になったところで子爵位は兄の公爵にでも返却すればいいだけ。元を辿れば王家から分離した家なので、血筋としても申し分ない。しかも国政や実務を誰よりも把握している国の頭脳。
───私、貴方様のことをお慕いしております。
侍女に聞かれないよう、ラウエリアは吐息だけでマグラニール子爵に囁いた。
「あら、国王陛下。何だかお顔の色が悪くありません?」
王は毎食共に摂ることをラウエリアに求めるが、今考えればそれも異常だろう。他にも異母弟妹がいるのにも関わらず、2人きりで食卓を囲むのだ。
───夫婦でもあるまいし、何故。そんな疑問に行き着いた時には怖気がして気持ち悪かった。ラウエリアの産みの母が王に手篭めにされた時、ちょうど今のラウエリアと同じくらいの年齢だったと聞いている。
考えないことでラウエリアは自分自身を守っていたのだと知る。周りが考えなくていいとラウエリアに植え付けて来たのも、もしかしたらラウエリアの心を守るためのものだったのかもしれない。善意的に解釈すれば、そういう側面もある、程度かもしれないが。
王がラウエリアに向ける視線、そこに含まれる異常な欲望。気づかなければ、考えなければ、ラウエリアは父親に愛される幸せな娘のままでいられただろう。しかし、それでは異母姉を守る力を手に入れられない。
「ふむ、最近どうにも疲れやすくてな」
じわじわと苛まれている。
「まぁ…!───国王陛下、私に、お仕事を手伝わせて頂けませんか?」
「何だと?」
表情を険しくさせた王を安心させる為に、ラウエリアは柔らかく甘く表情を緩める。
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