人形姫の目覚め

ひづき

文字の大きさ
上 下
1 / 25
1)姉妹 ─ アウローラ視点

しおりを挟む



 それは、あまりにも一方的な戦いだった。

 宣戦布告もなく、開戦の合図もなく、突如国境を蹴散らすように夜襲を仕掛けられた。隣接している隣国が長年の友好国であったため、砦に詰める騎士は皆若く、経験が浅い新人が多かった。彼らは為す術なく重厚な鎧の敵を前に倒れていく。

 そんな壊滅的な状況を覆したのは、それまで武勲を建てたこともない無名の青年。向かってくる敵の、鎧の繋ぎ目───首へと的確に剣を突き刺す。抜く度に血が吹き出す凄惨な光景を次々生み出し、剣が鈍れば敵の武器を奪い、また血飛沫を生み出す。

 場が鎮圧された時には、敵は皆倒れ果て。中心に立っているのは兵士の制服を血でドス黒く染めた青年だけ。

 ───一夜にして彼は英雄となった。





「嫌よ!!」

 長年の友好国に裏切られ、不意を突かれる形で始まった戦争は3年の月日を費やして幕を閉じた。凱旋する騎士、兵士たち。歓喜に湧くパレード。姫としては自国の勝利を喜ぶべきだと理解していても、ラウエリア姫の表情は暗い。

「ですが、」

「やめて、聞きたくない!」

 ラウエリア姫は16歳。揺蕩う金色の髪は神秘的で、太陽が沈みかけた際に見られる空のような深い赤紫色の瞳はどんな宝石でも再現できないだろうと言われている。

 王がラウエリア姫を溺愛しているのは有名だ。その溺愛故、王は姫を他国へ嫁がせることを頑なに拒む。そこに現れた英雄。王は英雄を国に縛り付けるため、愛娘を目の届くところに留め置くため、「姫を英雄に下賜する」と宣言してしまったのだ。

 ラウエリア姫は絶望した。

「人殺しと結婚だなんて───ッ!」





 ─────

 ────────

 青空に教会の鐘が鳴り響く。ここは王家の直轄地。王都からは馬車で丸一日かかる程度に、幾らか離れたところにある。

 前領主が爵位を返上する際、領地を国に返納。それ以来、新しい領主は現れず、王が希望者を募ったこともあるが誰も名乗りを挙げなかったため、仕方なく王家の直轄地として残っている、そんな土地だ。

 前領主は王に愛娘を殺されたようなもので。憔悴し、体を壊し、爵位を返上した。後継者に爵位を譲らなかったのは、せめてものあらがいだったのだろう。───自分たち一族はお前になど忠誠を誓わない。不敬にも謁見の間で堂々と宣言した前領主の、痩せ細った顔立ちで双眸を暗く光らせる様は実に狂気じみていたという。

 憔悴し体を弱らせながらも静かな憎しみを向ける前領主に、王はおののき、怯え、衝動的に手近な壁に飾られていた非実用的な剣を掴むと前領主の眼球にその刃を突き刺し、彼を殺害した。

 土地は良いのに新たな領主が来ない理由は、そんな血塗れた出来事が原因である。王も王でこの土地を忌まわしいと、さっさと手放したいと考えているようだが、今のところ引き受けてくれる者はいないらしい。

 町の平穏な景色に似合わない経緯を振り返り、アウローラは嘆息した。

「ぎゃ!ローラ!またそんなところに!!」

 とうとう見つかったか。アウローラは微笑みながら声の主に手を振る。彼女がいるのは屋根の上。平民にしては大きな家だが、貴族にしては小さいという、中途半端なサイズの家。ここにアウローラは母親の女性と2人で住んでいる。下で目くじらを立てているのがその母親だ。

 よっこいしょ、と口にして立ち上がり、傾斜のある屋根の上を慎重に歩くと、アウローラは辿り着いた屋根裏の小窓から家の中に降り立った。光に照らされた埃がまるで美しいものかのように輝きながら舞う。埃が何であるかを知っていれば、見た目だけだと理解出来る。まるで現在の国王のようではないか。ない威厳を振り回す小心者。

 アウローラは前領主の孫だ。単なる母娘2人暮らしと見せながら、屋敷の外に小さな小屋があり、そこに待機している兵士たちがアウローラを常に監視している。

「まったく、18にもなって屋根に登るなんて何考えてるんだい!」

 階下に降りると、やや小太りの母親が両手を腰に当てて目くじらを立てている。アウローラは悪びれもせず微笑んだ。

「だって眺めが好きなんだもの」

「落ちたら怪我だけじゃ済まないかもしれないんだよ!?」

 言外に死の危険を示唆されてもアウローラは笑うだけ。

「その方が都合がいいかもね」

 王は政治の道具として使うためにアウローラを生かしている。食料のために生かされている家畜と変わりない。母親が飼育係に名を変えるだけ。

「ローラ!!」

 悲痛に満ちた顔でエプロンを握り締める母親を一瞥し、アウローラは肩を落とした。

「…言いすぎたわね、ごめんなさい」

 母親は彼女で5人目だ。目の前の彼女ほど本当の母親のように自分を叱ってくれる人なんて今までいなかった。

 しかし、もうアウローラは18歳。結婚適齢期を過ぎようとしているが、王に忘れられたかのように何の話も来ない。このまま生涯を終えるのではないか、それは長い長い退屈を意味しており、絶望しかなかった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】不協和音を奏で続ける二人の関係

つくも茄子
ファンタジー
留学から戻られた王太子からの突然の婚約破棄宣言をされた公爵令嬢。王太子は婚約者の悪事を告発する始末。賄賂?不正?一体何のことなのか周囲も理解できずに途方にくれる。冤罪だと静かに諭す公爵令嬢と激昂する王太子。相反する二人の仲は実は出会った当初からのものだった。王弟を父に帝国皇女を母に持つ血統書付きの公爵令嬢と成り上がりの側妃を母に持つ王太子。貴族然とした計算高く浪費家の婚約者と嫌悪する王太子は公爵令嬢の価値を理解できなかった。それは八年前も今も同じ。二人は互いに理解できない。何故そうなってしまったのか。婚約が白紙となった時、どのような結末がまっているのかは誰にも分からない。

ここは貴方の国ではありませんよ

水姫
ファンタジー
傲慢な王子は自分の置かれている状況も理解出来ませんでした。 厄介ごとが多いですね。 裏を司る一族は見極めてから調整に働くようです。…まぁ、手遅れでしたけど。 ※過去に投稿したモノを手直し後再度投稿しています。

何もできない妻が愛する隻眼騎士のためにできること

大森 樹
恋愛
辺境伯の娘であるナディアは、幼い頃ドラゴンに襲われているところを騎士エドムンドに助けられた。 それから十年が経過し、成長したナディアは国王陛下からあるお願いをされる。その願いとは『エドムンドとの結婚』だった。 幼い頃から憧れていたエドムンドとの結婚は、ナディアにとって願ってもいないことだったが、その結婚は妻というよりは『世話係』のようなものだった。 誰よりも強い騎士団長だったエドムンドは、ある事件で左目を失ってから騎士をやめ、酒を浴びるほど飲み、自堕落な生活を送っているため今はもう英雄とは思えない姿になっていた。 貴族令嬢らしいことは何もできない仮の妻が、愛する隻眼騎士のためにできることはあるのか? 前向き一途な辺境伯令嬢×俺様で不器用な最強騎士の物語です。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

モブで可哀相? いえ、幸せです!

みけの
ファンタジー
私のお姉さんは“恋愛ゲームのヒロイン”で、私はゲームの中で“モブ”だそうだ。 “あんたはモブで可哀相”。 お姉さんはそう、思ってくれているけど……私、可哀相なの?

(完結)初恋の勇者が選んだのは聖女の……でした

青空一夏
ファンタジー
私はアイラ、ジャスミン子爵家の長女だ。私には可愛らしい妹リリーがおり、リリーは両親やお兄様から溺愛されていた。私はこの国の基準では不器量で女性らしくなく恥ずべき存在だと思われていた。 この国の女性美の基準は小柄で華奢で編み物と刺繍が得意であること。風が吹けば飛ぶような儚げな風情の容姿が好まれ家庭的であることが大事だった。 私は読書と剣術、魔法が大好き。刺繍やレース編みなんて大嫌いだった。 そんな私は恋なんてしないと思っていたけれど一目惚れ。その男の子も私に気があると思っていた私は大人になってから自分の手柄を彼に譲る……そして彼は勇者になるのだが…… 勇者と聖女と魔物が出てくるファンタジー。ざまぁ要素あり。姉妹格差。ゆるふわ設定ご都合主義。中世ヨーロッパ風異世界。 ラブファンタジーのつもり……です。最後はヒロインが幸せになり、ヒロインを裏切った者は不幸になるという安心設定。因果応報の世界。

王太子妃が我慢しなさい ~姉妹差別を受けていた姉がもっとひどい兄弟差別を受けていた王太子に嫁ぎました~

玄未マオ
ファンタジー
メディア王家に伝わる古い呪いで第一王子は家族からも畏怖されていた。 その王子の元に姉妹差別を受けていたメルが嫁ぐことになるが、その事情とは? ヒロインは姉妹差別され育っていますが、言いたいことはきっちりいう子です。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

処理中です...