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しおりを挟む水を求めて寝台を這い出したイーリオは、床に足を下ろすなり崩れ落ちた。足の裏に絨毯が触れる、たったそれだけの感触が刺激となり、駆け巡った甘い痺れに腰が砕けたのである。脳裏に浮かぶのは、エストールの上目遣いの眼差しと、上気した美しい容貌。
あの野郎───!!
拳を握り怒りに震えると見せかけて、実際は覚え込まされた快感に身を震わせているだけ。そんな己に、気づきたくない。これは怒りだと、自分自身に言い聞かせる。
「大丈夫ですか、番様!」
「まぁ!ご気分は如何です?すぐに侍医を!」
他人がいるとは思っていなかったイーリオは、次々にかけられる声に唖然とした。従者らしき男性と、メイドらしき女性がいる。
は!としたイーリオは自身の姿を確認する。───良かった!着てる!ロング丈のバスローブを羽織っているだけだが、女性の前で全裸を曝さずに済んだだけ良しとしよう。
「───ツガイサマって何ですか?俺の事です?」
こんなことで医者を呼ばれても恥ずかしいし、呼ばれた医者も哀れだ。
「もちろん、貴方様のことです。私共は貴方様のお名前を口にすることは許されておりませんので、そのように呼ばせて頂きます」
誰が許さないのか。それはもちろん、エストールだろう。イーリオは顔を引き攣らせた。
「わかりました、それで構いません」
「───番様、私どもに敬語は必要ございません」
「誠心誠意お仕えさせて頂きます」
どう見ても二人共、貴族だ。指先まで品がある。平民であるイーリオに頭を下げるような立場ではない。イーリオの背後にいるエストールの生霊でも見えるのだろうかと不安になる程必死に頭を下げてくる。
今後、どうなるのか。イーリオは我が身の行く末を思い、頭を抱える。怯える2人の為にもイーリオは床に座り込んだままでいるわけにはいかず、従者の手を借りて寝台の端に腰を下ろした。心構えがあれば足への刺激にも何とか耐えられた。
「エストール様は今晩またおいでになるそうです。湯殿をお使いになられますか?」
「……………」
メイドの発言が更にイーリオの頭を悩ませる。単に、エストールに関する報告と、湯殿に関する質問が続いただけだと思いたい。
エストールが来るから身を清めろという意図ではないと思いたい。───いや、まさか、そんな伽に侍る妃のような扱いではないはずだ。
「ま、まだ身体が本調子じゃないので清拭だけで済ませます───いや、済ませる。準備を頼めるか?」
「もちろんです」
「手伝いは不要だ」
第一皇子として暮らしていた頃はメイドたちに入浴を世話されていたが、幽閉以降は身の回りの事は自分でこなしてきた。今更入浴や着替えを他人に世話されるのは抵抗がある。
「承知致しました」
2人が準備のために下がるのを見届けて、イーリオは深い溜め息を吐く。
記憶の中のエストールは、控えめに笑う子供だった。思慮深く、遠慮深く、静かに相手を観察していた。決して無表情というわけではなかったが、イーリオが声をかけて初めて許可を得たかのように微笑んでくれる。そんな可愛らしい黒髪の少年だった。
それが美しく成長したのは良いとしても、成人男性の足を舐め回す変態ぶりは頭が痛い。何より、あの見え隠れした残虐さを、気の所為で済ませるのは危険だ。
もしイーリオが逃げ出せば、あの執事とメイドは殺されるだろう。犠牲になる存在が明確である以上、イーリオは下手に動けない。動けるほど、非情になれない。第三者という人質は、イーリオにとって何よりも強固な鎖となる。
「ふぁ───ッ」
イーリオの脚───前回は触れなかった、くるぶしから上を、エストールの舌が這う。不意にキツく吸うとその刺激にイーリオは唇を震わせた。舐めやすようにエストールがイーリオの脚を抱えあげているために、めくれ上がったバスローブの合わせ目からイーリオの陰部が露出している。焦れったい刺激に、陰茎が切なげに頭をもたげているが、エストールは決してそこには触れず、大きく開かせた脚の付け根ギリギリに唇を寄せるだけ。
ビクビクと震えるイーリオの反応に、エストールは満足気に口元を歪める。眦に浮ぶ涙も、堪えきれずに陰茎から溢れてきた先走りも、それがイーリオのものであるというだけでエストールの機嫌を上昇させる。しかも、エストールの与えた刺激に反応しているのだ、愉快に思わぬはずがない。
イーリオにはそんなエストールの心情など理解できないし、その余裕もない。
イーリオが一言強請ればエストールは喜んで震える陰茎を咥えるだろう。そんなことに思い至るはずもなく、ただ口元を手で覆い、必死に耐えるだけ。そこがまた可愛いとエストールは心底微笑ましく思っている。
「なん…で、」
睨まれても怖くはない。はだけたバスローブから覗く上気した肌が扇情的で、美しく、艶かしい。掠れた声に応えるように見つめ返すと、イーリオの頬を一筋の涙が流れた。
「なんで、こんなことするんだ、エル!」
イーリオの嘆きが理解出来ず、エストールはキョトンとする。
「愛しているから愛でているだけだが?」
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