神子が人になる条件

ひづき

文字の大きさ
上 下
2 / 7

しおりを挟む



 何故。そんなの、答えは簡単だ。

 忘れたくなかったからだ。

 忘れたくないのに、忘れなくてはと自分に負荷をかけた結果が今だ。

 レーヴェルはそれらを事実として認めた上で荷造りを開始した。今期の終わりまで学生寮に滞在する予定だったが、必要な単位は取得済みだ。今ここで立ち去ったところで不都合はない。留学を前倒しすることも視野に入れ、取り敢えず実家に帰ると決めた。

 ノックもなしにドアが開く。ルームメイトが帰ってきたらしい。ちょうど最後のトランクを閉め終わったところだったレーヴェルは挨拶をする為に振り向く。

 そこにいたのはルームメイトではなく、顔すらわからない因縁の男だった。もしかしたら、と思っていた節もあり驚くことは無い。彼はレーヴェルの両手をとり、まるで騎士のように片膝をついて縋ってくる。

「あの時、忘れるようにと口にしたのは、死にゆく貴方様の魂が私のことを未練に思うあまり真っ直ぐ天に登れなかったらいけないと危惧したからです」

「───未練?お前が、俺の?自惚れるなよ」

「貴方様は優しい御方です。貴方様の命令に従っただけとはいえ、他ならぬ貴方様を殺めた私の行く末を気にかけないはずがない」

 好きだった。好きになってはいけない相手だと押し殺していた。当時、自分が何者だったかも覚えていないのに、恋心だけが残っている。これだけは譲れないと守ったのだろうか。あるいは根が深すぎて神ですら手出できなかったのだろうか。

 前世、自分が望んで彼に殺して貰った、という内容については全く覚えがない。覚えはないが、しっくりきた。そして、彼がその後を追って自死したのだろうということは想像に容易い。

「あの時、俺は、お前の言葉に傷ついた。その結果が今だ。お前の顔も気配も感知できない」

「貴方様を守りきれず死なせてしまった私の罪であり、罰でしょう」

 レーヴェルは嘆息し、肩の力を抜いて微笑む。

 今のレーヴェルは単なる学生だ。そこそこ裕福な子爵家の次男に過ぎない。

 目の前の彼もまた騎士ではなく、単なる学生だ。

「罰なんかじゃない。単なる呪いだよ。お前が俺にかけた呪いだ。お前にしか解けない」

「私にそのような力は───」

 いつまで騎士のポーズをとっているのかと、彼の手を強く引き、体勢を崩して立ち上がるのを待つ。

「呪いも魔法もキスで解ける。簡単だろ?」

「な、き、きす、ですか!?」

 仰け反った男に詰め寄って、レーヴェルは意地悪く笑う。

「早くしろ。俺にはお前の顔が認識できないんだから、お前からするしかないんだよ」



 □□□□□□□□



 前世で騎士だった男は、今世では王弟令息という、王族に連なる尊い身分になっていた。理由が何であれ、それを無視していたのだから反感を買うのは当然だとレーヴェルは納得する。その反感を極力抑え、レーヴェルを守っていたのはもちろん王弟令息ご本人だ。

「今日もお慕いしております、レーヴェル」

 認識できるようになって以降、彼は毎朝寮の前で待ち伏せしては忠誠を誓う騎士のように片膝をつき、レーヴェルの手に口付けをする。

 早くも学園の名物になりつつあり、今日も凛々しすぎる男が愛を乞う姿を一目見ようと寮の前には野次馬が押しかけている。男子寮に入れない女子生徒は門の外からオペラグラスでこちらを見ている。紳士淑女教育はどこにいったのか。

 ちなみにレーヴェルの留学は延期になった。王弟令息がついていくと言って譲らず、彼が共に行くには護衛などの準備が間に合わないという理由である。

「ケイニード、毎朝出迎えに来るな。膝をつくな」

 相手が王弟令息だと認識してまず言葉遣いを改めたら涙を浮かべて懇願され、結局前世の延長の口調でレーヴェルは話している。それを不敬だと改めてレーヴェルに忠告してきた者達は正しい。正しいのだがケイニードにとっては不愉快だったらしく「私に任せて」と言って彼が〝説得〟をしたらしい。表面通りの説得そのものだといいなとレーヴェルは祈るような気持ちで傍観するだけだ。おそらく介入するとケイニードがいじけて余計にややこしくなるだろう。

「いいえ。貴方様に悪い虫がつかないよう、牽制しなくてはいけませんから」

 彼は至って真面目だ。本気で危惧しているらしいことが眼差しから伝わってくる。

「そんな物好き、お前くらいだと思う」

「他にもいたら言ってくださいね。すぐに〝片付け〟ますから」

 物騒な物言いにレーヴェルの頬が引き攣った。前世で純朴だった田舎出身の騎士が、今世では随分と腹黒くなったらしい。

「いい加減立て。行くぞ」

「その前に、そろそろ求婚のお返事を頂きたいのですが?」

 校舎に向かいたいだけなのに、毎朝返事を要求される。

 答えはノーだ。そもそも前世では同性間の婚姻は禁忌だった。今世では法的に許されているが、血を繋ぐ必要がある貴族家では珍しい。レーヴェルは子爵家の次男で、子を残すことに拘りは無いが、だからといって王弟令息との婚姻は身分差がありすぎてやっていく自信が無い。王族と遠い親戚となるなど、気の弱い両親に耐えられるかが心配だ。そもそも、王弟令息の子供はケイニードのみ。果たして王弟殿下が男の嫁など許すのか。


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

俺に7人の伴侶が出来るまで

BL / 連載中 24h.ポイント:1,753pt お気に入り:1,041

愛されなかった公爵令嬢のやり直し

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:3,699pt お気に入り:5,764

潔癖症な村人A

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:15

黒豹拾いました

BL / 完結 24h.ポイント:113pt お気に入り:1,202

僕の理想は全部幼馴染から影響を受けていたのかもしれない

BL / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:20

えっ、これってバッドエンドですか!?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:67

冴えないサラリーマンの僕が異世界トリップしたら王様に!?

BL / 連載中 24h.ポイント:120pt お気に入り:1,264

処理中です...