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1)姉妹 ─ アウローラ視点
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しおりを挟む「そういえば、私のことは誰から聞いたの?」
「お姉ちゃんのこと?私が婚姻が嫌だと漏らしたら、その場にいた侍女が〝姉姫に代わって貰えばいい〟って言ったのよ。その時初めて、お姉ちゃんのことを知ったの」
「そう…。その侍女の名前はわかる?」
「名前?侍女は侍女でしょ?」
こてん、と首を傾げる様はまるで幼女。綺麗な世界に住むお姫様は、王族以外を人間として認識していないのか。どうせなら自分のこともその他大勢として見てくれれば良かったのに、とアウローラは目を伏せる。
その時は、予想に違わないタイミングで訪れた。
なだれ込んできたのは武装した兵士達。彼らは容赦なくアウローラの両腕を掴み、背後から頭を押さえつけるように床へと押しやる。アウローラは抵抗せず、床に這い蹲った。
「お姉ちゃん!お姉ちゃんに何をするの!」
一方のラウエリア姫は丁重に騎士達に囲まれ、動きを阻まれ。その隙間からアウローラへと手を伸ばそうとするが、それすら叶わず。
「ご無事ですか、ラウエリア姫様」
「もう心配御座いませんよ」
「ええ、そうです。我々が助けに参りました」
「そのように演技しなくても構わないのですよ」
騎士達は口々に優しく言葉を掛け、ラウエリア姫を宥める。わけが分からない、とラウエリア姫が泣きながら蹲ると、姫を取り囲む騎士たちもまた慌てて身を屈めるのが滑稽でおかしかった。
一方のアウローラには、誰も慈悲など向けない。
「ラウエリア姫様の誘拐、並びに監禁の罪でお前を連行する」
目の前に立ちはだかった男───騎士や兵士ではなく文官のようだ───が、高らかに宣言した。既に〝容疑〟ではなく〝罪〟と確定しているのは間違いないらしい。アウローラは反論するつもりもなく、反論しようにも背中を押さえつける力の強さに肺が圧迫されて声も出せず、黙って視線だけで周りを観察する。
アウローラの母親役の侍女、監視役の兵士たち。ラウエリア姫の侍女と護衛。彼らは部屋の隅に固まって立っていた。
「よくぞラウエリア姫様の危機を知らせ、驚異から守って下さった」
アウローラの前に立ちはだかる文官の部下らしき別の男が彼らを労う。
「───とはいえ、ラウエリア姫様を誘拐されたのは汝らの落ち度である。一年間の減給が言い渡されている」
一同は深々と頭を下げ、「ご慈悲に感謝致します」と応えた。
彼らはアウローラの無実を誰よりも知っているが、誰もアウローラを庇おうとはしない。当然だ、異論を唱えれば誘拐の実行犯とみなされて自分たちが酷い目に遭う。ありもしない罪を認めるまで死んだ方がマシだという程の拷問をされた挙げ句、処刑されるのは間違いない。
予想の範疇だった為、アウローラは驚きもせず、一部始終を見ていた。
「どうして!お姉ちゃんは何もしてないじゃない!どうして誰も否定しないの!」
ラウエリア姫の嘆きが、正しさが、彼らの保身を咎める。それでも彼らは俯くだけ。誰も真実など口にしようとはしない。
「ラウエリア姫様───」
困ったように文官がラウエリア姫を呼ぶと、弾かれたように顔を上げたラウエリア姫は涙に濡れた顔で文官を見つめる。
「お姉ちゃんは、いえ、異母姉様は何もしておりません!悪いのは全て私なのです!私が自分の意思でここに来たのです!どうか、異母姉様に酷いことをなさらないで下さい!」
「ああ、ラウエリア姫様。そのように醜悪な女をお庇いになるなんて。なんとお優しいのでしょう」
「違う!違うわ!異母姉様は私に優しくして下さった!醜悪なんかじゃない!私の異母姉様にそんな酷いことを仰らないで!侮辱しないで!異母姉様を離しなさい!」
美しい姫が泣きながら叫ぶ様に、アウローラを掴む手が緩む。
「あの女に洗脳されたのですね、ラウエリア姫様!なんと哀れな!」
「洗脳なんかされてません!」
「しかし、ラウエリア姫様。あの女は自身の罪を一向に否定致しておりません。己の罪深さを自覚しているのでしょう」
文官の嘲笑と共に、ラウエリア姫の驚愕の眼差しがアウローラに向けられた。
「そんな…、異母姉様、どうして何も仰らないのです!」
「───こんな時まで、貴女はご自分で考えようとはしないのですね」
アウローラはハッキリとした侮蔑の眼差しをラウエリア姫へと返してやる。どうしてそんな目をされるのかわからないと、ラウエリア姫はゆるゆると首を左右に振り、後退るだけ。
アウローラを嘲笑していた文官は、打って変わって優しく人の良さそうな笑みをラウエリア姫へと向けた。まるで別人のように。
「ラウエリア姫様は何も心配なさらないで下さい。これ以上貴女があの女を思い出して苦悩せずとも、取り調べ等は全て侍女達から行います。貴女様は何もしなくて宜しいのですよ」
ラウエリア姫が文官の示す侍女達を振り返る。彼女達は感情を押し殺した表情で目を伏せて、ラウエリア姫の視線には応えないし、口を開くこともない。
「どう…して…」
ラウエリア姫は美しい容貌を絶望に染め、力なくその場に膝から崩れ落ちた。
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