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2)作られた英雄 ─ ギーゼル視点
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しおりを挟む「私は………、ローラ」
「俺は家族も故郷も失った。このまま国を捨てようと思う。悪いが悩む時間はあまりあげられないんだ。…どうする?」
国境を越えて、ギーゼルはもう二度と戻らないつもりだ。祖国が他国に潰されようと、不満が膨れ上がった民衆に内側から壊されようと、最早どうでもいい。
英雄がいないと民衆を統率できない───そんな国など滅べばいい。
一人の女に全ての不都合を押し付ける───そんな王など斃れてしまえばいい。
「…私、どうしたらいいのかしら。今まで全部考える前に諦めて来たのに、何かを望んでもいいの?私のせいで残された人達は酷い罰を受けるのでは?」
「俺を悪者にすれば殺されることはない。連中もその辺は上手く立ち回るさ。ローラだけが死ぬ必要はない」
馬上から再度手を差し伸べると、今度こそローラはしっかりとギーゼルの手を握り返した。そのまま乗るのを手伝ってやる。
ギーゼルに抱えられるように、再び馬に乗ったローラは身体を強ばらせて笑う。
「私、馬に乗るの初めてなの。こんなに早く走るなんて初めて知ったわ。しかもお尻に響くのね…」
肩越しに振り向いたローラは、まだ若干顔色が悪い。屋敷からここまでの荒々しい道中を思い出したのかもしれない。ここからも過酷な道が続くことは言わなくてもわかるらしい。
「鞍もないから余計に辛いよな。悪い、国境越えまで頑張ってくれ」
「国境って、そんな簡単に越えられるものではないと思うんだけど…?」
国境とはいえ、全てが厳重に警備されているわけではない。容易に越えられる場所を重点的に警備しているだけで、地形の問題などで越えるのが難しい場所の警備はされていなかったりする。これから向かうのはそんな穴場だ。
「細かい説明は後で。舌を噛まないよう、気をつけろ」
「ここ、は…?」
故郷に立ち寄れば追っ手に捕まる確率が上がる恐れはあったが、それでも立ち寄らずには居られなかった。国王の話が偽りで、匿名の手紙が本当だと裏付けるように、村の奥にある長の家屋だけが焼け落ちている。他の家屋は一見異常はないが、人の気配は全く感じられなかった。
「『炭になった家屋の残骸と人物の特定も出来ないほど酷い状態の遺体しか発見できなかった』と王が告げた俺の故郷だ」
焼け落ちた村長の家、炭とかした瓦礫の中央に、土を盛って形作られた小山があり、頂点には剣が突き刺さっている。
「……………」
ローラは手で口元を覆い隠し微かに震えながらも、足を止めることなく、ギーゼルの後をついてくる。目の前のそれは、剣が墓標であるかのようにも見えた。
「王は使者が『散骨した』と言っていたが、まずそこからしておかしい」
「…さんこつ、とは何です?」
「火葬後、骨を砕いて撒くことだな。まず、そこまで遺体をしっかり焼くには釜に遺体を入れないと無理だろう。焼け落ちた柱の残骸がこんなに残っているような火事で遺体が骨にまでなるとは考えにくい」
「で、では、ここの人々はどちらへ?」
ローラの戸惑いには応えず、残っている無事な家屋へと足を向けた。引き戸に力を込めれば、思いの外難無く開く。
ギーゼルはホッとして肩の力を抜いた。
「見ろ、家財道具が持ち出されている。村が盗賊に襲われたなら金目のものや食料は持ち去られるだろうが、布団や茶碗まで持ち出すとは思えない」
「つまり…!」
「念の為、他の家も見て回ろう」
「はい!」
他の家を見回ったが、壊された形跡や荒らされた形跡は全くないのに、もぬけの殻だった。まるで夜逃げのよう。
「生き延びている可能性が高そうですね」
「確証はないが、そうだな。流石にこの命令はおかしい、従えないと騎士達も考えたのかもしれない」
主にあの手紙の差出人だろう。村人が生きているとは書かれていなかったのは、万が一第三者に手紙が読まれることを想定してのことかもしれない。もちろん、あくまで都合の良い解釈で、他に何か意図があるのかもしれないが。
生きていればまた会えるかもしれない。ギーゼルの目に希望が宿ったのを見て、ローラは頬を緩ませる。しかし、その朝日のような瞳に宿る光は重く鈍い。どこか虚ろでさえある。
王に絶対的な忠誠を誓い、剣を捧げたはずの騎士達が王の命令に逆らっている。これは最早、国が内側から瓦解する日も遠くはないだろう。墓に見立てた盛り土の上に刺さる剣は、明らかに国から至急されている剣であり、未だ使えそうに見える。ここに埋まっているのは人間ではなく、騎士の忠誠なのかもしれない。
「……………村人達は故郷を追われたことを悲しんでいるかもしれませんね」
まるで自分が悪いことをしたかのように、ローラは沈痛な面持ちで墓標代わりの剣を見つめている。
「貴女が憂う必要などない」
「…確かに、私には何も出来なかったかもしれません。でも、何か出来たかもしれない。どちらにせよ、知ろうとも足掻こうともしなかった自分を、私は許せそうにないのです」
町娘どころか村娘と言っても通用しそうな様相のアウローラ姫は王族としての権利を享受したようには見えない。自由がない代わりに飢えとは無縁だっただろう、強いて挙げるならそのくらいだろうか。
髪の先まで大切にされてきたラウエリア姫を見た後だから余計にそう思うのかもしれないと、ギーゼルは考える。町娘のような服装をしていても、ラウエリア姫はまさしく姫だった。物腰から、指先まで、気品が漂っており、町娘に成りすますのは無理がある。
「少なくとも俺はローラも被害者だと思ってる」
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