4 / 25
1)姉妹 ─ アウローラ視点
4
しおりを挟むラウエリア姫は無警戒で、その晩、本当にアウローラのベッドに潜り込んできた。何故こんなに掛布が薄いのかとか、何故こんなにベッドが軋むのかとか、自分で考えもせず疑問ばかり口にする。その度にアウローラは優しく微笑んだ。何でだと思う?答えが出たら教えてね、正解に辿り着けるといいね───と。
翌日。
まずは掃除。───ラウエリア姫はハタキを振るうなり舞った埃に驚き、クシャミをした衝撃で傍らの棚に肩をぶつけ、棚に乗せていた重曹の瓶をひっくり返して粉だらけになった。そこからクシャミが止まらなくなり、涙と鼻水でくしゃくしゃになった酷い顔で座り込んでいた。
次に洗濯。───ラウエリア姫は躓いてタライに汲んだ水を盛大にひっくり返した。零した水をモップで掃除させれば足を滑らせて転び、洗濯物を増やした。絞った衣類を干すから持ってきてと頼めば、その重さにフラついて盛大に転び、全て洗濯をし直すはめになった。
更に料理。───迂闊に竈を覗き込み、一時的に勢いを増した火に驚いて後ろに飛び退いて、作業台の上にあったカゴごと降ってきたジャガイモに頭を数回叩かれて涙目になった。流石に刃物もあり危険すぎるため、掃除と洗濯が出来るようになるまでキッチンは出入り禁止となる。
アウローラは常に優しく微笑んで、ラウエリア姫に手を差し出した。
「お姉ちゃんはどうして怒らないの?さすがに呆れたでしょう?」
宝石のような涙を両目に浮かべてラウエリア姫は粗末な寝台に腰掛けるアウローラを見つめる。
アウローラの母親役は、ラウエリア姫が何か仕出かす度に目くじらを立てて怒り、叱っていた。一方、ラウエリア姫の侍女は狼狽えるばかり。侍女という立場は同じはずだが、普段どのように主に接してきたかが透けて見え、2人の差はとても面白かった。
「誰だって最初はそんなものよ。その最初が平民は物心を着く前の幼い頃から始まるから、怒られても叱られてもへこたれずに済むというだけ。貴女くらいの年頃で幼子のように一日中叱られれば、落ち込むのも当然だわ」
隣に腰を下ろしたラウエリア姫の髪を、アウローラは櫛で梳き始めた。長年愛されてきたラウエリア姫の髪は未だに眩い輝きを秘めており、芸術品のように美しい。
「幼子はみんな叱られるものなの?」
「その子を大切に思うからこそ、危ない目に遭わないように、痛い思いをすることがないように、常に見守り、導くために叱るの。知らなければ危険を回避したりなんて出来ないでしょう?叱られれば学習する、考える。それが成長する、ということじゃないかしら?」
「ふぅん…?」
よくわからないという表情でラウエリア姫は考えを巡らせる。
貴女を大切に思っていないし、興味もないから私は怒る必要がないのだと、アウローラは遠回しに告げたのだが、ラウエリア姫は全く気づかない。
「お城に帰りたくなった?そもそも、どうして出奔なんてしたの?」
アウローラの問いかけに、頬を膨らませる姿はラウエリア姫を幼く見せる。見た目は兎も角、精神年齢が16歳に見えないのだ。
「お父様が英雄と結婚しろっていうから…。英雄なんて後から帳尻合わせのためにとってつけた呼称でしょ?ようは一番人を殺しました、ってことよね?───そんな、人殺しと結婚だなんて、考えただけで恐ろしいわ」
ラウエリア姫は青ざめ、顔色の悪さを隠すように俯く。細い肩を震わせる様は庇護欲を掻き立てる。
「そう、可哀想に───」
「お姉ちゃん…」
「勘違いしないでね。可哀想なのは貴女ではなく英雄様の方よ」
「───え?」
何故、英雄と呼ばれるようになった男が敵を、人を、殺したのか。殺さざるを得なかったのか。
もし、英雄が殺すのを躊躇い、臆していたら何が起こっていたか。
温室育ちの姫を与えると言われて、果たして英雄は喜ぶのか。ラウエリア姫を溺愛する王は無条件に喜ぶと確信したのだろう。盲目にも程がある。聞けば英雄は平民の出だという。今回の功績で爵位を賜る予定だが、その爵位が騎士爵なのか子爵か、男爵か、未だに発表されないのは何故なのか。
ラウエリア姫は考えない、考えていない。
だから、今回ラウエリア姫がアウローラを頼ったことにより、王がどう動くか。その時、ラウエリア姫はどうするのか。
───アウローラは密かに嘲笑した。
「考えなさい」
次の日もラウエリア姫は何度もめげずに動き回った。
畑で人参を引き抜き、その短さに大笑いしたり。泥だらけの手で汗を拭い、更に顔を泥だらけにしてアウローラに笑われたり。
盥の中の洗濯物を揉み洗いしては泡を顔につけてみたり、シャボン玉を作っては初めての体験に目を輝かせたり。
お姉ちゃん、お姉ちゃんと懐いてくる異母妹を、アウローラは穏やかに微笑んで見守っていた。無垢であれと、綺麗なものに囲まれて、汚いものから遠ざけられてきた愛玩動物にしか見えない。
そんな、深く物事を考えないラウエリア姫が自主的にアウローラの元を訪ねてくるとは考えにくかった。誘導した誰かがいるはずである。その誰かの悪意は一体誰に向けられているのだろう。
1
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
ピンクの髪のオバサン異世界に行く
拓海のり
ファンタジー
私こと小柳江麻は美容院で間違えて染まったピンクの髪のまま死んで異世界に行ってしまった。異世界ではオバサンは要らないようで放流される。だが何と神様のロンダリングにより美少女に変身してしまったのだ。
このお話は若返って美少女になったオバサンが沢山のイケメンに囲まれる逆ハーレム物語……、でもなくて、冒険したり、学校で悪役令嬢を相手にお約束のヒロインになったりな、お話です。多分ハッピーエンドになる筈。すみません、十万字位になりそうなので長編にしました。カテゴリ変更しました。
転生騎士団長の歩き方
Akila
ファンタジー
【第2章 完 約13万字】&【第1章 完 約12万字】
たまたま運よく掴んだ功績で第7騎士団の団長になってしまった女性騎士のラモン。そんなラモンの中身は地球から転生した『鈴木ゆり』だった。女神様に転生するに当たってギフトを授かったのだが、これがとっても役立った。ありがとう女神さま! と言う訳で、小娘団長が汗臭い騎士団をどうにか立て直す為、ドーン副団長や団員達とキレイにしたり、旨〜いしたり、キュンキュンしたりするほのぼの物語です。
【第1章 ようこそ第7騎士団へ】 騎士団の中で窓際? 島流し先? と囁かれる第7騎士団を立て直すべく、前世の知識で働き方改革を強行するモラン。 第7は改善されるのか? 副団長のドーンと共にあれこれと毎日大忙しです。
【第2章 王城と私】 第7騎士団での功績が認められて、次は第3騎士団へ行く事になったラモン。勤務地である王城では毎日誰かと何かやらかしてます。第3騎士団には馴染めるかな? って、またまた異動? 果たしてラモンの行き着く先はどこに?
※誤字脱字マジですみません。懲りずに読んで下さい。
私、幽閉されちゃいました!!~幽閉された元男爵令嬢に明日はあるか?~
ヒンメル
恋愛
公爵領に実質幽閉されることになったリリア・デルヴィーニュ(旧姓リリア・バインズ男爵令嬢)。
私、ゲームのヒロインだったはずなのに何故こんな事になっているの!!おかしい!!おかしい!!おかしい!!
*****************
「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」のBL色強めの番外編「婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました」
(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/974304595)にも登場していたリリアのその後の話です。BL的な話はなく、淡々とリリアの日常を書いていく予定なので、盛り上がり(鞭とか鎖とか牢獄とか?)を期待されている方には申し訳ないですが、(たぶん)盛り上がりません。
「婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました」ががっつりBLになってしまったため、話が読みにくいとおっしゃる方がいらっしゃるかと思うので、最初に簡単ですが、登場人物の説明を入れました。
いきなりこの話を読んでも大体はわかりますが、わかりにくいところがあると思います。登場人物説明を読んでから、第一話を読んでいただければと思います。
※小説家になろう様でも公開中です。
【本編完結】冷血公爵なはずの旦那様が溺愛してきます……溺愛?これは溺愛なの!?
仲村 嘉高
恋愛
家族に冷遇されていたナターシャは、売られるように公爵家へ嫁がされた。
いや、実際に姉の婚活費用が足りなくなった為に、冷血公爵と呼ばれる公爵家へと売られたのだ。
美しい姉と、みすぼらしい妹。
美しい自慢の姉を王太子の妃にする為に、家が傾く寸前まで金を注ぎ込んだ両親。
それを当たり前と享受する姉。
どこにいても冷遇されるのは同じだと、冷血公爵に嫁いだナターシャを待っていたのは……?
※基本一人称ですが、主人公意外のお話は三人称になります。
【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?
雨宮羽那
恋愛
元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。
◇◇◇◇
名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。
自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。
運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!
なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!?
◇◇◇◇
お気に入り登録、エールありがとうございます♡
※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。
※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。
※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))
【完結】神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました
土広真丘
ファンタジー
神と交信する力を持つ者が生まれる国、ミレニアム帝国。
神官としての力が弱いアマーリエは、両親から疎まれていた。
追い討ちをかけるように神にも拒絶され、両親は妹のみを溺愛し、妹の婚約者には無能と罵倒される日々。
居場所も立場もない中、アマーリエが出会ったのは、紅蓮の炎を操る青年だった。
小説家になろう、カクヨムでも公開していますが、一部内容が異なります。
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に二週目の人生を頑張ります
京衛武百十
ファンタジー
俺の名前は阿久津安斗仁王(あくつあんとにお)。いわゆるキラキラした名前のおかげで散々苦労もしたが、それでも人並みに幸せな家庭を築こうと仕事に精を出して精を出して精を出して頑張ってまあそんなに経済的に困るようなことはなかったはずだった。なのに、女房も娘も俺のことなんかちっとも敬ってくれなくて、俺が出張中に娘は結婚式を上げるわ、定年を迎えたら離婚を切り出されれるわで、一人寂しく老後を過ごし、2086年4月、俺は施設で職員だけに看取られながら人生を終えた。本当に空しい人生だった。
なのに俺は、気付いたら五歳の子供になっていた。いや、正確に言うと、五歳の時に危うく死に掛けて、その弾みで思い出したんだ。<前世の記憶>ってやつを。
今世の名前も<アントニオ>だったものの、幸い、そこは中世ヨーロッパ風の世界だったこともあって、アントニオという名もそんなに突拍子もないものじゃなかったことで、俺は今度こそ<普通の幸せ>を掴もうと心に決めたんだ。
しかし、二週目の人生も取り敢えず平穏無事に二十歳になるまで過ごせたものの、何の因果か俺の暮らしていた村が戦争に巻き込まれて家族とは離れ離れ。俺は難民として流浪の身に。しかも、俺と同じ難民として戦火を逃れてきた八歳の女の子<リーネ>と行動を共にすることに。
今世では結婚はまだだったものの、一応、前世では結婚もして子供もいたから何とかなるかと思ったら、俺は育児を女房に任せっきりでほとんど何も知らなかったことに愕然とする。
とは言え、前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に、何とかしようと思ったのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる