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3)目覚めた人形姫 ─ ラウエリア/宰相視点
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しおりを挟む不自然なほど、互いに異母姉のことも、英雄と呼ばれる男のことも話題には出さない。上辺だけの王と姫の会話は大変寒々しく、この上なく退屈に感じられた。
それにしても。英雄まで話題に出ないのは何故だろう。結婚の話はどうなったのだろうか。
味方も足りないが、情報も足りない。
私室に戻ったラウエリアがベルを鳴らせば新顔の侍女が現れた。今までラウエリア付きだった侍女は皆異動になったのかもしれない。下手したらラウエリアの勝手な行動のせいで罰を受けているかもしれない。今更ながら申し訳ない。
自分のせいで酷い目に遭っている人達がいるかも、なんて、ラウエリアは今まで考えたことがなかった。誰しもが絶対服従して保身に走る、その異様さを思えば当然行き着く発想だ。考えることを放棄したツケが重い。
「お呼びでしょうか」
今まで目を背けてきた、その事実を受け止めて、ラウエリアは柔らかく微笑む。
「国王陛下に聞き忘れたことがあるの。私と英雄殿との婚儀はいつかしら?あと、それまでに私のすべき事は何?貴女でわからないのなら、答えられる人物を呼んできて」
澱みなく伝えても、新顔の侍女は何も違和感を覚えなかったようだ。ラウエリアは安堵する。そのようなことを気にかける必要はありません、と言われることも想定していた。
英雄はどのような人物なのだろう。異母姉を助けるために利用出来る人物であることを祈る。
連れ去られた異母姉は、どうしているだろう。無事であって欲しい。
「婚姻は取り止めになりました」
部屋に現れた宰相の言葉に、ラウエリアは瞬いた。
「そう…」
ここで、何故、などと聞くのは、普段のラウエリア姫らしくない。だから、頷き、そのまま俯く。
「せっかく覚悟を決めましたのに、私が愚かなせいですわね…」
「ラウエリア姫様のせいでは御座いませんよ」
声を震わせれば、宰相は狼狽える様子を見せた。宰相は痩身(比較対象の父が肥満体型なのでそう見えるだけかもしれない)で、ラウエリアより10歳ほど上の方だ。常に王の陰にいる男。
王は宰相の傀儡なのだと、王はろくに仕事をしていないのだという噂をラウエリアも聞いたことがある。
なにせ城育ちなので、侍女の立ち話や井戸端会議を盗み聞きする機会は幾らでもあった。自分を溺愛してくれる王と、自分を姫としか扱わない使用人達、今まで前者の方が信頼度が高かった為に噂など信じていなかっただけ。状況が変わり、今なら咎められても考えることを投げ出さないだけの覚悟がある。
「宰相殿に、その、御相談したい事があるのです」
「私に、ですか?」
頷き、壁の花と化している侍女を一瞥して、ラウエリアはもっと近くへと手招きする。手の届く範囲に来た宰相へと、しがみつく様に近づき、声を潜めるために彼の耳元へ手をかざした。その近さに動揺した彼を離すつもりなどない。
───実は私、長年お慕いしている殿方がいるのです。
「!」
ぎょ、とした宰相が飛び退く。
ラウエリアは目を細めて微笑んだ。
「私はこの想いを諦めなくても良いと思う?」
「それ、は、」
王に知られれば、相手は殺されるだろう。───かと言って、何か間違いが起こってから連帯責任を取らされるようでも困るのだろう。宰相は目を泳がせ、銅像のように身動きしない侍女を一瞥した。
「ひ、姫様」
躊躇いがちに、すす、と宰相自ら改めてラウエリアに近づいてきた。
───その、お相手は一体どなたなのです?
「ふふ、」
ラウエリアは、整った指先で、宰相の胸元を指さし、とん、と軽く押す。
「姫様、」
「酷い人。知らないフリをしていらっしゃるの?それとも本当にわからないのかしら」
ラウエリアは艶然と微笑んだ。もちろん意図的に、である。
「………いや、そんな、まさか、ご冗談を」
こんな単純なハニートラップに、まさか宰相が食いつくなどと予想していなかった。それがラウエリアの本音である。小説に登場した悪女に憧れ、鏡に向かい含みのある笑みを繰り返し練習した、そんな思い出したくもない幼少期の一場面が役に立つ日が来るなんて。
「冗談なんて口にした覚えはないのだけど」
当然、明言もしていない。意味ありげに匂わせただけである。
───この国、大丈夫かしら?
王がアレで、宰相がコレ。ラウエリアは、じっと宰相を見つめる。見つめられた宰相はあわあわしているが、ラウエリアは見つめ続ける。あとは勝手に都合よく解釈してくれるだろうと判断し、心の中では別のことを考えていた。
───この国の王位継承権第一位って…?
愛玩動物か人形のように生きてきたラウエリアは、今更過ぎる疑問に頭を悩ませた。
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