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1)姉妹 ─ アウローラ視点
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しおりを挟むラウエリア姫はアウローラの衣服を借りるなり、外套の下に身にまとっていたドレスや持ち出した貴金属を売り払うよう、侍女に指示を出した。とはいえ、侍女は困ったようにアウローラへ縋る視線を向ける。私が困った時は助けてくれなかった癖に、とアウローラは呆れて肩を竦めた。
呆れつつ、アウローラは良い事を思いついたと微笑んでみせる。
「せっかくなんだもの。ラウエリア───いえ、ララも同行して街を見て来たらいいじゃない。貴女なら宝石の適正な金額だって把握してるでしょ?侍女では買い叩かれても気づかない恐れがあるわ」
アウローラの口から愛称で呼ばれるなり、ラウエリア姫は頬を上気させた。
「異母姉さ───お姉ちゃん!そうだよね!そうする!」
え!?と異母姉妹を除く場の人達が慌てふためくけれど、誰もラウエリア姫を止められない。そもそも止められるようなら、今ここにラウエリア姫がいるわけないのだ。ラウエリア姫の不興を買えば王が黙っていないのかもしれない。そんな爆弾をアウローラに任せたのが運の尽きだろう。産まれた時から王に毛嫌いされている身としては今更だし、何をしても、例え何もしなくても批判的に解釈されるであろうことは覚悟している。
「───でも、ララ。乗ってきた馬車はもうないから街まで往復徒歩よ?大丈夫?」
心配だわ、と片手を頬に当ててアウローラはチラリとラウエリア姫を一瞥した。
「え?じゃあお姉ちゃんも日頃徒歩なの?」
「私はこの屋敷の敷地内から許可なく出ないよう王から厳命されているもの。行きたくても行けないのよ」
「お姉ちゃんも一緒に行けたら良かったのに」
ラウエリア姫の呑気な嘆きに、アウローラはニッコリと優しく微笑む。
「せめて行くのは明日にしない?今日はもう疲れたでしょう?街まで片道一時間も歩くのよ?しかも重たいドレスを担いで。侍女だって流石に辛いと思うわ。しかも売った帰り道に暴漢に襲われるかもしれない。野蛮な人達は常に獲物を求めて店に出入りする人間を観察しているものだと本で読んだわ。日に焼けていない、貴女の白い肌を見たら、卑怯者たちが何を考えるかだってわからない」
「護衛を連れて行けば良いじゃない」
ラウエリア姫にとってはそれが〝当たり前〟のことなのだ。アウローラは屋敷から出れないけれど、人との交流がないわけではない。出入りの行商人や庭師との会話で、ラウエリア姫よりは平民に詳しい。
「護衛を連れている平民なんているわけないじゃない。逆に目立つわよ。襲って下さいって言っているようなものでしょ。大勢で来られたら太刀打ち出来ないかもしれないわね」
「そうなの?」
「そうよ。平民はみんな自分の身は自分で守る努力をしているの」
「え、じゃあ、どうしたら?」
「私、思うのだけれど…、自分の家臣を守るのも上に立つ者の責任ではないかしら?せっかくの機会だもの、自分で考えてみましょう。どうしたら貴女は侍女を守り、自分の身を危険に曝さず、ドレスを売りに行けるかしら」
「え、えぇ…?」
「思いついたら教えてね。確実性のある意見が出るまで売りに行くのは延期。可愛い妹が危ない目に遭ったら〝お姉ちゃん〟は悲しいわ」
もちろん、ラウエリア姫がどんな意見を口にしても採用する気は無い。あくまでラウエリア姫を止めるための方便である。
「それじゃ、お姉ちゃんに滞在費を払えない…」
俯いたラウエリア姫の背後で、侍女と護衛が小さく頭を下げる。恐らく感謝を伝えたいのだろうが、アウローラとしてはこれで終わらせる気は無い。ふふふ、と内心彼らを嘲笑った。
「あら、諦めずに考えなさい。滞在費なら代わりに家事を手伝えばいいと思うの」
「…家事?」
「洗濯、掃除、炊事。生活に必要なことは力を合わせて自分達でする。それが平民。無理なら大人しく城に帰りなさい、〝ラウエリア姫様〟」
姫様に何をさせる気なのかと気色ばむ者達に、アウローラは一層笑みを深める。アウローラは母親役と暮らす中で、家事を当たり前のものとして行っている。王が割り当てている予算が心許ない為、家庭菜園も行っている。故に、アウローラは本来姫でありながら、やや日に焼けているし、手だって肌荒れを起こしている。ラウエリア姫の、白魚のような手とは雲泥の差だ。城で美容の維持に大金を注ぎ込まれてきたであろう、滑らかな肌も、髪の艶も、アウローラにはない。
毛先の傷んだ赤毛を一つに括り。手はあかぎれが絶えず。健康的に日に焼けた肌は乾燥しがちだ。この状態のアウローラを見て、一国の姫だなんて誰も信じない。関わりのない街の人達はアウローラのことを、罪を犯した貴族の隠し子だから敷地から出さないよう兵士が常に監視しているのだと認識している。大半の人々が、犯罪者の娘も犯罪者と同じだと、アウローラのことを解釈しているのだ。
母が過労で弱り、生命を繋げなかったことが罪なのか。
祖父が感情を押し殺せぬまま王族を一瞥したことが罪なのか。
アウローラが生まれたことさえ罪なのか。
アウローラには何が罪なのか全くわからない。
アウローラが罪人だと周囲に住む者達から思われていることなど、欠片も知らない純粋無垢なラウエリア姫。祖父がされたように目玉を抉ってやりたいくらいには、アウローラの内心は煮えたぎっていた。
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