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2)作られた英雄 ─ ギーゼル視点
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しおりを挟む衝撃的な手紙を、どこまで信じていいか、否、信じたくないという気持ちが強くて、ギーゼルは床に座り込んだまま夜明けを迎えた。
死んだように生きるギーゼルに、国王が命じる。
「そなたの嫁となる我が娘を迎えに行って欲しい。そなたとの婚姻に嫉妬した女に誘拐され、領地の館にいることがわかっている」
「───御意」
もう何もかもがどうでも良かった。何を悩めばいいかもわからない。
英雄にならないで下さい。その一文が頭にこびり付いている。
お兄ちゃんと呼ぶ声が現実のように耳から離れない。
英雄とはいえ、未だギーゼルの立場はただの兵士に過ぎない。爵位も何も無い平民だ。
押さえつけた女性の背中は今にも折れそうで、自分は何をしているのだろうと、ぼんやり思った。兜で顔を覆っていることもあり、ここにいるギーゼルが噂の英雄であることに気づく者はいない。
「連行しろ」
文官のその言葉に従い、ギーゼルは目の前の女を立たせる。
「異母姉様!待って!異母姉様!!」
騎士に囲まれた美しい姫が泣き叫んでいる。しかし、ギーゼルに両手を背後で掴まれた女が振り向くことはない。その凛とした背中に、光で透けて輝く毛先に、ギーゼルの思考が釘付けになる。
───こんなことの為に───
手紙の一文が頭に蘇る中、荷馬車に女を詰め込む。一見普通の荷台だが、幌の下は格子で仕切られた大きな檻だ。
格子越しに女と目が合う。女の目は無気力。諦め。まるで鏡を見ているかのようだと、ギーゼルは思った。
「私も異母姉様と同じ場所に乗ります!」
「何を仰るのです、ラウエリア姫様!」
「異母姉様が罪人だと言うのなら、異母姉様を罪人にした私は大罪人の極悪人です。檻に入れなさい」
そんなことを言われても実行すれば処罰されるのは目に見えている。姫に権力があるわけではない。姫の生まれに、姫の父親たる王に権力があるのだ。
気づけばラウエリア姫を宥める為に、騎士も兵士も彼女を取り囲んでいる。檻を乗せた馬車の周辺にはギーゼルしかいない。
突然、馬が嘶き、荷馬車が猛スピードで走り出した。
その様子を、その場にいた者たちはラウエリア姫を含め、ポカンと口を開けたまま見ていた。誰も彼もが、しばし無言のまま、予想外のことに固まっていた。
「…に、逃げたぞ!追え!追うんだ!」
「逃げたと言うより誘拐では!?」
「誰だ、あの兵士は!!」
ギーゼルが混じっていることなど、誰も把握していなかった。ラウエリア姫を一目見れば、渋っているギーゼルも婚姻を前向きに考えて爵位を受け取るだろうと確信していた王が密かに手回ししていた為、名簿上は別の人物の名前になっていた。
ギーゼルは元々村で馬と共に生活していた為、兵士の中では誰よりも馬の扱いに長けていた。幼少期から馬術を習ってきた貴族の騎士達など足元にも及ばない。馬と過ごした時間の差は歴然だ。残された者達も慌てて馬に乗って追いかけたが既に遅く、数キロ先で荷台のみを発見しただけ。そこからは進んだ方角すら検討がつかなかった。
「そろそろ大丈夫?落ち着いた?」
切り株に座る女は未だに青白い顔で、朝焼け色の鮮やかな瞳をギーゼルに向ける。
「あの、これからどうするおつもりですか」
「追っ手が来る前に国境を越えよう」
荷馬車と共に鎧を脱ぎ捨てたギーゼルは単なる青年だ。旅をするには身軽過ぎる点は不審に思われるかもしれないが、逆に言えば今のところ心配なのはそのくらいだろう。
「私もですか?」
「近くの町が良ければ送り届ける。それとも、あのまま城に帰った方が良かったか?」
彼女をあのまま城に返していたら、取り調べも行われず、ありもしない罪を全て擦り付けられて、民衆の不満を鎮めるために処刑されただろう。死んでも尚、その存在は不当に扱われ、不名誉を背負わされ、遺体は曝されて───
そんな未来が容易く想像出来てしまう。ギーゼルの退路を経つ為に故郷を焼き払うような連中だ、もっと残酷なことをしようとしている恐れもある。
「……………わかり、ません。私の代わりに別の誰かが酷い目に遭うのなら、私が我慢すればいいとは思います」
「俺はアンタが死んだら嫌だと思った」
何でも思い通りになると思っている連中の、犠牲者が増えるのは容認できなかった。
手を差し伸べると、彼女は瞬いてギーゼルの手を見つめる。
「貴方は何者なの?」
「ゼルって呼んでくれ。アンタは?」
聞きたいのは名前などではないと、彼女の憮然とした表情が語る。わかっていながら、ギーゼルは応えない。
そもそも今まで自ら英雄を名乗ったことはない。とはいえ、単なる兵士とは言い難い自分の立ち位置も理解している。
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