人形姫の目覚め

ひづき

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2)作られた英雄 ─ ギーゼル視点

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 戦争を機に英雄と呼ばれるようになった青年───ギーゼル。彼の出身は辺境近くの村だ。家屋の数は十棟程。主な産業と呼べるものもなく、細々と農業を営むだけの貧しい村だった。

 ギーゼルは次男だが、長男は多額の援助金と引き換えに裕福な家庭に引き取られたため、実質長男のようなものだ。父は山林で野生動物と対峙した際に片脚を負傷し、後遺症で満足に動かすことが出来なくなり、ギーゼルが一家の大黒柱として家計を支え、家族を養っていた。

 ギーゼルという大黒柱を失えば、残された家族が困窮するのは目に見えていた。

 村に突如現れた騎士達は、そんな貧しい家の事情など汲んではくれない。一家から必ず1人を徴兵すると、王命が記されているらしい薄っぺらい紙を盾に、翌日までに集まるよう強いた。

 健康な男性を最優先で出すこと。いなければ年齢性別問わないが、13歳以上に限る。父子家庭であれ、母子家庭であれ、関係なく義務だと宣う傍若無人ぶり。嘆き、どうかご勘弁を!と縋る母親に、徴兵に来た騎士は「従わないなら子供と共に殺してやろう。それが慈悲だ」と剣を抜いた。

 ギーゼルの家でも、脚の悪い父が行くと言い張ったが、徴兵に来た騎士は「健康な息子がいるのに差し出さないのは国への反抗か!」と吠えた。ギーゼルは笑って「父は人一倍愛国心が強く、自分がこの国を守るのだと妄言を口にして言うことをきかないのです」と騎士を宥め、徴兵に名乗り出た。



 4日後、連れて行かれた砦で、登用検査が行われた。

 幼い孫との二人暮しで仕方なく来た同郷の老人は「俺は明日には村に帰れるから何か家族に伝えるか?」とギーゼルに話しかけてきた。ギーゼルは驚く。

「帰してもらえる人間もいるのか」

「そりゃおめぇ当然だろ。教育にも金はかかる。金には限りがある。しかも文字も読めねぇ田舎モンを教育すんだ、骨が折れるだろうさ。俺みたいな足を引っ張るだけの野郎は登用検査で不合格ってことで帰される。───騎士様達も上からの命令だから仕方なく平等に徴兵してるだけさ。こんな非効率で面倒なこと誰もやりたくてやってるわけじゃねぇんだよ」

 何でこの爺さんにそんなことがわかるのだろうと、ギーゼルは訝る。露骨に顔に出ていたらしく、爺さんは笑った。

「こう見えても俺は若い頃兵役に就いてた。都会に憧れて田舎を出たところで、学がねぇから結局は兵士になるしかなかったってだけだがな」

 都会に憧れる気持ちは、ギーゼルも一度は覚えたことがある。しかし、残された家族が苦しむのがわかっていて田舎を出ることなど選択肢になかった。従来通り働き、家族を養うことを選んだのだ。

「学があれば金になるのか?」

「もちろんそれだけじゃダメだろうが、少なくとも都会で悪賢い奴に騙されることはないし、働き口にも困らねぇ。ここの砦は昔から新人教育の場でな、どこから徴兵されても新人はまずここに送られて教育を受ける。で、最初の基礎訓練を受ける。希望すれば文字や計算も学べる。どうせ逃げられねぇんだ、利用するだけ利用するといい」

「………一応ここ砦なんだよな?新人教育する余裕があるほど安全な場所なのか?」

「長年の友好国との国境を守る砦でな、争いとは無縁の場所だ。まぁ、それでも本物の国境には違いねぇから実践に近い訓練には最適だろ」

 爺さんの笑顔に背中を押されたギーゼルは周囲を見渡してみた。よく観察すれば身体の一部が不自由になったベテランが多い。前線には立てないが、蓄積したノウハウを野放しにするのは惜しい、そんな意図が透けて見えるようである。

 ギーゼルがいない間、家族は生活に困るだろう。しかし、ここで勉強することで収入の増加に繋げられれば、戻ってから楽をさせてやることは出来るかもしれない。

 出来れば兵役中も給金を仕送りしたいが、それは無理だ。手紙すら商人に頼んで、商人から商人へ引き渡して貰い、村に行く商人に届けて貰うしかない。途中、紛失する恐れがある。いつ届くかなどわからない。金銭など仲介する商人に盗まれる恐れが高い。

 そもそもギーゼルが文字を習って手紙を書いたところで、読める人間など限られる。

 互いに耐えるしかない。

 互いの息災を願うしかない。

「達者でな、ギーゼル」

「爺さんもな」

 兵役を終えて故郷に戻れば、また会えると信じて疑わず、ギーゼルは同郷の老人に軽い挨拶を返した。



 カンカンカンカン…

 まるで思いがけず閉じ込められた人が出してくれとでも叫ぶかのように、激しく鳴らされる鐘の音。

 キーゼルの意識は強制的に引き上げられた。まだ空は暗いはずなのに、窓の外に赤い光が揺らめいて。雄叫び、嘆き、悲鳴。それらがやや遠くに聞こえる。広い砦の敷地内には複数の宿舎がある。ギーゼルの宛てがわれた棟とは別の場所で異常事態が起きているらしい。

 辛うじて支給されていた兵士服に着替えて飛び出す。怒号、発破音。土埃と火薬の匂い。

 相手を殺さなくては、自分が殺される。そんな地獄が広がっていた。

 無抵抗な者にも容赦なく武器を向ける侵入者たちは最早人間に見えない。人型の、恐ろしい何か。鎧の中には何もないと言われた方が納得出来るほど、ギーゼルの理解を超えた存在。あまりの惨劇を前に脳が鈍化したのはギーゼルにとって幸いだった。相手を人間だと認識したまま迷っていたら、ギーゼルは生き残れなかっただろう。


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