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3)目覚めた人形姫 ─ ラウエリア/宰相視点
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しおりを挟むラウエリアは道中無言のまま、馬車の外を流れる景色を眺めていた。普段なら同乗している者達と楽しく会話をするのだが、今のラウエリアは同乗者の顔も見たくなかった。
同乗者は、誰よりも異母姉の無実を知りながら保身を選んだ侍女だ。彼女も俯き、顔を上げようとはしない。
───考えなさい。
耳に残る異母姉の声に耳を澄ませて目を閉じる。幼い頃から『何も考えなくていいのです』と乳母や教育係から繰り返し言われて育った。
『考えるのは殿方の仕事、貴女様はその隣で美しく微笑んでいるだけでいいのです』
疑問に思ったことを口に出す度にそう窘められて育った。考えなくていい、むしろ、考えてはいけない。ずっと、そういものだと思っていた。
───考えなさい。
異母姉だけが、ラウエリアに考えろと言った。
だから、ラウエリアは考える。人間には考える力があるのに、どうして自分だけが考えることを放棄しなくてはならなかったのか。
保身の為に異母姉を庇わなかった侍女達のように、多くの人が自身の都合で生きていて。都合が悪ければ目を瞑るし、口を閉ざす。そういうものなのだと今回の件で初めて気がついた。
───私が考えるようになると、大勢の人にとって不都合だった?
異母姉に侍女の名前を聞かれたことを思い出す。侍女は侍女なのに何故そんなことを聞かれたのか、ラウエリアはわからなかった。素直に答えたあの時、異母姉は苦い物を口にしたかのような表情をしていたように思う。
『貴女様は唯一無二の姫君なのです。侍女や使用人如きを個人として認識してはいけません』
特定の侍女や使用人と仲良くなる度、仲良くなった相手は翌日には姿を消していて。どうしてと泣く幼いラウエリアは乳母から繰り返し窘められた。
姫とはそういうものなのだと、いつしか諦めが染み付いて。
同じ姫のはずなのに、異母姉は、ラウエリアとは全く異なる環境にいた。それは何故なのか。
『何も考えなくていいのです』
───考えなさい。
相反する教えを前に、ラウエリアの心は揺れる。心の指すまま選ぶのならば、ラウエリアはずっと自分で考えてみたかったのだ。誰かと仲良くなりたかった。互いに名前を呼んで、個人として向き合いたかった。
目の前にいる侍女を含め、周囲には誰もラウエリアを個人として見てくれる人はいない。あくまで姫なのだ。個人として見てくれた人は皆ラウエリアの前からいなくなってしまう。異母姉もどこかへ行ってしまった。
異母姉を無罪にしたいのならば、異母姉様を助けて!と父に懇願するのは悪手だろう。ラウエリアの教育については逐一父に報告が上がっていると思った方がいい。報告を受けた父が、ラウエリアと仲良くなった個人を片っ端から排除している可能性がある以上、縋り着けば尚更異母姉を危険に曝すことになりかねない。
溺愛してくれる、最愛の父。
ラウエリアにとっての絶対だった父が、今はその容貌さえ思い出せない。自分も父を愛していると思っていたが、今はもうわからない。父しかラウエリアを個人として扱わないから、そのように誤認していたのか。同じ娘であるはずの異母姉を粗末に扱っていたことを知り失望したのか。
今まで意識をしたこともない、自身の心の有り様を、その輪郭をなぞるためにラウエリアは考える。
考えて。
考えて、考えて。
異母姉のために、自分に出来ることを考える。
「国王陛下にご挨拶申し上げます」
ラウエリアは意識して無邪気に微笑み、謁見の間で王と顔を合わせた。
「おお、ラウエリア!無事で何よりだ」
「この度は多大なるご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした」
「突然結婚などと言ったから驚いたのであろう?無理もない」
「寛大な御心に感謝申し上げます」
ラウエリアは意図して異母姉のことは口にしない。ただ上辺だけの感謝を述べる。
いつもなら無邪気に話していただろう。異母姉が優しかったとか、同じベッドで眠ったとか、髪を梳いて貰ったとか。嬉しかったことや悲しかったこと、そういった心に残った出来事を話せる相手が、ラウエリアには王しかいない。
侍女や乳母は個人として接してはいけない、心を聞かせてはいけない相手。聞かせれば、聞いた側が処罰される。
母は近くにいない。異母姉の産みの母である前王妃亡き後、側妃だったラウエリアの実母が王妃に就いた。しかし、ラウエリアが物心つく前に、実母は病気療養の為に王都を離れ、それきり会ったことがない。
今更ながら自分に味方はいないのだと気づいたラウエリアは、急激に身に纏うドレスの重みを感じて、嘆息した。
「余程疲れたようだな、ラウエリア」
「そう、ですね。愚かなことをしたと恥じ入るばかりです」
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