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1)姉妹 ─ アウローラ視点
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しおりを挟むラウエリア姫は無警戒で、その晩、本当にアウローラのベッドに潜り込んできた。何故こんなに掛布が薄いのかとか、何故こんなにベッドが軋むのかとか、自分で考えもせず疑問ばかり口にする。その度にアウローラは優しく微笑んだ。何でだと思う?答えが出たら教えてね、正解に辿り着けるといいね───と。
翌日。
まずは掃除。───ラウエリア姫はハタキを振るうなり舞った埃に驚き、クシャミをした衝撃で傍らの棚に肩をぶつけ、棚に乗せていた重曹の瓶をひっくり返して粉だらけになった。そこからクシャミが止まらなくなり、涙と鼻水でくしゃくしゃになった酷い顔で座り込んでいた。
次に洗濯。───ラウエリア姫は躓いてタライに汲んだ水を盛大にひっくり返した。零した水をモップで掃除させれば足を滑らせて転び、洗濯物を増やした。絞った衣類を干すから持ってきてと頼めば、その重さにフラついて盛大に転び、全て洗濯をし直すはめになった。
更に料理。───迂闊に竈を覗き込み、一時的に勢いを増した火に驚いて後ろに飛び退いて、作業台の上にあったカゴごと降ってきたジャガイモに頭を数回叩かれて涙目になった。流石に刃物もあり危険すぎるため、掃除と洗濯が出来るようになるまでキッチンは出入り禁止となる。
アウローラは常に優しく微笑んで、ラウエリア姫に手を差し出した。
「お姉ちゃんはどうして怒らないの?さすがに呆れたでしょう?」
宝石のような涙を両目に浮かべてラウエリア姫は粗末な寝台に腰掛けるアウローラを見つめる。
アウローラの母親役は、ラウエリア姫が何か仕出かす度に目くじらを立てて怒り、叱っていた。一方、ラウエリア姫の侍女は狼狽えるばかり。侍女という立場は同じはずだが、普段どのように主に接してきたかが透けて見え、2人の差はとても面白かった。
「誰だって最初はそんなものよ。その最初が平民は物心を着く前の幼い頃から始まるから、怒られても叱られてもへこたれずに済むというだけ。貴女くらいの年頃で幼子のように一日中叱られれば、落ち込むのも当然だわ」
隣に腰を下ろしたラウエリア姫の髪を、アウローラは櫛で梳き始めた。長年愛されてきたラウエリア姫の髪は未だに眩い輝きを秘めており、芸術品のように美しい。
「幼子はみんな叱られるものなの?」
「その子を大切に思うからこそ、危ない目に遭わないように、痛い思いをすることがないように、常に見守り、導くために叱るの。知らなければ危険を回避したりなんて出来ないでしょう?叱られれば学習する、考える。それが成長する、ということじゃないかしら?」
「ふぅん…?」
よくわからないという表情でラウエリア姫は考えを巡らせる。
貴女を大切に思っていないし、興味もないから私は怒る必要がないのだと、アウローラは遠回しに告げたのだが、ラウエリア姫は全く気づかない。
「お城に帰りたくなった?そもそも、どうして出奔なんてしたの?」
アウローラの問いかけに、頬を膨らませる姿はラウエリア姫を幼く見せる。見た目は兎も角、精神年齢が16歳に見えないのだ。
「お父様が英雄と結婚しろっていうから…。英雄なんて後から帳尻合わせのためにとってつけた呼称でしょ?ようは一番人を殺しました、ってことよね?───そんな、人殺しと結婚だなんて、考えただけで恐ろしいわ」
ラウエリア姫は青ざめ、顔色の悪さを隠すように俯く。細い肩を震わせる様は庇護欲を掻き立てる。
「そう、可哀想に───」
「お姉ちゃん…」
「勘違いしないでね。可哀想なのは貴女ではなく英雄様の方よ」
「───え?」
何故、英雄と呼ばれるようになった男が敵を、人を、殺したのか。殺さざるを得なかったのか。
もし、英雄が殺すのを躊躇い、臆していたら何が起こっていたか。
温室育ちの姫を与えると言われて、果たして英雄は喜ぶのか。ラウエリア姫を溺愛する王は無条件に喜ぶと確信したのだろう。盲目にも程がある。聞けば英雄は平民の出だという。今回の功績で爵位を賜る予定だが、その爵位が騎士爵なのか子爵か、男爵か、未だに発表されないのは何故なのか。
ラウエリア姫は考えない、考えていない。
だから、今回ラウエリア姫がアウローラを頼ったことにより、王がどう動くか。その時、ラウエリア姫はどうするのか。
───アウローラは密かに嘲笑した。
「考えなさい」
次の日もラウエリア姫は何度もめげずに動き回った。
畑で人参を引き抜き、その短さに大笑いしたり。泥だらけの手で汗を拭い、更に顔を泥だらけにしてアウローラに笑われたり。
盥の中の洗濯物を揉み洗いしては泡を顔につけてみたり、シャボン玉を作っては初めての体験に目を輝かせたり。
お姉ちゃん、お姉ちゃんと懐いてくる異母妹を、アウローラは穏やかに微笑んで見守っていた。無垢であれと、綺麗なものに囲まれて、汚いものから遠ざけられてきた愛玩動物にしか見えない。
そんな、深く物事を考えないラウエリア姫が自主的にアウローラの元を訪ねてくるとは考えにくかった。誘導した誰かがいるはずである。その誰かの悪意は一体誰に向けられているのだろう。
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