人形姫の目覚め

ひづき

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2)作られた英雄 ─ ギーゼル視点

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 不意打ちの奇襲、それも夜襲ということもあり、砦の構造など把握せずとも新兵如き皆殺しに出来るという自信のあった敵軍。その裏をかくように、地の利を生かし、身を隠しながら確実に急所を貫いては逃げ隠れ、また一人、また一人と片付けていく。

 ようやく援軍が到着した時には既に夜が明けていた。

 砦は守り抜いたが、失ったものはあまりに多く。

 助かったと認識するなり、ギーゼルは意識を失い、数日後目を覚ますなり、手の震えと鼻についた血の匂いに悩まされた。





 気づけば英雄に祭り上げられていた。

 斬り捨てた人数を数えるのも途中で辞めてしまった。

 生きるためには殺すしかない。

 そんな地獄にどのくらいいただろう。





「姫を下賜する」

 長かった地獄の3年間が過ぎ、死にたくない一心で生き残ってきたギーゼルは王が提案した褒賞に内心うんざりしていた。ギーゼルが望むのは敵襲に怯えることなく安眠できる環境だ。姫も名誉も要らない。

「身に余ります。どうか姫君の幸福のためにもお考え直しを」

「たかが兵士の分際で陛下のご厚意を───」

 いきり立った文官が口を挟む。国王の許可なく口を挟むのは良いのだろうか?ギーゼルは自身の曖昧な知識を掘り返し、眉を顰めた。もしかしたら国王は文官の傀儡か何かなのだろうか。あるいは日頃から寛容な御仁なのかもしれない。

「よせ。───戦争には勝った、周囲もかの国を批判しておる。しかし、かの国は王太子の独断だったとして後継者をすげ替えただけ。未だ燻っている連中がいるのは事実。いつ、再び戦になってもおかしくはない。故に、英雄殿の存在が重要となる。かの国に対しての抑止力として、我が国の士気を上げるための起爆剤として」

「象徴であれ、と。そういうことでしょうか」

「姫を娶るに見合う身分は与えるが、今まで通り従軍してくれれば良い」

「既にお調べの事と存じますが、私は強制徴兵に応じたに過ぎません。最低3年間従事すれば退役することが可能という当初の契約はどうなりますか」

 義務は終えたのだ。故郷に報奨金と食料を大量に持ち帰りたい。幼かった弟妹は恐らくギーゼルのことなど覚えていないだろう。脚の悪い父は無理をしていないだろうか。一緒に登用検査を受けた老人は息災だろうか。

「違約金でも請求するか?」

「いえ、そのような事は望みません。ただ軍に残るにせよ、一度故郷に里帰りすることをお許し頂ければと」

「検討しよう」

 そのように応えた国王の口角が、僅かに上がっているように思えたが、錯覚か、あるいは大したことではないだろうと、ギーゼルは深く考えなかった。ただ、やけに気にかかって頭から離れないまま、その日はその場を辞した。





「貴殿の故郷はもうない」

 その時は、何を言われたのか理解出来なかった。

「誰もいない故郷になど帰る必要はないであろう?」

 目の前にいる国王は、まるで神様のよう。赤い絨毯の続く先、壇上にて座ったまま、ギーゼルを睥睨している。

「……………」

 言葉も出ず、呆然としているギーゼルを取り残して、国王と文官は婚礼の日取りなどを好き勝手述べていく。そこにギーゼルの意思はない。必要がない・・・・・のだ。

「発言を、お許し下さい。───私の故郷が、ない、とは、どういうことでしょうか」

「貴殿の婚姻はめでたい事である。故に故郷の面々にも知らせるよう、遣いを出したのだ。残念ながら使者が辿り着いた時には、炭になった家屋の残骸と人物の特定も出来ないほど酷い状態の遺体しか発見できなかったという」

「炭になった───」

 砦で嗅いだ焦げ臭い匂いが脳裏に蘇る。怒号、悲鳴。

 脚の悪い父。文句一つ言わない母。悪戯ばかりの弟。恥ずかしがり屋の妹。

 孫を引き取った元兵士の老人に───…

 過去に見た悲劇に、愛する人達の見てもいない苦しむ表情が重なる。

 お兄ちゃん、お兄ちゃんと、炎の中で自分を呼ぶ声が聞こえるようで、耳を塞ぎたくなった。

「使者の故郷では散骨が一般的だそうでな、他の方法も知らぬ故、仕方なく・・・・そのようにしたと報告を受けている。残念ながら手を合わす墓などはないのだ。悲しいことだが、心を痛めるだけであろうから行くのは諦めるように」



 ギーゼルはその後のことをよく覚えていない。与えられている宿舎の一室に戻ると、ドアに紙切れが挟まっていた。

〝貴方の故郷を焼いたのは私達の部隊です〟

 そんな、告白から始まる手紙だった。



 貴方の故郷を焼いたのは私達の部隊です。

 極秘任務だと。故郷を失い、仲間を失い、それでも国を守るために立つ〝英雄〟を演出するために必要なことなのだと。

 重要な報告があると言って村長の家に村人全員を集め、閉じ込め、まとめて焼き払うよう指示されました。

 戦争で疲弊した国を、財源を立て直すため、税金の引き上げを国王たちは検討していますが、民意が離れれば暴動が起きます。暴動が起きれば、村人よりも多くの人々が亡くなる。民意を、国民の支持を得る為に必要な犠牲なのだと言われました。

 しかし、私はこんなことの為に騎士になったわけではない。



 どうか、貴方は〝英雄〟にならないで下さい。




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