人形姫の目覚め

ひづき

文字の大きさ
上 下
2 / 25
1)姉妹 ─ アウローラ視点

しおりを挟む



「アウローラ姫様・・!」

 普段、空気に徹している監視役が屋敷に駆け込んで来た。まさか、ついに王から動きがあったか?などとアウローラは期待しない。そもそも王の使者が来たなら兵士は当然のこととして落ち着いているはずだ。目の前の青年は動揺を隠せず、切羽詰まった様子である。

「何事ですか」

 表情を引き締め、主然としてアウローラはゆっくりと問いかける。ハッとした様子で兵士は慌ててその場に片膝をつき、こうべを垂れた。

「ご報告致します。ら、ラウエリア姫様がいらっしゃいました。極秘の訪問とのことです」

「ラウエリア姫が? ───ご要件は伺ったの?」

「アウローラ姫様・・にお会いしたい、と」

 母親が、侍女の顔つきになって頭を垂れる。

「直ちに応接間の準備を致します」

「前触れなく来たのは向こうなのだから慌てる必要はないわ」

 アウローラは頭痛を覚えて、深い深い溜め息を吐いた。



 アウローラは前領主の孫である。

 前領主の娘───アウローラの母は、王妃だった。

 色事と享楽に浸る王は、自身の仕事を含め、全てを王妃に負担させた。王妃が仮眠をとっていると聞けば何故働かぬのだと怒鳴り込んだ。夜は夜で夫婦の営みは義務だと無体を強いる。それは王妃が身篭っても、悪阻つわりで苦しんでいても変わらなかった。

 体の丈夫だった王妃だが、酷使され、心身ともに追い詰められた結果、出産に耐えられず、アウローラを産んですぐに息を引き取った。

 このような地獄にこの子を置いていくくらいなら、そう涙を流し、死の直前、産まれたばかりのアウローラの首を締めようとしたのだという。それが母の最初で最後の慈悲であり、愛だった。

 そして祖父は、嫁いでから愛娘がどのような日々を送ってきたのかを、送られてきた遺品の日記で知り、実質王に殺されたのだと理解した。そして自身もまた王に殺害されたのである。

 母とその実家という後ろ盾を無くしたアウローラは、王の長子でありながら、見たくもないという王の命令でこの地に追いやられた。もっとも、赤子だったアウローラは覚えていないのだが。

 もしアウローラが男児だったら即殺されていたことだろう。女児だったから、政略結婚という用途を見出し、生かされているに過ぎない。

 そのような境遇のアウローラに、王の寵愛を受けている姫が一体何用だというのか。憂鬱に顔を顰め、アウローラは本日何度目になるかわからない溜め息を零す。



異母姉おねえ様!わたくしをここに置いて下さい!!」

 今まで一度も応接間として機能したことのない応接間に、美しい妖精のような姫が立っており。しかも挨拶より先に頭を下げてきた。

 アウローラは、戸惑い、ラウエリア姫の連れてきたであろう護衛騎士と侍女を一瞥する。2人共疲れた様子で力なく首を横に振った。どうやら代わりに説明…はしてくれないらしい。

「あの…、ラウエリア姫様」

わたくしのことはララとお呼び下さい!他人行儀な呼び方は嫌ですわ、異母姉おねえ様!」

 ガバッと顔を上げたラウエリア姫は、両目をキラキラと輝かせ、アウローラに詰め寄る。両手を胸の前で組み、微笑む様は、どこまでも美しく可愛らしい。そこにあるのは宝石姫と称されることにも納得できる輝きだ。

「私は見ての通り、平民として暮らしております。生憎当家には客人が泊まるような、ましてや姫様を持て成すような設備など御座いません。どうかお引き取りを」

 一応貴族教育は受けたアウローラだが、実践したことはない。今も、平民と同等の衣服を身にまとっている。常時ドレスの貴族とは掛け離れた暮らしなのだ。姫として優遇されてきた少女に耐えられるとは思えなかった。

異母姉おねえ様が貴族の隠し子の裕福な平民という設定・・で暮らしていることは承知の上です。置いていただけるのでしたら当然わたくしもそれに従います」

 毅然とした表情で何を言い出すのか。もっと直接的に拒否しないと伝わらないのかもしれない。少しだけ躊躇い、アウローラは口を開いた。

「───無理よ。貴女の分の寝床なんてないもの」

「? 異母姉おねえ様と一緒に寝ます。平民は家族で一緒に眠るのでしょう?」

「家族って…、私たち初対面でしょう。赤の他人も同然じゃない」

「もう!異母姉おねえ様!我儘を言わないで下さいまし」

「無茶なことを言っているのは貴女よ…」

 助けを求めてラウエリア姫の護衛と侍女を見るが視線を逸らされてしまった。次にアウローラは自身の母親を見遣るが、こちらも気まずげに顔を背けてしまう。

 ラウエリア姫がここにいることは、恐らくこの屋敷を見張る兵士達が国に報告していることだろう。迎えが来るのは恐らく2~3日後。噂に聞く王の溺愛ぶりを考えればそう長引いたりはしないはずだ。

「…狭くても文句言わないでね」

「はい!」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

何もできない妻が愛する隻眼騎士のためにできること

大森 樹
恋愛
辺境伯の娘であるナディアは、幼い頃ドラゴンに襲われているところを騎士エドムンドに助けられた。 それから十年が経過し、成長したナディアは国王陛下からあるお願いをされる。その願いとは『エドムンドとの結婚』だった。 幼い頃から憧れていたエドムンドとの結婚は、ナディアにとって願ってもいないことだったが、その結婚は妻というよりは『世話係』のようなものだった。 誰よりも強い騎士団長だったエドムンドは、ある事件で左目を失ってから騎士をやめ、酒を浴びるほど飲み、自堕落な生活を送っているため今はもう英雄とは思えない姿になっていた。 貴族令嬢らしいことは何もできない仮の妻が、愛する隻眼騎士のためにできることはあるのか? 前向き一途な辺境伯令嬢×俺様で不器用な最強騎士の物語です。

(完)実の妹が私を嵌めようとするので義理の弟と仕返しをしてみます

青空一夏
ファンタジー
題名そのままの内容です。コメディです(多分)

(完結)初恋の勇者が選んだのは聖女の……でした

青空一夏
ファンタジー
私はアイラ、ジャスミン子爵家の長女だ。私には可愛らしい妹リリーがおり、リリーは両親やお兄様から溺愛されていた。私はこの国の基準では不器量で女性らしくなく恥ずべき存在だと思われていた。 この国の女性美の基準は小柄で華奢で編み物と刺繍が得意であること。風が吹けば飛ぶような儚げな風情の容姿が好まれ家庭的であることが大事だった。 私は読書と剣術、魔法が大好き。刺繍やレース編みなんて大嫌いだった。 そんな私は恋なんてしないと思っていたけれど一目惚れ。その男の子も私に気があると思っていた私は大人になってから自分の手柄を彼に譲る……そして彼は勇者になるのだが…… 勇者と聖女と魔物が出てくるファンタジー。ざまぁ要素あり。姉妹格差。ゆるふわ設定ご都合主義。中世ヨーロッパ風異世界。 ラブファンタジーのつもり……です。最後はヒロインが幸せになり、ヒロインを裏切った者は不幸になるという安心設定。因果応報の世界。

モブで可哀相? いえ、幸せです!

みけの
ファンタジー
私のお姉さんは“恋愛ゲームのヒロイン”で、私はゲームの中で“モブ”だそうだ。 “あんたはモブで可哀相”。 お姉さんはそう、思ってくれているけど……私、可哀相なの?

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

素直になる魔法薬を飲まされて

青葉めいこ
ファンタジー
公爵令嬢であるわたくしと婚約者である王太子とのお茶会で、それは起こった。 王太子手ずから淹れたハーブティーを飲んだら本音しか言えなくなったのだ。 「わたくしよりも容姿や能力が劣るあなたが大嫌いですわ」 「王太子妃や王妃程度では、このわたくしに相応しくありませんわ」 わたくしといちゃつきたくて素直になる魔法薬を飲ませた王太子は、わたくしの素直な気持ちにショックを受ける。 婚約解消後、わたくしは、わたくしに相応しい所に行った。 小説家になろうにも投稿しています。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシャリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

処理中です...